65 奥の手
広大な格納庫ですら天井と床があるために上下方向に回避行動を取る事ができなくて敵の攻撃を避けるのに難儀していたというのに、通路に入ってからはなおさらである。
通路の幅は一般的なHuMoが3機ほど横に並んで歩くのがやっとというくらい。
これは確かに前後から大勢の敵に挟まれてしまえば一巻の終わりであっただろう。
だがサンタモニカさんとクリスさんの献身によって私とマモル君、そしてキャタ君の3人は通路の先、クリスさんの予想が正しいのならば戦艦の心臓部を目指して進む。
「キャタ君! 被弾しすぎよ!? 交代しましょう!!」
「な、なんくるないさ~!! 銃の無いライオネスさんじゃ余計に被弾するだけさぁ。その機体、装甲はそんな無いんでしょ?」
先頭を行くキャタ君のロジーナは通路に入ってからさらに被弾を重ねて見るに堪えない状態。
頭部は完全に失われ、ロジーナ最大の攻撃力を誇るパイルバンカーも今は肩を撃ち抜かれて敵に向ける事はできずに今はその肥大化した腕を胸部の前に上げてコックピットを守る盾代わりにする事しかできないようだ。
幸いであったのは通路の先から姿を現す敵機はただ武装を持たせただけの作業用の機体ばかりであったという事。
黄や橙、黒で塗装された現実世界の重機を思わせる作業用の機体は装甲なんて上等なものは取り付けられておらず、代わりに薄っぺらな保護板とでもいうべき物が取り付けられていて、それはロジーナのライフル弾にとても耐えられるものではない。
オマケに作業用に回されるくらいなのだから低性能の機体ばかり。
HPも低くロジーナの連射を受ければあっという間に溶けていくし、持っている武装だけはいっちょ前に中ランク相当の物みたいだが反動に腕部フレームが耐えきれないのか盛大にブレている。
それが装甲の厚いロジーナに上手く作用して結構な弾を弾けてはいるのだが、何しろキャタ君はたった1人で次から次へと現れる敵機を相手にしている状況。
「ねぇ、マモル君……?」
私は努めて優しい猫撫で声でマモル君に話しかけるもののけんもほろろ。
「は? もしかして僕に先頭に立てとでも言いたいんですか? お断りですよ」
まあ、予想はしていたけれど。
現状で私たち3人の中でもっともHPが残っているのはマモル君なわけで、チーム全体のヘルス管理という観点からしてもマモル君が先頭を張るのが最善手だと思う。
だと思うのだけれど、やはりマモル君のパーソナリティーでは無理か……。
「ははは……。ライオネスさんもそんな意地悪言わないであげてほしいさ~」
「そうだ! そうだ!」
「もうキャタ君までマモル君を甘やかして!」
あからさまに作ったような笑い声。
つい直前に脚部に被弾した結果、キャタ君の機体は歩行する事すらできなくなってスラスターでホバー状態を取る事によって何とか自立前進している状態。
「この戦艦を上手く無力化する事ができたら、それはやっぱり僕たちチームの戦果って事になるさぁ?」
「そうじゃないかしらね?」
「なら、この先に何が待ち受けているか分かんない以上、ライオネスさんを少しでも万全な状態で送り込むのが良いと思うさ~」
そんな話をしながら3つ目の通路をキャタ君が曲がろうとした時、後ろを歩く私からは見えない位置ではあったが、すでに音響センサーと振動センサーが曲がり角の先に敵機がいる事は把握済みであった。
だというのにキャタ君は何も無いかのようにさらりと曲がり角に入っていく。
「ちょ……!?」
ロジーナはもうセンサー系もだいぶ死んでいたのか!?
