66 称号
気が付いた時、そこは白い無機質な部屋だった。
目の前に浮かぶ青白いホログラフィック・ウィンドウで自分がこのゲーム世界で死亡し、そしてリスポーンした事を察した途端につい先ほどまでの敵戦艦内部での激戦を思い出して、私は慌てて周囲を見渡す。
その白い部屋は宇宙空母ポチョムキンの格納庫に付属する休憩室。
敵艦隊攻撃のため出撃する前に皆で休憩していた場所であった。
その休憩室内で大勢の人たちの歓声が沸き上がっている。
その中にはサンタモニカさんやヒロミチさんたち馴染みの面々の姿もあり、そして私の隣にはマモル君がポカンとした顔で大騒ぎしている連中を見ていた。
「よう! やったじゃないか!?」
「は、はあ……」
私の意識が覚醒状態になった事に気付いて何人かの、恐らくはプレイヤーであろう人たちが話しかけてくるが、何が何やら分からない私としては向こうのハイテンションにどうもノリきれない。
「ははぁ、君はβ版未経験の新規組だな? だから自分が成し遂げた事がどれほどの快挙かまだ分かっていないんだ!」
「マジかよ! 新規さんが戦艦を沈めちまいやがったのか!?」
「うん? “宇宙イナゴ”の戦艦は三勢力の戦艦に比べて性能が低かったんでしょうか?」
「いやいや! お前だってあの弾幕の密度と装甲の強靭さは確かめてただろ! 仮に性能が低かろうが、五十歩百歩ってトコだろうよ!!」
私がノってこないので勝手に盛り上がってる人たちの話の内容から私の奥の手、自機の爆発で敵戦艦のエンジン(仮)を破壊する作戦が上手く功を奏した事を知る。
「……そっか。無力化どころか完全に沈める事ができたんだ……」
「わっ! ちょ、止めてくださいよ!?」
正直、私としてはマモル君にケーニヒスを撃たせた瞬間から意識が飛んでいたわけで実感は無いのだけれど、それでも指示通りにやってのけたマモル君の頭をわしわしと撫でてやるといつも通りの小生意気な声が返ってくる。
「ねえねえ。もしかして貴女って中学生?」
「いえ、高三っス……」
今度、話しかけてきたのは女性3人組。
大人っぽさと子供らしさの両方がある彼女たちを大学生か、もしくは社会人なりたてくらいかと想像するが、向こうは私を中学生扱いしてきたので「そんな年が離れているわけではないと思いますよ?」という意味も込めて「高三」の三にアクセントを付けて返事をする。
「あ、そうなんだ~!」
「でも凄いわよねぇ~!」
「まっ、お祝いムードだし、今回の件はチャラにしてあげるわ!」
「……え?」
言外の自尊心のアピールも3人組は軽く流し、何故か彼女たちは「チャラにしてやる」だの言ってくるが、あいにくと私には心当たりがさっぱり無くて茫然としていると私を取り囲む人たちをかき分けてヒロミチさんが出てくる。
彼の表情も他の人たちと同じく綻んでいるのだが、その中にイタズラを仕込んでいる子供のような色も見えた。
「マモル、ちょっとタブレットを確認してみろ?」
「はいはい。……うん?」
「システムメッセージでライオネスに称号の付与がアナウンスされてるだろ? “戦艦殺し”と恐らくはもう1つ……」
「称号……?」
“称号”だなんて聞きなれない単語が出てきたのでつい聞き返してしまったが、そういえば以前に攻略WIKIで見た事があったような……?
「まあ滅多にない事だから知らなくてもしゃあないか。称号ってのはゲーム内で偉業を達成したプレイヤーに送られるもんで、狙って取れるもんでもないしな」
「はあ……。確かそんなんだったような……?」
「WIKIも記載が歯抜け状態であんま見る人もいないからな。大概は実利的なボーナスの他に、一部のNPCの反応が変わるらしいぞ? 俺もβ版じゃ『蒼穹の覇者』って称号を貰ってたんで、空軍関係のNPCには初対面でも一目置かれてたんだ」
「らしいっスね。……マモル君?」
ようするに“称号システム”ってのはネトゲ―らしいプレイヤーの承認欲求をくすぐるシステムという事だろうか?
