67 私たちの戦いはこれからだ!
称号「非情なる刃」を取得したマモル君に対するウライコフ兵の反応を見るに、冗談抜きで私が貰ったんじゃなくて良かったと思う。
あんな危険物を見るような目で見られるくらいなら、場合によってはNPCとの交流、交渉にマイナスになる事だってあるのではないかと勘繰ってしまう。
だったら私はフラットな状態でいて、「非情なる刃」の効果が必要な場合はマモル君を前面に出していくという方向が良いのではないだろうか?
というか、だ。
そもそも「非情なる刃」の取得条件は重要目標の破壊と同時に50人以上の味方を殺害するというもの。
「ところでマモル君。貴方、もしかして私がログインしてない時に無茶してんの?」
「んなわけないでしょう……」
「まあ、そりゃそうよねぇ……」
マモル君が撃ったのは私だけのハズだし、私がゲームにログインしていない時に勝手に出撃してブイブイいわして味方も殺してるというのは確かに聞かずともありえない事だと分かる。
私以外の残り49人はいったいいつ?
私の中で湧き上がった疑問の答えは実の所、既に私たちの目の前にいたのだった。
「おいおい、お前、まさか私らが雑魚相手にやられたとでも思ってたのか?」
「……え?」
「まあ、私もクリスさんも後少しでやられるってとこまで追い込まれていたのでごぜぇますけど、それでもまだ私たちも戦ってましたのよ?」
「あ、そっかぁ……」
広大な格納庫を埋め尽くさんばかりのHuMo部隊を相手にサンタモニカさんとクリスさんは戦い続けていて、そして戦艦の爆発に巻き込まれて死亡判定を食らったというわけだ。
うん? という事はだ。
もしかして、さっきの大学生風の3人組が言っていた「チャラにしてやる」という言葉、アレはもしかして……。
「マモル、ちょっとタブレット見せてみろ。……ほうほう、こりゃ凄ぇもんだな! 軽巡2隻に駆逐艦8隻。それ以外にもフリゲート艦に防空艦、ミサイル艇に突撃艇なんかの細々としたのが80隻以上……。そりゃワープできるほどの出力を捻り出す反物質エンジンを吹き飛ばせばそれだけの被害は出るか」
どうやら私の最後の作戦によって敵戦艦を轟沈させる事ができたのみならず、周囲に飛散した破片によって周辺の艦艇に甚大な被害を及ぼしていた様子。
「うん……? そういえば私たちが敵戦艦に取り付く前にヒロミチさん、確か味方機のパイロットたちに『俺たちが戦艦を無力化するまで近くの艦に取り付いて対空砲火を凌げ』って言っていましたよね?」
「そうだな。そいつらも取り付いていた艦ごと戦艦の爆発に巻き込まれてガレージバックってこった。ポイントの計算が膨大なのか、お前らだけ少し遅れてリスポーンしたわけだが、今ここにいる連中は大概、マモルに殺されて戻ってきた奴らってわけだ」
マジか……。
ヒロミチさんは「同士討ちを避けたがる」という敵の思考パターンを読んで、味方に小型艦に取り付いて戦艦からの砲火から逃れるよう指示を出していたのが、かえってそれがマモル君のキルスコアを稼がせる結果となってしまっていた様子。
その事実に気付いた私は一瞬にして全身から血の気が失せるような感覚を味わう事になった。
「ご、ご、ご、ごめんなざい!!!!」
「まま、ええで!」
「まあ、味方もだいぶやられて帰り道にも追撃があるだろう事を考えると生きて帰ってこれるかわかったもんじゃないしね!」
「てか、考え無しだったのかよ!?」
今も大戦果に沸き立つ休憩室内の面々に私はおでこが膝にくっつくのではないかというほどに頭を下げる。
正直、大量の味方を殺害するという結果に誠心誠意、頭を下げなくてはならないという気持ちが半分。もう半分は合わせる顔が無いといった気持ちであったのだがクリスさんたち顔見知りの皆も、顔も知らないプレイヤーの皆も快く笑顔で許してくれた。
さて自分のしでかしてしまった事に一瞬で顔を青くしてしまった私だが、すっかり表情の固まってしまったマモル君がもっと顔を青くする事態がこれから待ち受けていた。
どうせデスペナの出撃制限の最中だからと、休憩室内のプレイヤーたちは散々に盛り上がり、宇宙戦や対艦戦闘についてああだこうだとおのおのの持論を言ったりしていたのだが、不意に休憩室内に妙齢の女性が入ってくる。
その女性、この宇宙空母ポチョムキンの艦長さんなんかよりもよほど豪勢な装飾がなされた軍服を着ていて、それがスラっと背が高くて出るとこが出たスタイルによく似合っていた。
