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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第6章 末世の荒野に唄えよ救世主
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9 選択肢は2つに1つ……?

「Oh……」


 視聴者のコメントで、攻略WIKIを読んでいたミミは何度も繰り返すように呻く。


 曰く、今ここでターゲットでミロクを殺害しなければ後日、中立都市で大規模テロが発生して多数のNPCが死亡し、今回のミッションに参加しているプレイヤーは犠牲者の関係者から恨み言を言われるという鬱展開が待っているという事。


 曰く、今回のミッションの重要人物であるミロクには隠しスキルが持たされており、それは彼と接触したプレイヤーに強制的に好感を抱かせるというもの。

 そのためにミロクの殺害はプレイヤーにトラウマに近い心の傷を負わせるのだという。


 曰く、ミロク殺害の精神的な負担を防ぎつつ、大規模テロを未然に阻止するための最適解は、ミロクと接触する前に彼を死地に追いやって死亡させる事なのだと。


 つまり先ほどミミが戦った3人のプレイヤーはWIKIに記載の攻略法を実践していたに過ぎなかったのだ。


 納得である。

 かといって彼らの行動を許せるかという問題は別ではあるが。


「ああ……。ええと、ミロク君? 少し聞きたいんだけど……」

「なんでしょう?」

「ミロク君とこの教団って、テロとかするようなヤバいとこなの?」

「……驚きました。まさか既にそこまで掴んでいたとは。でも、なら話は早いですね。テロ計画を阻止するためには旗印として祀り上げられている僕を排除すれば途端に教団は求心力を失う。簡単な理屈です」


 娯楽のためのゲームで、トラウマレベルの心の負うとはこれ如何に?


 ミミにとってこのゲームをプレイする事は娯楽ともまた意味合いが違うものではあったが、かといってそれが受け入れられるかといったら答えはNOだ。


 ミミはこのゲームを始めてまだ間もない。

 知り合いのNPCは少ないのだが、逆を言えば大規模テロが発生した場合に死亡するミミと既知のNPCの選択肢は少ないという事になる。


 ワイルドキャットの整備や、増加装甲の取り付けを手伝ってくれた整備員たちか。

 以前のミッションを手伝ってくれたベテラン格の傭兵NPCか。

 最悪、ガレージの近くのコンビニの店員という顔見知りといえるのかどうかというレベルのNPCまで犠牲者の候補かのかもしれない。


 誰が犠牲者役として選ばれるのかは分からない。

 いや、攻略WIKIの記述によると犠牲者は複数となるようだ。

 つまり知り合いの少ないミミにとってはキディを除いた見知った者全てが死亡するという可能性すらあった。


「……ったく、良い趣味してやがるぜ」


 ついつい皮肉が口から零れる。


「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」がVRゲーム初体験となるミミにとって、この仮想現実の世界は現実の世界と見分けのつかない、まるでもう1つの世界のようで、いくら頭ではゲームの世界だと理解していても見知った顔がテロで殺されるだなんて考えるだけでぞっとする。


 だが、かといってテロを未然に防ぐためとはいえミロクを殺すと言うのもまた考えられない。


 現実の世界でのミミは両親の目を潰し、背骨を圧し折ってきたが、それを悔いてはいない。

 しかし、それはそうでもしなければ自分自身の命が危なかったからだ。


 ミミが暮らす日本の法律では自力救済は禁じられているのだという。

 だが、それが何だ?

 その法律がこれまでミミを守ってくれたか?

 守ってくれていたら、そもそもミミはそんな事などする必要などなかっただろう。


 故にミミは恥じない。省みない。


 対して目の前の少年はどうだ?


「旗印って事は、その旗を振っているクソ野郎がいるってこったよな?」

「大僧正の事でしょうか?」

「生臭坊主か?」

「いえいえ。彼は彼なりに真摯に仏法に向き合っていますよ。ただ、ちょっと()()が……」


 ミロクは何とも言い辛そうな顔で人差し指で側頭部をトントンと叩いてみせる。


 それだけで十分だった。


 教主とはいえミロクは彼自身の言葉では「旗印」、言い換えれば教団の客寄せパンダとでもいえるだろう。

 大僧正と呼ばれる者こそが教団の実質的なトップ。

 そして大僧正は頭がイカれていると。


「なるほど、かえって性質(タチ)が悪いってことかい……」


 大僧正とやらが現実世界に幾らでもいる売僧(まいす)であれば話は簡単だっただろう。


 ミロクのような遺伝子改造人間を作って、それで信者を集め、際限なく金銭に固執し、高級車を乗り回して美酒と美女に溺れるような人物であったならば大規模テロなど考えもしなかっただろう。


 もし、そうであったなら中立都市は彼らの温床となりこそ、破壊すべき対象とはならない。


「ええ、そうですね。確かにタチが悪い。衆生の救済とは、救いとは、人をささっと輪廻の輪に送り届ける事ではないハズでしょう? さらにタチが悪いのは大僧正とその腹心たちは彼らなりの理論武装でそれを唯一の善だと信じ切っている事。もし僕が本当に弥勒如来の化身であったならば彼らを説き伏せる事もできたのでしょうが、所詮は彼らに作られた改造人間に過ぎません。当然、私が持っている知識は彼らに与えられたものがほとんど……」


