5 逃亡
「あ~あ。もっかいおんなじ事を聞くけどさぁ。どうすんの、これ?」
「…………」
勝利の余韻を味わう間もなく後席のキディがミミに冷や水を浴びせるような言葉を向けてくる。
そんな事を言われてもミミにだって今後の展望なんてあるわけがない。
倒した3機はそもそも同じミッションを受けた同業者であるプレイヤー。
彼らの虐殺行為が許せなかったからという理由で敵対する事になったわけだが、それでミッションが終わるわけもない。
ミッションの説明文を思い起こせば、ミミが守った農民風の教団信者たちは違法薬物の原料となる植物を栽培し、それを薬物として精製する作業に従事していたわけで、教団に洗脳されていたからといって非が無いわけではないのだ。
だが、そんな事よりもミミにはもっと切実な問題があった。
「……おっ、おっ! いくらミッションの都合だからって、カルト教団の信者だからって民間人の虐殺なんて、このミミちゃんが許しませんお!!」
『いつものミミちゃんに戻った……?』
『いや、それで誤魔化せると思うなよ?』
『てかさ、声の調子の作るのは良いけど、そういうのはマイクのボリュームを落としてからにしなよ』
『キディちゃ~ん、怖い人がいるよ~>_<』
つい湧いてきた激情に任せて本性を視聴者に晒してしまっていた。
今さらキャラを作っても遅すぎる。
昨年から作り上げてきたVtuberとしての全てがブチ壊し。
ミミの今後はまるで愛機ワイルドキャットのアイカメラ越しに見る曇天の黒い雲のよう。
「キディ~! 皆が意地悪するお~!」
「いや、どんだけ図太い神経してんだよ。今さらそれでイケると思った?」
『言ったれ、言ったれ』
『もうさ、“味方殺し”のミミとかPK路線のダーク系で行くしかないんじゃない?』
視聴者が言う「PK」とはすなわち「プレイヤー・キラー」。
自由度の高さが売りのネトゲ―においてはしばしばPvP形式のイベント以外でも他のプレイヤーを狩るプレイを楽しむプレイヤ-がいる。
ゲーム世界内に倒されるべき敵として用意されている敵性NPCではなく、他のプレイヤーを狩るPK行為は当然、いわゆる“初心者狩り”と呼ばれるようなものでもなければ深いゲームシステムへの理解を必要とし、システムの熟知と深い知略の産物であるスーパープレーで次々とPKを成功させ、それをウリとしている配信者だって存在しているくらいだ。
だが、生憎とミミにはそのようなものは何もない。
今回、プレイヤー相手の1対3という戦闘をほぼ完勝という形で終える事ができたのは単にミミ以外の3人が対人戦に特化させた装備を機体に施してきていたからだ。
今回はたまたま上手くいったからといって、それを軸として今後の配信を行うだなんて到底、上手くいくそうにない。
いつの間にか配信の視聴者数は配信開始当初の2倍近くになっていた。
コメントしてくれる者のハンドルネームには見慣れないものも多い。
さすがは正式サービスが開始されたばかりの注目タイトルだけあって、新規に流入してきた層が多いのだろうが、今回のようなものを期待されても困る。
当然、ミミは軌道修正を試みる。
「PKだなんて大袈裟だお~。こんなのヴァーチャル足立区じゃオイタした子にちょっとメッ! ってしたくらいだお~!」
『足立区じゃ悪い子に大砲撃ちこむんか。こわいな~、とづまりすとこ』
