7 同好の士
「……アンタ、名前は?」
「あれ? 知らないんですか? 『ミロク=アーリー』と呼ばれています」
「そりゃ、名前っていうか、僧侶としての法名だろう? チッ、まあ、いいや」
カルト教団「汎銀河仏法帰依者の会」教主、そしてミミたちが受けたミッションの暗殺対象である少年はミミの問いに対し、彼女の顔を見る事もなく答える。
その視線はミミたちのワイルドキャットを見上げたまま。
その表情は現実の世界でミミの同級生の少年たちがバイクやスポーツカーを見るものと同じもの。
つまり歳相応の少年らしいものであった。
「ミロク=アーリー? 要するに“早く来た弥勒菩薩”って事かい」
「そんな大したもんでもないですよ。実際はそれっぽく作られた遺伝子改造人間ってとこです。そちらのお姉さんと一緒ですね」
少年は自身をミミの相棒であるキディと同じようなものだという。
猫の遺伝子を取り入れる事で強靭な身体能力を持たされているキディは宇宙開拓時代の過酷な環境に耐えるために造り出されたという設定。
実際、気紛れで面倒くさがりな性格は猫っぽいといえるのだろうし、今も少年へ拳銃を向けたままという状況もどこか猫が見ず知らずの人物を威嚇している様を思い浮かばせる。
だがキディの頭部、人間の耳よりも上部に猫の耳が存在するのとは違い、少年には他の動物の因子を見付ける事はできなかった。
綺麗に剃り上げられた頭部から、法衣から右肩から先が出た右腕にも、それから裸足の足にも。
「不思議ですか? ほら、僕の眉毛、緑色でしょう。植物由来の葉緑素があるんです。日の光を浴びてさえいれば何日も断食したまま座禅していられるようにって、毛髪の遺伝子が弄られているんです」
思わずミミはどきりとさせられる。
少年の視線は先ほどからワイルドキャットに張り付いたまま。
表情から気取られたわけではないとハッキリ言える。なのに少年はミミが何を考えているか彼女の表情を見る事もせずにその答えを返してきたのだ。
少年の表情はまるでショーケースの中のトランペットを見つめているかのよう。
声色の温和で、どことなく中性的な威圧感など微塵もない。
だというのにミミは少年に得体の知れない何かを感じ、気圧されていたのだ。
いや、それはもっと前からだったのかもしれない。
だからミミは視聴者の事も忘れて、素に近い口調となっていたのだろう。
「毛髪……、って、眉だけじゃなく他の毛もか? そんな遺伝子改造を受けてんのにわざわざ髪を剃ってんのかよ?」
言葉にできない根源的、本能的な何か。
恐怖していたわけではない。だがミミが拳銃を納めていたのももしかしたら少年に畏れに近い何かを感じ取っていたからかもしれない。
故に会話のイニシアチブを取られないようミミはついつい強い口調となる。
「眉毛だけで栄養、足りてんのか?」
「んなわけないでしょう? そもそも、人間の毛髪に栄養を送る機能なんて無いですよ」
「……は?」
「ようするに企画倒れって事ですよ。まあ、外見で分かる遺伝子改造はそんくらいしかないんで言いましたけど。意味なんてありません」
言われてみればの話である。
少年に言われるまでついつい少年の話を真に受けてしまっていた。
少年の眉が鮮やかな緑色なのも本当。
仮に少年が言うように少年の眉に葉緑素があって光合成が可能だとしても、そこで作られたデンプンを肉体本体に送るような機能など、人間の毛にはない事なんて言われずとも分かりそうな事であった。
これもミミが少年に気圧されて心の余裕が無くなっていたからかもしれない。
「そんな事よりも、このワイルドキャットの増加装甲、取り付け方が独特ですね。大昔のAFVのシュルツェンとかみたいじゃないですか! どこでやってもらったんですか? トクシカ商会とか?」
少年がミミの方を向いた時、随分と久しぶりに彼の顔を正面から見たと思ったのも彼女の心の余裕がなくなっていたからだろうか。
いや、どちらかというと少年の得体の知れなさと、対称的な温和な雰囲気に精神の均衡を欠いていたのかもしれない。
ところが、だ。
一変、少年の柔らかい笑顔が向けられると、ミミはそれまでの事が嘘のようにホッと安心していた。
「どこにやってもらったってのはないよ。買ったもんを自分で取り付けたんだからな。まあ、整備員に手伝ってもらったりはしたけど。てかトクシカ商会って何だ?」
「え? 傭兵さんなのに知らないんですか? でもこの三連マガジンラックはトクシカ商会のオリジナル商品ですよ?」
「んん? そうなのか?」
少年が指さしているのはワイルドキャットの大腿部に取り付けてあるパーツ。
本来は1つのハードポイントに1つの弾倉しか取り付けられないものを、マガジンラックを取り付ける事で複数の弾倉を取り付けられるようになるという物である。
ミミとしてはプラモデルを作っていた時はポルシェ砲塔がどうとか、ヘンシェル砲塔はどうだのと長々と視聴者と語り合った事もあったくらいなのだが、このゲームのパーツの製造元については特に気にした事などなかった。
ただマガジンラックにしても類似品に比べて軽量のものを選んだだけなのである。
「お前さ、もしかしてHuMoとか好き?」
「まあ、HuMoだけじゃあないんですけど……」
「だけじゃない?」
「装甲車とか航空機とか軍艦とか、その辺ひっくるめて」
「あんだよ! オメー、ミリオタかよ!?」
ミミの言葉に少年が恥ずかしそうな表情を浮かべる。
洞窟内が暗いためと、肌が褐色に焼けているために分からなかったが、もしかして赤面していたのかもしれない。
だがミミにとってはこの得体の知れない少年が実は自分と同じ趣味を持つと知って、俄然、意気が上がる。
「視聴者の皆~!! この子、皆と同じ趣味なんだってお!!」
タブレットで動画配信サイトのコメント欄を見ると、視聴者たちも同好の士を見付けて盛り上がっている。
『シュルツェンって、大戦中の独軍車両をモチーフにしたのバレテーラw』
『ワイルドキャットってのは分からなかったみたいだけど、増加装甲まみれなのにベース機のマートレットまでは言い当てる事ができたのは凄いね』
『俺も航空祭で自衛隊の基地に行った時はあんな感じで戦闘機をずっと眺めてたわwww』
だが、そんなコメント欄の中にいくつか気になった書き込みがあった。
『で、結局、どうするん? そのミロク君、殺しちゃうん?(´・ω・`)』
『ちょっとミミちゃん、攻略WIKIで今回のミッションの項を見てみ?』
『今回のミッション。鬱シナリオ大好きっ子の名無しちゃんの担当なんすよ……』




