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ジャッカルの黄昏~VRMMOロボゲーはじめました!~  作者: 雑種犬
第6章 末世の荒野に唄えよ救世主
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6 教主の少年

 ミミが誘導灯を振る人物の元へ機体を進ませると、雨で視界が効かないながらその者の姿も見えてくる。


「おいおい。もしかして罠かぁ?」

「ん~……。だったら服くらい替える頭くらいあって欲しいですけどね~」


 赤と緑の誘導灯を振ってミミたちを誘っていたのは粗末な法衣を着た仏教僧であった。


 糞掃衣というのだったか?

 一般的な日本人の平均程度の知識しか持たないミミにとっては初めて見る法衣であった。


 橙色というにはいささかくすんだ色の法衣は右肩を出すスタイルで、日本式の仏教というよりはどこかエスニックな雰囲気を感じた。


 それは法衣だけではなく、それを纏っている少年も同様で、剃髪された頭部から足の指先まで日によく焼けて褐色の肌をしている。


 ミミもキディも誘導灯を振る少年を「汎銀河仏法帰依者の会」の関係者だと思っても無理のない事だっただろう。


 ミミからすれば、このゲームの背景設定として人類が他の星系まで版図を伸ばしている時代のSF作品だというのに、仏法僧とはあまりに場違いに感じていたし、そもそも今回のミッションの舞台となる「汎銀河仏法帰依者の会」のコミュニティの近くで僧侶を見かけたら、教団の関係者と思う方が自然だろう。


 さらに機体を少年へと接近させながらもミミは色々とセンサー系統を切り替えて周辺をサーチしてみるが、HuMoはおろか、ヘリや装甲車といった大質量の金属反応は見つからない。


 それでも携行対HuMo兵器のような小型な物は分からないだろうと、ミミは警戒を怠らずに少年僧侶へとライフルを向ける。


「チッ……」


 自分の顔面のわずか5メートルほど先に75mmアサルト・カービンの砲口があるというのに少年は平然としていた。

 それどころか微笑を浮かべているように見えるのは雨がカメラに悪戯をしたせいだろうか?


 これには非武装かつ無抵抗の相手に砲を向ける罪悪感で思わずミミは舌打ちしてしまう。


 僅かな間を置いて、少年は自身に砲口を向けるHuMoのパイロットがその実、トリガーを引くつもりなどないのだと察してか、誘導灯を先ほどまでとは違う動作で振りだした。


 両手を大きく右へと向ける動作の繰り返し。


「なんだお? 右……?」

「右って、滝があるだけじゃない?」

「いや、ちょっと待つお……」


 大きな岩の上に立った少年が指し示していたのは深い渓谷に注ぎ込む大きな滝だった。


 雨が降り出してからしばらく経っているのにいまだ水量は多くないが、仮に水量さえ十分であれば大瀑布と呼んでも差し支えないほどの威容であっただろう滝。


 最初はミミもキディも少年の意図が分からなかったものの、すぐに滝を流れ落ちていく水の向こうに渓谷の岩肌が透けて見えない事に気付いた。


「向こう側は洞窟みたいな空間があるって事かしら? HuMoが入っていくのには十分なスペースはありそう。追手から隠れる場所を教えてくれているって事みたいね。どうする?」

「入ってみるお! こうなったら毒食らわば皿までだお!」


 警戒しつつもミミは機体を滝の向こう側へと前進させる。


 依然として罠の可能性は捨てきれないが、自分で自分以外のミッション参加者を撃破してしまい、弾薬を浪費してしまっていた都合上、正攻法でのミッションクリアは難しいと考え、行きつく先まで行ってやろうという意気込み。


 ワイルドキャットは降り注ぐ水を浴びて視界は一瞬だけ塞がれるものの、すぐに頭部のコンプレッサーが自動で作動して高圧のエアーがアイカメラの水滴を吹き飛ばしてくれたので、すぐにクリアな視界を得る事ができた。