『メッ! って、Oキャノンのパイロット、数万度のプラズマで焼かれとるんですが……』
「……チッ」
『うん? 今、舌打ちした?』
「してないお~!」
シートに取り付けたアクションカムで自身が配信に映ってしまっているがため、ミミは能面のように笑顔を自らの顔に張り付けて、それでも操縦桿を握る手に思い切り力を込めていた。
いいじゃないか。
どうせ砲弾に撃たれても、ビームに焼かれても、すぐに五体満足でガレージでリスポーンするのだ。
表情に出ないようにミミは頬の内側を奥歯で噛む。
模型製作を趣味とし、Vtuberとして活動するミミの現実世界での人生は全て力で解決してきたといってもいい。
両親は実子であるミミをストレスの捌け口としか見ていなかった。
躾としてミミの背に煙草を押し付けるのが趣味であった母は、ミミに煙草の火で両の眼球を焼かれ失明。
もっと直接的に殴る蹴るの暴力を加えてきた父は今は背骨を折られ半身不随で施設に入っている。
伯母夫婦に養子として引き取られて以降も両親によって骨身に叩き込まれた性分は変わる事はなかった。
枚挙にいとまがないが、つい先日もミミの自転車を盗もうとした輩をそんな事を考えぬように自転車に乗れないよう両脚を圧し折ってやったばかり。
ミミは自身の本性を“悪”だと自認していた。
だからこそ「黒猫ミミ」というアバターを使える仮想現実の世界では、そういうものとは無縁でいたい。そう考えても無理はない事だろう。
だったらロボットに乗ってドンパチするようなゲームなんてする方が馬鹿だろうと自分でも思うが、それを押してでも借りを返したい相手がいた。
そんなわけで、ミミとしては「鉄騎戦線ジャッカル」というゲームを真っ当にプレイしたかったのだ。
個人経営の傭兵というプレイヤーに与えられた役割が真っ当かどうかは問題ではない。
信念と呼べるだけのものは無いが、それでも自身の感性に従って真っ当といえるようなプレイがしたかった。
できれば、その中で大勢の視聴者にちやほやされたい。
それだけなのであるが、プレイヤー・キラーという路線はミミの理想とは程遠いものである。
だが収拾がつかない。
そりゃそうだ。
ミッションが始まってすぐに裏切って、自分以外の味方を殺害。
視聴者がめいめい好き勝手なコメントを書いていくのも当然である。
だが、その流れを断ち切る者がいた。
ミミの相棒であるキディであった。
「ちょっと待った! 急速接近中のHuMo部隊を確認……」
ミミ本人よりも視聴者人気のあるキディは少しわざとらしいくらいに緊迫した調子の声で視聴者の意識を強引に変える。
ミミも慌ててレーダーマップを表示されているサブディスプレーに視線を移すと、そこには20機近いHuMoがこちらへ向かって接近中。
当然のように表示は赤。
敵である。
「コミュニティを破壊していた3機を倒したのは私だし、歓迎してくれないかな?」
「アンタだって建物を撃ってたでしょ。それに同じ輸送機から降りたのだって向こうは見ている」
そらそうだとミミは考える。
仮に、百歩譲ってもだ。彼らが善良な宗教の信者たちだったならばミミの心変わりを信じて迎え入れてくれるという可能性だって無きにしも非ずというところだろうが、生憎とこのコミュニティは中立都市から傭兵を派兵されるほどの凶悪なカルト教団なのである。
その証拠の違法薬物の原料となるケシ畑もミミは確認済み。
だったら、どうする?
戦うのか?