 話をしながらミミは自分がレールの上を走るブレーキのないトロッコに乗せられているような錯覚を味わっていた。


 自分から振った話なのに、見えている行きつく先は自分が決して望まぬもの。


 2人の会話が結論に至るまであとどれほどか? ミミは焦燥感に駆られ、どうにかトロッコを脱線させられまいかと苦心していた。


「お前らが信者どもを扇動してやれば、大僧正とその手下の金魚の糞を追いやれるんじゃねぇのか?」

「僕にはとても苦楽をともにしてきた信者の皆さんに『戦って死ね』だなんて言えませんよ。第一、僕は大僧正たちの考えが気に食わないとはいっても僧侶としての生き方は気にいっているんです」

「自分が殉じれば、後は教団は勢いを失って信者は散り散りになるってか」

「ええ。それに最後に御仏の思し召しを賜りましたし」

「何じゃ、そら?」


 ミミは仏だとか神だとか、その手のものとは縁遠い生活を過ごしてきていた。

 故にミロクが言う「御仏の思し召し」とやらに一切の心当たりはない。

 それについて問うと、ミロクはにっこりと屈託のない笑みを浮かべてミミに対して胸の前で両手を合わせ合掌する。


「貴女ですよ。密かに傭兵組合に僕自身の暗殺依頼を出したものの、輸送機から降りてきたHuMoがまさか信者の皆様や農園を焼き始めるなど考えも無く、自身の浅慮を後悔していたところに貴女に救われました」

「チィ……!」


 少年の真っ直ぐな眼差しに思わずミミは舌打ちした。


 既に配信中であることなどすっかり頭から抜け落ちていた。


 少年の双眸はこれ以上ないほどに透き通っていて、何もかもお見通しのように思えるほどであるのだが、なのにミミの本心だけは読んでくれなかった。いや、ミミの本心など当にお見通しなのにわざと知らぬふりをしているのか。


「貴女のように心根の優しい方に殺されるのならば本望。ついでにレア物のHuMoを見てみたかったという望みも叶いましたしね。さあ、もうそろそろいいでしょう……」


 そう言うとミロクはこれで話はおしまいだとばかりに目を閉じて、手を合わせたままミミに背を向ける。


 言葉はなくとも「顔が見えたままではやり辛いでしょう?」という声が聞こえてきそうなほど、それほどに少年の立ち姿は堂々としたものであった。


 自身を殺害するよう促しているのに、彼の後ろ姿には微塵も恐怖は見られなかった。緊張すらしていない。


 これが人生に疲れ果てた、くたびれた男がそうするのならば話はまだ分かるが、ミロクはつい先ほどまでワイルドキャットに熱い視線を隠そうともせずに向けていた。まだ子供らしいところを残した少年なのである。


 恋愛感情ではないが、自身がミロクに対して好感を抱いているのは分かっている。

 それがゲームのシステムによって付与されたものだという事も頭では分かっていたが、彼に対する好感を刷り込まれているのもまた頭脳なのである。


「さあ……」


 外から聞こえてくる滝の音を破ってミロクが自身の殺害を促す。


 だがミミは引き金を引くどころか、ホルスターから拳銃を取り出す事すらできなかった。


 何かミロクの欠点を探すようにミミの視線は少年の後ろ姿を頭の天辺から踵まで見る。


 例え何か瑕疵が見つかったとして、それが人を殺すべき理由になどならないと分かっているのに。


 だが、ミロクには何の欠点など無かったし、それが唯一の欠点ともいえた。


 作られた聖者。

 厨二臭くて口には出せないが、ミミは頭ではそんな言葉を思い付いていた。


 ミロクの法衣で隠れていない箇所の肌は全てがよく日に焼けていて、しかもそれは幾度も幾度も限度を超えて陽光に晒されてきた者に特有の美しさすら置き去りにした深い色。


 その体には一切の贅肉は見て取れず、その体はその細さからは想像もできないほどに筋肉質であった。


 踵も靴など必要ないほどに角質が発達している。


 きっと教主としての修行の合間を見ては信者たちとともに日夜、農作業に暮れていたのだろう。


 それ故に日に焼けていたのだろうし、筋肉も発達していたのだろう。

 筋肉が発達しているのに肥大していないという事は、修行僧として低栄養下にいたという事か?


 きっとケシなどの違法薬物の事は知らされていないか、あるいは適当な方便をきかされていたのだろうな。

 ミミは勝手に好意的に解釈していた。


 それで決心が付いた。


 ミロクをここで殺さなければ中立都市で多数の被害を出すテロ事件が起きる。

 ならば殺すべき理由の無い、無垢な少年を殺すのか?


 どちらもミミは選ばない。


「ふんッッッッ!!!!」

「ぶはッ!?」


 右肘を鉤のように直角に曲げたミミの拳がミロクの腹部に突き刺さる。

 足首を、膝を、腰を、背骨の1つ1つを回す勢いを乗せた全力の拳だ。


「ちょ、ちょっと!?」

「あぁン!?」


 猫の本能でミロクに銃を向けながらも、人としての理性を残していたキディが予想外の出来事に声を上げるが、ミミは巻き舌で(ヤカラ)のような返答。


「ミミちゃん。アンタ、何すんのさ!?」

「決まってんだろ!? 身柄(ガラ)攫って、拉致(ハイ〇ース)すんぞ!!」


 ミロクが教団にいれば大規模テロ作戦の旗印にされる。

 かといってミロクを殺すのは躊躇われる。


 ならば攫ってしまえばいい。


 新人VTuber「黒猫ミミ」こと、指原(さしはら)美純(みすみ)に染みついた足立区スタイルは今この場合においてはドンピシャに手っ取り早い手段を選ばせていたのである。

指原さんの初登場回は第2章の1と2ね。

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