「お、思ってたよりも広い……?」

「驚いた。滝の向こうにこんなスペースがあっただなんて」


 思わず声が漏れるほどの広大な空間。

 入り口周辺のHuMoが入っていけるだけの高さのある空間だけでも、ここへ来る時に乗ってきた輸送機の5、6倍はありそうな広さがある。


 さらにそこから幾つもの通路のようなものがあるのは見てとれたものの、これは人間が入っていくのにやっとという程度。


 これだけの空間だというのに内部は明るい。

 いや、外に比べれば暗いのだろうが、それでも壁面のあちこちに松明や電灯が灯されて活動に支障がない程度の光量は確保されていたのだ。


 再びセンサー類を確認するも、やはり大質量の兵器の類は無い。

 唯一、小型のエア・バイクは発見できたものの、これも武装らしきものはなかった。


「キディちゃん、降りてみよう!」

「ええ~。危なくない?」

「撮れ高、撮れ高!」


 険しい山中に謎の洞窟。

 正直、ロボットアクションシューティングゲームの配信としては誰得展開なのかもしれないが、それでもミミは自身の中に湧き上がってきた好奇心を抑えられなかった。


 シートからアクションカムを取り付けた自撮り棒を外しながら相棒を急がせるものの、キディは遺伝子改造人間として猫らしさを見せて中々に動こうとしない。


 それでも相棒が根負けするまで促して、やっとキディが重い腰を上げた所でミミはコックピットハッチを開放させる。


 ハッチに備え付けのハンドル付きワイヤーで2人が地面に降りたった時、彼女たちの背後から話しかけてきた者がいた。


「これは驚きました。まさかドレスを着た傭兵さんとは……」


 その声に敵意や悪意を感じたわけではない。

 ただ単にミミとキディの2人が揃って振り返りながら声の主へ拳銃を向けたのは単なる身に染みついた習慣に過ぎない。


「これはドレスっていうほどのもんでもないお! お兄さん、ゴスロリって知ってるかお?」

「この恰好を見て、知ってると思います?」

「チッ、銃を向けられてるってのに可愛げのねぇガキだね。ちったあ怖がれ」


 キディは悪態を吐くものの、それでも引き金からは指が離れていく。


 2人の背後に立っていた人物は法衣を着た褐色の少年。

 銃を向けられているというのに上げようともしない両手には2本の誘導灯が持たれていた。


 ミミを滝の中の空間へと誘った少年である。


「はは、可愛げのないのは認めますが、そんな事よりもお2人のHuMoを見せて頂いてもよろしいですか?」

「別に構わないお」

「ありがとうございます! 気になっていたんですよね。……やっぱりマートレットに似てるけど違う。何だろ?」

「ワイルドキャットだお!」

「へぇ~! これが? 凄いなぁ……」


 ミミの許可が降りると少年は誘導灯をエア・バイクの荷物入れに放り込み、それから小走りでミミたちの機体の正面へと向かう。


 その様子には拳銃を向けられている緊迫感など微塵も感じられず、ミミは意味を感じられなくなってホルスターに銃を収めた。


 だが依然としてキディの銃口はずっと少年を追っていた。

 引き金から指は離してはいたものの、それは見ず知らずの人間が近寄ってきた際の猫の威嚇に似ていたかもしれない。


「キディちゃん、もうよくない?」

「いえいえ、その必要はありませんよ」

「は?」


 ミミは少年の言葉の真意を測りかねる。


 その必要はない。


 その言葉通りに受け取るのならば、自分は敵ではないのだから銃など必要ないという意味だろうか?


 だが、それならばミミの銃をしまってもよいのではないかという発言に対し、何故、「いえいえ」と否定する?


「ああ、さっきのお姉さんの言葉に対しての続きですけどね」

「……?」

「僕が銃を恐れる必要はないんですよ。僕が自分で自分の暗殺の依頼を出しておいて、傭兵が来たら怖がるだなんて馬鹿みたいじゃないですか?」

「自分で、自分の……?」


 ミミは少年の言葉を反芻しつつ、その言葉の意味を考える。


 今回のミッションはカルト宗教「汎銀河仏法帰依者の会」その教主の暗殺。

 その依頼を出したのが少年だというのは分かった。

 オーケー、ここまではいい。


 自分の?

 自分の暗殺?


 ミミはキディの腰のバッグから折り畳み型のタブレット端末を取り出してミッション依頼文に添付されていた画像データを表示させる。


「あ……」


 表示させたのは暗殺対象である教主とやらのバストカットの画像データ。

 その画像の中の冷めた表情と、ワイルドキャットを羨望の眼差しで見上げる少年とではあまりにイメージが違い過ぎるために気付けなかったが、彼こそが今回のミッションの暗殺対象その人であった。

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