いやデータリンクシステムで私やマモル君からの情報が共有されているハズ。
やはり平静を取り繕っていても内心の焦りがサブディスプレーの確認を疎かにしてしまったのか。
私が増速して急ぐも、それよりも先に2丁のライフルの連射音とともに連続した爆発音が轟いた。
「ちぃッ!?」
巻き上がる紅蓮の炎に夥しい黒煙。
対HuMo擲弾の直撃でも貰ってしまったのか、私が曲がり角を曲がって見たロジーナの姿はすでに誘爆寸前。
それでもキャタ君は舌打ちしながらスラスター任せに機体を突撃させる。
乱射していたライフルもすぐに沈黙するも構わずに。
「ライオネスさん! マモル君も! 走って! 全速で!!」
ロジーナは敵機に体当たりをかましてから軌道を変えて、敵機を壁へと押し付ける。
さらにそのままスラスターは吹かしたまま。
「この先に何が待っているかは分からないけど、ライオネスさんなら何かやってくれるって期待があるさ~! だから……」
「ええ、後は任せて」
キャタ君のロジーナは穴の開いたあちこちから炎をふいて紫電のスパークが湧き上がっている。
私とマモル君はスラスターを全開にしてロジーナの爆発に巻き込まれないよう全速でその場を駆け抜けて進む。
すぐに後ろから爆発の大音響とともに爆風が届き、それで私は僅かながら加速した。
私にはそれがキャタ君が背を押してくれたように思えてならなかった。
そうして私たちはついに辿り着いた。
「……私たち2人だけになっちゃったけど、ここが最深部みたいね」
「ええ。エンジンルームでしょうか……?」
キャタ君の頑張りが功を奏したとでもいうべきか、最後に彼が道連れにした敵機で打ち止め。あれが最後の敵機であったというわけか。
私たちはそれからすぐに行き止まりの広大な空間に辿り着いた。
そこは侵入した格納庫よりも広いだけではなく、高さもセンサー読みで200mちょいもある。
その空間の主は巨大な円柱。床から天井までそびえ立つごつごつとしたパーツの取り付けられた円柱であった。
直径も200mほどの円柱にあちこちから伸びてきた大小のパイプが繋がれていて、なるほど確かにこれほどの巨大な構造物、正体はさっぱり分からないものの整備にHuMoを必要とするというのも分かる。
「ふんッッッッ!!!!」
取り合えず円柱に近付いて思い切り拳を叩き込むもののびくともしない。
「あのですねぇ。仮にエンジンルームってのが正しいと仮定して、巨大戦艦をワープ航法で飛ばすような出力を捻りだすような物が殴ってどうにかなると思っているんですか?」
「五月蠅いわねぇ! ごちゃごちゃ言ってる暇があったら残ってる弾、全部、掃き出しちゃいなさい!!」
「はいはい!」
それからも私は何度も、幾度も拳を円柱に叩きつけた。
すぐにマモル君もライフルを撃ちはじめるも84mmの徹甲弾も円柱に僅かな傷を付けるのみ。
効果が薄いと思ったか、マモル君は円柱に繋がるパイプやら壁面の制御盤に制御室と思われるガラス窓なんかを撃ちだす。
砲声と轟音とともに小爆発があちこちで巻き起こり、溶岩流や花火のようなプラズマの放出がたちまち広大な空間に地獄絵図を作り出していくが、私は構わずに円柱を殴る。蹴る。前進を叩きつける。
繰り返していると少しずつ、本当に少しずつ円柱に損傷ができて穴ともいえない隙間ができかかっていた。
拳を。
足を。
肘を。
膝を。
踵を。
爪先を。
手刀を。
改めて「CODE:BOM-BA-YE」状態のHuMoに痛覚が無くて良かったと思う。
私の一部を円柱に叩きつけるたびに私の脳内に損傷のログが1行ずつ刻まれていくが、だからといってそれが行動を止める理由にはならない。
いつの間にかあちこちで真っ赤な警告灯が点滅し、それに合わせて非常事態を告げる警報が鳴り響いていた。
ダメージを与えられているのは確かなようだが、まだ足りない。
この円柱が戦艦の動力炉であるのは正しいとして、私の予想では同様の動力炉がまだ幾つかあるのではないだろうか?
