64 心臓部へ
一口に「CODE:BOM-BA-YE」を発動させたといっても、これほどに違うものなのか。
私がスラスターやセンサーなど機械の能力で拡張された身体でJKプロレスや格闘技をベースとした戦い方をしているのに対して、サンタモニカさんとクリスさんは私とはまるで別の戦法を取っていた。
「はああああああああッッッ!!!!」
床を踏み抜かんばかりに力強く加速するサンタモニカさんのニムロッドU2型は両手で構えたバトルライフルを敵機へと突き出す。
「ヒュ~!!」
それは思わず口笛を吹いてしまうほどに見事な腕前。
ニムロッドU2型は真っ直ぐに敵へと突っ込んでいったものの、巧みな足捌きとライフルを持つ手の動きによって銃剣は敵機の横腹へと突き刺さっていたのだ。
これは彼女の親類であるだいじんさんも使っていた銃剣道の動きなのだろうか?
人間が人間相手に銃剣を突き出したとして、ただ単純に胸を突いてもそうそう簡単に致命傷を与えられるわけではない。
人間には心臓と肺を守る肋骨があるのだから、手槍のような銃剣で肋骨の隙間を縫うような神業を期待するよりかは最初から障害を避ける形を取ったのだろう。
即ち脇腹から突き上げる形で肋骨を避けて心臓や肺に刃を刺し込む。
U2型の洗練された動作はそんな技の理念を感じ取れるものであったし、そして、対人戦用の銃剣道の技はHuMo相手にも有効であった。
そもそもHuMoの正面装甲はもっとも厚く設計されている。
対して脇腹の装甲はさほど厚くないのだから狙えるのならば狙った方が良いに決まっている。
だが普通のHuMoではそんな真似はできない。
できるとしたら彼我の性能差が極端にあるとか、もしくはサンタモニカさんがそうであるように「CODE:BOM-BA-YE」で機体にパイロットの意識を乗り移らせて繊細の動作をするか。
「なるほど。ニムロッドの体というのは随分と動き易いものでごぜぇますわねぇ……」
「スラスターとかも使えるしねぇ」
「いえ、普段は胸が邪魔して自分の足元すら見えないし、銃剣道用の模擬銃を両手で構える事すら困難でしたので」
「……まあ、気持ちは分かるわ」
サンタモニカさんの声色にはまったくもって自逆風自慢という感じが無いのに余計に苛つかせて、私はその苛立ちを拳に乗せて手近な敵機にぶつけた。
だが、少し考えてみれば私が恵まれない現実の肉体をケーニヒスの機体を使えるようになって思う存分に戦えるようになったのと同様に、彼女も制限が取り払われて思う存分に暴れられるようになったという点では私と彼女は同様であったのかもしれない。
「そっち行ったぞ!! 自分の胸が小さすぎる悩みは現実に戻ってからにしろ!!」
「存在しないものを『小さい』だなんてクリスさん、お優しいのですね!!」
「……クリスさんもマモル君も後で覚えてなさい」
「わ、わ~はそんなの気にしないさ~……!」
キャタ君のフォローがかえって哀しい。
まあ、マモル君もクリスさんも余計な事を考えている暇があるのなら戦いに集中しろと言いたいのだろう。
マモル君はライフルを乱射しまくりながら敵の射線を私で切ろうとしている動きから必死さが見て取れるし、クリスさんは獅子奮迅の戦いをしているのでここは不問としておこうか。
そう。
クリスさんの戦いぶりはまさに目を見張るものであった。
「それにしてもクリスさんは本当に『CODE:BOM-BA-YE』は初めてなの!?」
「あん!? これも昔取った杵柄ってヤツかね!! こりゃリアルな戦争物ってよりかはスポーツ系の感覚だな!!」
正直、私には他のゲームの経験はあまりないのでスポーツ系だの言われても良く分からないのだが、それでも彼女の動きはE-スポーツのプレイヤーさながら。
クリスさんのナイトホークはしゃかしゃかステップを踏むようにタイミングを計っては、機と見ては一瞬で敵中に飛び込んでは敵の刃や砲弾を躱しつつ、ライフルやハンドガンの銃口を敵機の非装甲の箇所へとねじ込んで発砲。
私やサンタモニカさんの動きが現実のJKプロレスラーや銃剣道の動きに機械を組み合わせた延長線上のものだとするならば、彼女の戦法の根拠はゲームの歴史の中にあるというのが窺える。
「うぅ~~~い!!」
「先生! ま~た煽り屈伸しちゃって」
「あん? NPC相手だからいいだろ!!」
敵機が突き出してきたビームソードをナイトホークは膝を屈伸する事で躱し、起き上がりに敵機の首関節の非装甲箇所に入れたハンドガンを発砲。
そのまま次の敵機へ飛び掛かるタイミングを計るようにその場で2度、3度と屈伸運動をしていたのをキャタ君に咎められるもあっけらかんとしたもの。
「まあ、WIKIにもはっきりした事は書いてなかってけど、動きまくってたらヘイト稼げるかもってな!!」
敵を倒すとなったら接近して装甲の無い箇所を狙う彼女が時折、マモル君のように牽制程度にしか意味の無い発砲をしていた事も考えればクリスさんが敵のヘイトを少しでも自分に集めようと考えていたというのは事実であろう。
