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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第6章 末世の荒野に唄えよ救世主
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10 本人不在

翌日の日曜日。

指原美純は現実世界の時刻で19時にゲームにログインしてVtuber「黒猫ミミ」となった。


だが、そこで配信を始めたわけではない。

配信準備を始めるわけでもない。


既に配信は始まっていた。

いや、昨日、ゲームからログアウトする時に配信を終了していなかったのだ。


忘れていたわけではない。

視聴者からの要望である。


「……こんにちニャンニャン」

「あ、ども。お久しぶりです」


初期スポーン地点であるガレージから、ガレージの片隅のプレハブ式の事務所へと入っていくと懐かしい臭いがしてきた。


懐かしいが、けして良い匂いとはいえない刺激臭。


ミミは事務所内にいる者たちへというよりも、配信を見ている視聴者たちへ向けて挨拶をすると、机に向かっている法衣の少年が応える。


『ちぃ~ス! ミミちゃん、元気~!?』

『随分と久しぶりじゃないっスか?』

『ちょ、お前、ゲームの世界に入り浸りすぎだろwww』

『時間感覚が狂ってやがるw』


事務所ではソファーでキディが昼寝を、そしてパソコンデスクではミロクがプラモデルを作成中であった。


刺激臭の正体はプラスチック用の接着剤。

パソコンデスクには2台のアクションカムが据え付けられて、1台はミロクの顔を、もう1台は手元の制作中のプラモデルを映し出している。


昨日、カルト教団コミュニティ近くの滝裏の洞窟で、ミミはミロクを殴って気絶させ拉致していた。

幸い、教団側のHuMo部隊は大規模テロ作戦決行が迫っているという事情があってか、姿を消した襲撃者であるミミの捜索に本腰を入れるというよりは、コミュニティ内の防衛を重視していたようで、逃走は問題なく、3人を乗せたワイルドキャットは無事に中立都市へと帰還する事ができていたのだった。


だが、これまで歪ながらも仏教僧としての修行と農作業に暮れる日々を送っていたミロクにとって、中立都市の文化様式は拷問に等しい暇と退屈を与えてしまったのだ。


そこでミミはこの世界でのミリオタのミロクのためにプラモデルという趣味を教えると彼は猛烈な勢いで新たな趣味に没頭していた。


そして、それがVtuber「黒猫ミミ」の視聴者の需要と合致してしまった形。


視聴者たちは女の子がプラモデルを作っているところを楽しんで見ていた層なのだ。

スキンヘッドではあるが、露出の多い美少年が自分たちのテリトリーへと入門してきたとあって視聴者たちは昨日の時点で“教えたがりおじさん”と化してしまっていた。


『ちょっと~! ミミちゃん、ミロっきゅんに流し込み接着剤の使い方を教えてやって~!』


「あン? そんなんお前らが教えてやりゃあいいだろうがよ?」


『いや~。言葉だけだとどうも……』

『フヒヒ、サーセンwww』

『いや~、俺ら、可愛い子が相手だと褒めるくらいしかできなくて……』


「チッ! ええと、仮組か?」

「すみません。今回はちょっと背伸びしてキットのバランスも弄ってみようかと思いまして……」

「なるほどな。ほれ、こんな感じで、ちょんちょんちょん、っと……」


ミロクは根が凝り性だったらしく、昨日の時点で素組や、素組に軽く部分塗装や墨入れでは満足できない域にまで達していた。


正直、ミミは人型のロボットのようなキットならば色々をポージングを変えて楽しむ事もできるのだし、動かした時に塗装が剥げる危険を冒すくらいならば、元のキットに軽く手を加えるくらいで良いと思っていたくらいなのだが、ミロクはプラモデルを仏像か何かと同じとでも考えているのか、納得できる状態で完成させたら後は手を触れたりしないようだ。

パソコンデスクの後ろには「1/144 雷電」と「1/100 ホワイトナイト」が昨日と同じ姿勢でアクリルケースに入れられている。


とはいえミミも自分の考えを押し付けるほど野暮ではない。


仮想現実の世界に来た事で部活帰りの疲労が消えた事で気持ちが軽くなっていたのもあってか快く接着剤の使い方を伝授してやる事にした。


現在、デスクの上には制作途中の「1/144 アルファ」のパーツが並べられている。

パーツ同士を繋げるためのダボ穴はニッパーで切りこみが入れられ、後から外し易くなっている事と流し込み接着剤という単語からミミは状況を把握。


ミロクが「キットのバランスを弄ってみたい」と言っていた事からも、一度、キットをすぐにバラせる状態で組み上げて、元のキットの問題点を見てみようという段階なのだろう。