狙ってもらえるものではないという都合上、ボーナスは貰えたらラッキーくらいの気持ちでいた方が良いのだろうが、NPCの反応の変化というのは嬉しいかもしれない。
例えばトクシカさんがケーニヒスをくれたように以前の自身のプレイングで反応が変わってくるというのは経験済みであるが、称号がある事によって初対面でも何かしの変化があるというのは他のプレイヤーにはあまりないアドバンテージといえるだろう。
ところがシステムメッセージのログを確認するためタブレット端末を開いたマモル君は何故か凍ったように固まってしまっていた。
「お~い! どうしたの……?」
「…………」
話しかけても硬直したままのマモル君にどうしたものかと思っていると、アシモフが横から来てヒロミチさんにタブレットを手渡す。
「お、他プレイヤーにも流れてきたか。……なんだ、こりゃ!?」
「ど、どうしたんスか?」
「お前も見てみろ」
ヒロミチさんは受け取ったタブレットを見て驚いたのか数秒間は口をポカンと開けてマモル君と同じように固まってしまっていたが、すぐに苦笑しつつ私にタブレットを見せてきた。
【プレイヤー:ライオネスのユーザー補助AI「マモル」が称号「戦艦殺し」を取得しました。】
称号取得条件→戦艦を撃沈。
【プレイヤー:ライオネスのユーザー補助AI「マモル」が称号「非情なる刃」を取得しました。】
称号取得条件→重要目標撃破の際に50人以上の友軍プレイヤーとユーザー補助AIを巻き添えにして殺害する。
そこにはヒロミチさんが言っていたように2つの称号が付与された事を示すメッセージが表示されていた。
1つは「戦艦殺し」。ヒロミチさんは「シップス・エース」と読んでいたか。
現実世界では「エース・パイロット」と言ったら5機以上の敵機を撃墜した切り札的な存在を言うらしいが、このゲームの戦艦の強力さを知った今は1隻でも撃沈できるのならば切り札として扱われるのに異論は無い。
つまり「戦艦殺し」とは対艦攻撃のエキスパートとして扱われるという事だろう。
そして、もう1つ、「非情なる刃」。
正直、こっちは両手放しで褒められるような称号ではないような気もするが、称号取得条件を見るに目標達成のためにはどのような犠牲すら辞さないというイメージをNPCたちに植え付けるためのものだろうか?
だが、だがだ……。
「なんで称号が私じゃなくてマモル君に与えられてるのよ!?」
「お前、戦艦沈める時にどういう手を使ったんだ?」
「ええと、ヒロミチさんたちが撃破された後で戦艦のエンジンルームみたいなとこを見付けたから、マモル君にケーニヒスを撃たせて、その爆発でエンジンを破壊みたいな?」
「あ~……。そのせいだろ?」
つまりシステム的にはマモル君が撃った結果だから、その功績はマモル君にって事?
その時、休憩室内に出撃を控えたウライコフのパイロットが入ってきて、彼らはマモル君を見ると途端に背筋を伸ばして敬礼。マモル君が油の切れたカラクリ人形のようにギギギとゆっくり顔を向けてぺこりと頭を下げるとそそくさと離れていったが、彼らが話すひそひそ声が聞こえてきた。
「アレがマモルさんか……?」
「可愛い顔して雰囲気あるなぁ、おい」
「俺らもあんまフザけてると殺されかねんぞ」
これが称号システムの効果。
マモル君はこれからこの世界にとって「非情なる刃」として扱われていくという事なのか。
実際のとこ、称号が付与されたからといってマモル君に貫禄が出てきたとか、眼光が鋭くなったとかそういうわけではない。
彼の擦り切れたタキシードの中には数本の投擲用ナイフが仕込まれているハズであるが、いきなりマモル君が「ヒヒヒ……」と笑い出してナイフの刃を舌舐めずりするようなヤバい奴になったわけではないのだ。
なのに屈強な見た目のウライコフ兵の彼に対する反応たるや、安全装置の存在しない爆弾を見るかのよう。
「……やっぱ、称号貰えたのが私じゃなくて良かったかも」