なのにアイドルや女優がコスプレをしているだとか、舞台衣装を着込んでいるといった印象にはなっていないのはこの女性がどことなくガッチリした体格のせいかもしれない。
「マモル殿は貴殿であらせられますか?」
「は、はあ……」
先ほど休憩室内に入ってきたウライコフ兵は明らかにパイロット風の出で立ちで、格納庫に付属した形の休憩室内に入ってきても何の違和感もなかったのだが、この女性軍人はスカートに丈の短いジャケット、ネクタイまで締めているくらいで軍人とはいってもおおよそ戦闘職の者とも思えない。
そんな女性軍人が入ってきたのでいったい何事か? と一瞬にして休憩室内は静まり返って彼女の動向を追う。
そんな数多の視線にも動じずに女性はつかつかと色気も素っ気も無い軍人らしい歩き方でマモル君の目の前まで歩いてきて敬礼。
本来ならば敬礼には答礼で返すべきなのだろうが、生憎とマモル君はそういった事を知らないようで軽い会釈で返すと、女性は手にしていた1枚のプラスチック・ペーパーを読み上げる。
「トワイライト駐留ウライコフ軍参謀総長より直々の要請であります! これから2時間後に予定されている第4次攻勢部隊にマモル殿も参加されたく! されど開戦当初の敵の奇襲により我が軍の被害も甚大、つきましてはマモル殿にはウライコフ宇宙軍機動部隊の1個大隊の指揮を執って頂きたく! 了承頂けると幸いであります!!」
マモル君がウライコフ正規軍の指揮を執る?
それも1個大隊の?
つまりマモル君の下に2、30機のNPC部隊が付くって事?
これが「戦艦殺し」の称号の効果か。
それも参謀総長って知らんけど、めっちゃ偉い人なんじゃないだろうか? そんな人から直々の依頼とか……。
これには困り果てたマモル君も固まっていたのがゆっくりと顔を私に向ける。
硬直が解けた代わりにその表情は真っ青。血が通っていないのではないかと思うほどである。
そんな彼が口をぱくぱくとさせて何も言えないでいるのは可哀想ではあるが一方で可愛らしいとも思ってしまう。
だがマモル君に付いたもう1つの称号「非情なる刃」のせいか、そんな彼の様子すら女性軍人さんには恐ろしいモノに見えるらしく、まだ幼い少年を前にして彼女の脚は震えていた。
そこでやはり頼りになるのはヒロミチさん。マモル君と女性軍人さんの間に横から助け船を出してやる。
「あ~、失礼。マモル君は大戦果を挙げたとはいっても部隊指揮なんて経験は無いんだ。そんなわけで俺らも彼の補佐として付いていいのかい?」
「え、ああ、そうですね。もちろん傭兵に依頼を出す以上はその辺の独自裁量権は許されております」
自分の想定の限界を超えた事態に一言も発せないマモル君も、「非情の刃」のフィルターを通せばコミュニケーションの取れない狂人に見えるのだろうか。
やっと言葉が通じる相手に代わってくれたと軍人さんは見るからにホッと肩を下ろした。
「ああ、そうか。私たちも付いていけば『マモル君の代わりに』とか言ってヒロミチさんに大隊の指揮を執ってもらう事ができるのか」
「そうそう。ま、ウライコフ兵の損害を抑えれば何か良い事あるんじゃないか?」
「そうね!」
伝令役の女性軍人さんは私にプラ紙の要請書を渡してそそくさと退散。
要請書には参謀総長とやらのデジタル署名の他に、作戦開始時刻とマモル君に預けるとかいう1個大隊27機の部隊表などが記載されていた。
「どう? 皆もイケる?」
「あったりめぇだろ!!」
「やれやれだな。まあ、ノーブルとの再戦を前にここでデカく稼いでおくというのも悪くない」
「わ、わ~たちも行くさ~!」
「ふふ。ホント、ライオネスさんと一緒にいると退屈しませんわね」
私としては顔も知らない紙切れに並べられた名前だけの大隊なんて頼りにはしていないが、代わりに私には仲間たちがいる。
指先で摘まんだ要請書をぷらぷらと揺らして見せびらかしつつ仲間たちの反応を窺うと、ヒロミチさんもクリスさんもサンタモニカさんたちもキャタ君たちもやる気満々。
巨大戦艦の撃破という不可能に思えた大仕事を成し遂げたばかりだというのに出撃時刻が待ち切れないといった様子に思わず私もクスリと笑みがこみ上げてくる。
当たり前だ。
週末のイベントはまだ始まったばかり。
私たちの戦いはこれからなのだ。
以上で第5章は終了となります。
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