教団に洗脳されて違法薬物の製造作業に従事させられ、傭兵に攻められても逃げ惑う事しかできない信者たちに砲弾を撃ち込む事はできなくとも、その大本である教団のトップ、今回のミッションの暗殺対象である教主とやらならトリガーを引く事もやぶさかではない。
こちらに向かってくる20機のHuMo部隊を撃破し、暗殺対象である教主を探す。
それが手っ取り早い方法であったのだろう。
さりとて、それができない事情がミミにはあった。
そうこうしている内にミミたちが乗るワイルドキャットの周囲に高速の火球が飛来してきて着弾。
盛大に周囲へと爆炎とともに土砂を撒き散らす。
「撃ってきた!」
「これで敵対は確定。で、どうすんの?」
「ここは……」
「ここは?」
「逃げる!」
一度、決めたら後は速かった。
HuMo部隊が向かって来るのとは反対側、深い霧が立ち込める山中へとミミは乗機を駆けさせる。
『戦わないの?』
『スーパープレイはまだ~?』
『そういえばさ、ミミちゃん、残弾は?』
「30発入りマガジンが7!」
『足りねぇwww』
『7!? 弾倉あと7個しかないの!?』
『ちょw 3機倒すのに弾倉3つも使ったのに、残り7!?』
『ぜってぇ足んないじゃんwwwww』
一応、今ライフルに装填されている弾倉にも砲弾はいくらか残っている。
だが、それが何になるというのだろう。
ミミのとにかく動きまくって、とにかく撃ちまくるというスタイルには大きな欠点があった。
極端に弾薬消費が大きいのである。
スラスターを全開にして機体を駆けさせれば、当たり前だが射撃精度は低くなる。
だというのに、ミミは外れても牽制にぐらいはなるだろうという浅い考えでとにかく銃を撃ちまくってしまうのだから始末に負えない。
本来であればミサイルか何か、副武装も欲しいところだが、機体全体に増加装甲を張り巡らせた分の補強に外付けスラスターを購入していたために金銭的な事情がそれを許さなかったのだ。
とにかく、ここは逃げの一手だとミミは愛機を駆けさせる。
高く跳んでしまえば敵機のレーダーに探知されるだろうからと入り組んだ山肌を分け入るような形で駆けさせた。
幸いにもこの周辺の山岳地帯は教団のHuMo部隊が訓練に使用しているのだろう。
生い茂った森林地帯はあちこちがHuMoによって薙ぎ倒されて、それがワイルドキャットの痕跡を隠す役に立つのではないかという打算もあった。
「お~、丁度良い時に雨が降ってきた。これで熱探知もだいぶやり過ごせるねぇ」
「熱探知!? そんなんもあんのかよ!?」
「はいはい、また素が出てんよ~」
両側が切り立った崖という渓谷のような地形に入った辺りで雨が降り出し、キディの言葉でミミは操作方法を思い出しながら後方カメラを熱探知モードに切り替えて自機が辿ってきた足跡を見てみる。
確かに足跡は自然のものとは思えない高温である事が分かるが、キディが言うようにスコールのような激しい雨によって熱は薄れていき、これならば追跡は容易ではないだろう。
『航空機ならばレーダーに探知される。車両ならこんな地形には入っていけない。人型ロボットの地形適応能力って意外と馬鹿にできんのかね?』
『HuMoは現実の艦船ばりのCIWSも装備しているから、ある程度のミサイルも防げるしな』
『いや、それでも全高の高さは気になる。やはりフィクションの世界ならではとしか……』
コメント欄にて長文で議論しているのは模型作成の配信をしている時からの古参だろうか?
視聴者同士の議論を嫌う配信者もいるらしいが、ミミは意外とこういう雰囲気は嫌いではない。
むしろそういう議論を煽るために配信で作るキットを選ぶ事もあったくらいだ。
ハンドルネームを見るに「全高がどうのこうの」と書き込んでいる視聴者は確か、以前にTAMIGAWAのⅣ号駆逐戦車のA型とV型を同時作成した配信でも同じ事を書いていたような事を思い出してミミは苦笑する。
『おっ、ミミちゃんに笑顔が戻った!』
『スマイル、スマイル!』
『さっきの修羅みたいな顔は怖かったお><』
「え~! ミミはいつでもスマイルですお!」
だがミミの笑顔も長く続く事はなかった。
「何……? あれ……」
「さあ……?」
水嵩の増した川の中を避けて、岩だらけの警告を走るミミの前方に緑と赤の淡い光が見えた。
雨によって視界は効かないが、先ほどの反省を踏まえて熱探知カメラでも見てみるが周辺にHuMoの反応はない。
代わりに熱探知カメラに映し出されたのは1人の人間が放出する熱であった。
緑の光と赤い光が近いのは、その人物が両手にトーチライトを持っているから。
2つの光がわずかに動いているのは、その人物がトーチライトを振っているから。
「こっちに来いって事かしら? どうする?」
「とりあえず言ってみましょう」
少なくともHuMoの姿はないが、なにぶん入り組んだ地形である。どこにHuMoが隠れているか分かったものではないし、HuMoがいなくても携行対HuMo兵器を携えた人がいるのかもしれない。
それでもミミは最悪でも撮れ高はあるだろうとライトを振る人物に接近する事にしたのだった。