これもヒロミチさんを失った今、彼女が私たちをひっぱっていこうという精神の発露であったのだろうと思う。
そして多数の敵機の注意を集め、そこに飛び込んだ後の彼女はまさに暴風。
スラスターの噴炎を撒き散らしながら竜巻のように回り四方八方へと撃ちまくると敵はあっという間に爆散して、自らの母艦に深刻な被害をもたらしていく。
「2人とも凄いじゃない!? こりゃ私も負けてられないわね!!」
私はモンゴリアン・チョップ式に両の手刀で敵機の両腕を潰し、さらに敵の股下に腕を伸ばして持ち上げ、また別の敵機へと放り投げる。
マモル君の砲火が倒れた2機を仕留めた時には私はすでに別の敵機へと襲いかかっていた。
壁の空いた大穴にライフルを撃ち込み、既に替えの弾倉も無くなっていた事もあってそのままライフルを投げ捨て、斬りかかってきた敵機の腕を取ってプラズマの刃を床へと突き立てさせる。
その敵を押し倒して、背部をバックパックごと思い切り踏みつけて撃破。
私の中にはサンタモニカさんとクリスさんに負けてはいられないという焦りがあった。
そもそも私はずっと対ホワイトナイト・ノーブルを想定してこれまで戦い続けてきたわけで、プロレス式の大技はともすれば一般的なHuMo相手には過剰なもの。
それを2人の戦い方を見て実感したわけであるが、さりとて「CODE:BOM-BA-YE」の先駆者としては負けてはいられないのだ。
私の動きに無駄があるのならば、もっと早く、もっと早くだ。
そうそう簡単に染みついた癖は消せない。
ならばもっと回転数も上げていけ……。
誘爆寸前の敵機を持ち上げて床に空いた大穴に放り投げた直後に穴から湧き上がってきた炎の奔流。
その巻き上がる炎の美しさに一瞬だけ見惚れてしまった私の肩を叩く者がいた。
「おい、ライオネス! お前も後ろに目が付いてんだろ! 後方にキャタが戦艦内部へと通じる大型ハッチを見付けた。この辺で暴れてもそろそろ効果が薄い。行ってみようぜ!!」
「え、ええ……」
よく「後ろにも目を付けろ」という言葉を「周囲に気を配れ」という意味で言われるが、「CODE:BOM-BA-YE」発動中の私たちにとっては実際に後ろにも目が付いているのだ。
確かに私の後方サブカメラはキャタ君が大型ハッチのロック機構にパイルバンカーを打ち込んで破壊している様子が見て取れた。
視野狭窄というか、随分と目の前の敵に気を取られていたものだなと自分の事ながら気恥ずかしてなった私は名誉挽回とばかりに気を張った。
「マモル君は先にキャタ君の元へ! クリスさんもサンタモニカさんも殿は私に任せて」
「馬鹿を言うな! もう銃が無いんだからドツき合いしかできねんだろ!? てか、そんな思いつめるほどに気を張るなよ!?」
「え?」
一目散にキャタ君の元まで駆けだしたマモル君。
その後を追いつつも未だ雲霞の如くいる敵機の追撃を躱すため、私とサンタモニカさん、クリスさんはゆっくりと後退を始める。
だが、そんな時、クリスさんの言葉に私は図星を突かれてしまった。
「負けてられないっていうのは私らも一緒だよッ!!」
「ライオネスさんはいつも私に勇気をくれますわ!!」
外部の宇宙空間へと通じるハッチからは艦内に侵入した私たちに対処するためにHuMo部隊が続々と帰投してきている。
すでにライフルも高性能機雷も弾切れになった私は何もできないのが歯がゆくて、せめて敵の砲火を弾受けするべきかと前に出ようとするが、左右の2機が私の肩を抑えて代わりに前へと出た。
「戦艦出てきてとんずらこくかって時に、逆に馬鹿デカい戦艦の内部に突入しようって発想には痺れたよ!!」
「きっと私たちが『CODE:BOM-BA-YE』の境地に至れたのはライオネスさんが引っ張ってくれたからでごぜぇますわ!!」
「ちょっと2人とも!?」
ニムロッドU2型とナイトホークはスラスターを全開にして多数の敵機を相手に突っ込んでいく。
何故? ハッチの先へ行くのではなかったか?
「きっとハッチの先の通路はこの戦艦の心臓部に通じてるハズだ! 艦内に残ってたのはやたらと整備用の機体が多かっただろ? こんなデカブツ、整備にHuMoを重機代わりに使ってたんだろ!」
「通路の先に敵機が待ち構えている可能性を考えるならば、挟み撃ちにされる危険を排除するために私たちはここに残るべきでごぜぇますわ!!」
敵中に突入した2機は戻ってきた戦闘用の部隊を相手にすら圧倒的な戦いぶりをしていた。
だが、だがだ。
敵機の数が多すぎる。
2人の判断が「CODE:BOM-BA-YE」を発動させるほどに脳内物質が垂れ流しの状態で冷静な判断ができなくなっているのか、それとも合理的な判断であるのかは分からない。
そもそもが私だって同じ状態なのだ。
それでも私は勝利のために、私だけではなくチーム全体での勝利のために先へと向かう事にした。
「ゴメン! ……と言うべきじゃないわね。後は私たちに任せてッ!!」
「おう!」
「任せたでごぜぇますわ!」