つまり目の前の円柱をお上品に沈黙させるだけでは戦艦の機能を低下させるだけで大勢に影響は無い。
格納庫内や通路でHuMoを爆発させて艦内に被害を生じさせたように、この円柱を盛大に破壊して艦に尋常ならざる被害を発生させないかぎりは戦艦の無力化という目標を達成する事はできないだろう。
それは分かっているのに、できない。
このまま殴り続けていれば破壊できるかもしれないが、その前に私が持たない。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、数えきれないほどに拳を足を叩き込んで、最初に根を上げたのは右腕だった。
ケーニヒスの右腕はまるで段ボールか何かだったかのように「グシャリ」とひしゃげてしまう。
その次は左足。
「マ、マモル君! 残弾に余裕無いでしょ!? もうちょっと効果が高そうなとこを狙って!」
「さっきと言ってる事が違う!?」
それからはマモル君も慎重に狙う場所を考えていたようであったが、既にニムロッドのハードポイントに予備の弾倉は無い。つまり今、ライフルに装填されている弾倉でラストという事。
すでにエンジンルーム(仮)の内部はスプリンクラーも効果が無いほどの大炎上している。
それでも肝心の円柱の損傷は極僅か。
そんな最中でも私は身体を捻りながら右拳を叩き込む。
当初より私は円柱のある一点を狙って攻撃を続けていたのだが、その甲斐もあってか損傷個所は僅かながら少しずつ広がっていて、そこからは放電現象が起きている。
だが、チキンレースは私の負けのようだった。
左手に続いて、右手も粉砕。
ケーニヒスに残されたHPは残り433。
左足も使えなくなってスラスターの噴射で立っているという体裁を整えている形。
どこでミスったのか?
キャタ君は身を挺して私たちをここまで送り届けてくれた。
サンタモニカさんとクリスさんは通路で挟撃されないように殿を務めてくれている。
ヒロミチさんならβ版の経験で効果的な破壊法を知っていただろうか? あるいはクリスさんなら別ゲーの経験でウィークポイントを掴めただろうか?
ジーナちゃんを何とか生き延びさせていればコアリツィアの主砲で何とかできただろうか?
パオングさんのオライオン・キャノンの担いだ砲の成形炸薬弾なら?
「マモル君、ビームソードはまだ使える?」
「とっくに使用限界ですよ」
「そう。……ライフルの残弾は?」
「ラスト1発。拳銃は撃ち切りました」
だが私はまだ諦められなかった。
なるほど円柱を破壊する前にケーニヒスの方が限界にきてしまった。
チキンレースには負けてしまったわけだ。
だがチキンレースに負けたからといってブレーキを踏まなければならないのだろうか?
否。そんな決まりは無いだろう。
ならば私が機体の限界まで殴り続けてやっとの事で作った小さな破孔にニムロッドの最後のライフル弾を撃ち込んでみるか?
それも否。
それで円柱を破壊できる可能性もゼロではないのかもしれないが、やはりここは最大限にデカい可能性を取りたい。
「マモル君、最後の弾は私に撃ちなさい」
「……は?」
「ケーニヒスを爆散させてコイツを誘爆させられないかなって」
「OK!」
寸分の躊躇無く、かつての愛機の銃口が私に向く。
正直、以前にだいじんさんが使った自爆の方法が分かればマモル君には円柱の傷を撃たせて、それで駄目なら自爆という手も使えたのだが、やり方を知らないのだからしょうがない。
「いや~、いつもお姉さんにはツッコミ入れたいな~って思ってたんですよ。それがハリセンどころか徹甲弾でツッコミ入れられるなんて楽しみだなぁ~!」
「……まあ、それは別にいいけどね。それよりもしっかり爆散するような場所に撃ちなさいよ?」
「はいはい。ああ、そうだ。背中を向けてくださいよ。背部からジェネレーターを撃ち抜きます」
「ホント、躊躇しないのね~」
「正直、今回ばかりは生きて帰れないような感じはしてたんですよねぇ。まあ、このやり方なら苦しまずにガレージに戻れるかなって」
マモル君の指示通りに円柱を抱きかかえるようにしてマモル君に背を向けると、私の後方警戒カメラがニムロッドのコックピットハッチが開け放たれるところを捉える。
少しでも苦しまずにガレージに戻れるようにという事か。
確かに以前にノーブルのビーム・ライフルで蒸発させられた時も瞬間的な苦痛すら感じなかった。
「それじゃ!」
軽い調子の少年の声が聞こえてきた次の瞬間、私の意識は飛んでいた。