ミミは軽くパーツを取り上げて、ミロクと視聴者に見えやすいような位置で流し込み接着剤を使ってみせる。


「そ、そんなちょっとで良いんですか?」

「ガッツリくっつけちまったらバラす時に苦労すんぞ?」

「あ~……。ここまでとは、そりゃ皆が『もっと少なくていい』って何度も言うわけですよね」


プラモデル用の流し込み接着剤は2つのパーツを合わせている所に筆状の用具でもってパーツ同士の隙間に接着剤を流し込むという物である。


つまり先に接着面に接着剤を塗布してからパーツを合わせる一般的な接着剤とは使用感はだいぶ異なるわけで、粘性の低いさらさらとした流し込み接着剤は筆をちょんと付けただけで勝手にパーツの隙間に流れ込んでいくため、慣れない内は適正量の感覚は掴みにくい。


机の上にはこれまでミロクが視聴者にやいのやいの言われながらも作っていたのであろうパーツが並んでいたが、試しに軽く引っ張ってみてもパーツ同士がガッチリと接着されていて、後でバラす時に苦労するだろうなとミミは声もなく苦笑する。


「あ~、まだちょっと多いかな? いくら流し込み接着剤っても使い過ぎると後のヤスリ掛けが面倒になるからな。ところで……」


パソコンのディスプレーに表示される視聴者のコメントと手元のキットとを何度も視線を往復させながら、ミロクは真剣そのものの表情でプラモ制作に打ち込んでいた。

彼の肌が褐色であったために分かり辛かったが、きっと顔を真っ赤にしているのだろうなと思うほどの熱の入れようである。


ミミとしては同好の弟分ができたようで微笑ましいが、ベテラン顔して口を挟み過ぎるのも良くないだろうと静かに見守る事にして、ミロクから視線を外すとパソコンデスクの足元に見慣れない段ボール箱があるのに気付く。


段ボ―ル箱は椅子の左右に2つずつ。

いずれも某大手通販会社の馴染みの物。


その内の1つはミミが昨日、ログアウトする直前に注文していたプラモデル制作用の小物類であったが、その他の3つの箱も同様の物。

プラモデル制作のためのアイテム類であるが、それらはミミが注文しておいた物ではない。


精密ニッパーの空き袋が2つ、ピンバイス、ピンセット、プラ用タガネ、電動リューター、プラ用ノコギリ、デザインナイフ、ケガキ針、リューター用のアタッチメント各種、プラ板、紙ヤスリや棒ヤスリにスポンジタイプのヤスリなどが各種番手ごと、複数種の接着剤、各種パテ類、さらに大量の塗料やサーフェイサーの瓶に、エアブラシとそれ用のコンプレッサーに交換用のカップ、塗装用の筆に塗料皿。


「……これ、どうしたん?」

「あ、すいません。お金の話でちょっと……」

「ま、まあ。私が好きに使えって言ってあったのもあるし……」


現実世界とゲーム世界の時間の進み方の違い方から、昨日、ログアウト直前に「必要な物があったら気兼ねせずに買え」と言ったのはミミ自身。


使った金額は問題ではない。

この世界ではミミは機動兵器を有する傭兵なのだ。

プラモデルやらそれ用の小物に散在したところで大した金額ではない。


第一、大量の塗料の箱を見るに、中にはほとんど同じような色まである。違いといえばメーカーが違うというぐらいで、そりゃあミミのような好事家にとっては「A社の発色はどうで、C社の発色はどうだ」というような一家言あるのだろう。

だが、そんな拘りなどビギナーのミロクにあるハズもない。

大方、視聴者に勧められるままに全てを買っていたのだろう。

そういう点においては情状酌量の余地がある。


だが、だ。

だが、表向きは自給自足の農業で暮らしていた坊主を都会に連れてきたら、こうも消費社会に適合してしまうものだろうかと、ミミはミロクに抱いていた聖人のイメージが崩れていくのを感じていた。


しかし、そんな感慨など続くミロクの言葉ですぐに吹き飛んでしまう。


「いや、あの……。視聴者の皆さんが僕が使う分は出してやるってお布施を頂いたのですが……」

「はあ!? おま、私がいない時にスパチャ貰ったのかよ!?」

「ですが、何でか皆さん、クレジットじゃなくて円とかいう通貨? でお布施下さって、何か怖いんです……」


慌ててミミがキディの腰から取ったタブレットで確認してみると、昨日のログアウトから今の時点までで合計10万円以上の投げ銭が行われていたのだった。


黒猫ミミのItubeチャンネルの1日の収益記録を大幅に更新する出来事が本人不在の間にあったというわけである。

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