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62 突入

 私たちが敵戦艦に取り付いてすぐ、500mほど先の大型ハッチが開いて内部から敵HuMo部隊がわらわらと飛び出してくる。


「おいでなすったぞ!」

「それじゃ、いつもどおりのフォーメーションで!」

「戦艦の砲塔を上手く遮蔽物に使え!」

「ジーナちゃんは後ろへ!」

「具志堅は私の後ろに付け!」


 私たちは味方機の後退の支援をするために戦艦を無力化しようと取り付いたのに、雲霞の如く現れたHuMo部隊を相手に、本来の目標である戦艦はさながらゲームステージのようであった。


 コアリツィアの主砲すら無効化する重装甲はまるで破壊不可能なオブジェクトのように思えていて、私たちは戦艦の撃沈はできなくとも、せめて砲塔を潰して無力化しようと思っていたのに、敵HuMo部隊の火線を前にその砲塔を身を隠すためのものとして扱ってさえいた。


 口には出してはいないが、私たちは皆揃って戦艦の重装甲を“壊れない物”として認識していたという事だ。


 巨大な戦艦は副砲用の砲塔ですらHuMoの全高を遥かに凌ぐ巨大さで、私たちはそれぞれ手近な砲塔に身を隠しながら銃だけを出して敵機を迎え撃つ。


 ライフルのセンサーと、クリスさんのナイトホークが装備している有線偵察ポッドからの情報を頼りに、そうそう滅多な事では破壊できないであろうと信頼を寄せる遮蔽物に隠しながらの射撃はこれまでの身を隠す場所の無い宇宙空間での戦闘と比べれば欠伸が出そうなほどに単純なものに思えるが、事はそう簡単なものではないのだろう。


 私たちが母艦としていたポチョムキンがそうであったように、この戦艦だってHuMo用のハッチは1つではないハズ。

 となれば艦底側から発進した部隊がいつ私たちの虚を突いた場所から現れてこないとも限らないのだ。


「ヒロミチさん! 今、ちょっと良いかしら!?」

「なんだ!?」


 私は機体フレームから伝わってくる振動やらライフルの連射音に負けないように声を張り上げてヒロミチさんを呼ぶ。


「例の、βテスト時代に戦艦を唯一撃沈したって時、その時はどうやったか詳しく教えてくれる?」

「とは言っても、俺がやったわけじゃなくて知り合いのプレイヤーの補助AIがやった事だからな。そこまで詳しくはねぇよ!」

「なんでも良いから!」

「そういう事なら……」


 私を含めて他のメンバーは遮蔽物に身を隠しての射撃中ではあるのだが、ヒロミチさんの飛燕だけは足の付いた戦闘機の腹部にガンポッドを装備しているという都合上、銃だけを出して戦うという事ができない。


 ならば話しかけても邪魔という事にはならないだろうと私は対戦艦戦についての話を聞いてみる事にした。


「そいつの乗機はランク10の『ミーティア』。壊れというわけでもないけれど、『ランク10.5』とか『ランク11』とか言われてる高性能機だ」

「何それ? バランス調整ミスってんの?」

「まあ、その節も無いわけでもないが、それよりも性能が環境に嚙み合ってるというか……、たとえば他に震電とかそうだな」

「震電……? ああ、アレね」


 β時代に戦艦を沈めたという補助AIが駆っていたミーティアという機体は知らないが、ヒロミチさんが他に「ランク10.5」なんて呼ばれている機体として挙げた「震電」は以前に戦った事がある。


 確かに震電もサムソン系の機体群を思わせる高性能に、トヨトミ系ならではの小回りの良さを持ち合わせている機体であった。

 しかもランクが上がるにつれて火力がインフレしていくこのゲームで小型機故の当たり判定の小ささというのはそれだけで有利なハズ。それが他の機体を後から弄って追加する事ができない特性となれば評価も上がるのも分かろうというもの。


「そのミーティアに追加でサブ・ジェネレーターを背負わせて高出力ビーム・カノンをメインで戦ってる奴だったな」

「ビーム!? え!? ビーム・カノンって事は射撃兵装よね!? どうやって……」


 私は彼の言葉が信じられず射撃の手を止める。

 チラリと視線を横に向けると、遥か彼方のウライコフ艦隊から飛んできた幾状もの光の奔流が宇宙イナゴの大型艦に直撃する前に霧散しているところを見る事ができた。


 どういう理屈か、この世界の戦艦やら空母やらの大型艦はビーム射撃を無効化するバリアーのようなものを標準装備しているようなのだ。


 それなのにビーム・カノンで戦艦を沈めたとはどういう事なのか?


「……マモル君、ちょっと良い?」

「何です!? ていうか手が止まっていますよ!?」

「いいから! ちょっとビーム・ソードでちょっと甲板を刺してみてくれない?」


 私の隣で射撃をしていたマモル君に声をかけると敵部隊がこちらに辿り着くまでまだだいぶ余裕があるというのに彼は既に切羽詰まったような声を返して来る。


 そんな彼に私はニムロッドのビーム・ソードを発振させてみると、いつも通りビームの刃は出現する。


 つまり、このような至近距離ではビームバリアーは効果が薄い? いや、まだだ。


 私はそのままマモル君に足元の甲板をビームソードで突かせてみるも、穴が空くどころか塗料が蒸発しただけで終わる。


 ケーニヒスと一体化した私の目ではビームソードの熱エネルギーが甲板の装甲と接触した瞬間に周囲へ一気に伝わっていくところが見えていた。


「このくらいで良いですかね?」

「ええ、もう良いわ」


 10秒ほどビームソードの切っ先を押し当てても装甲に穴は開かず、ただ周辺の装甲板が熱く熱せられただけに終わるも、これで1つの仮説が私の中で完成した。


 このゲームの戦艦は実体弾に対してのみならず、ビームの高熱にも非常に高い耐性を持っている。


 恐らくはパソコンやゲーム機のプロセッサーを冷却するためのヒートシンクのような機能を装甲自体に持たせているのであろう。


 超至近距離からビームを浴びせてもちょっとやそっとじゃ蛙の面に小便。

 熱処理システムが飽和するほどのビーム攻撃を浴びせればいいのかもしれないが、さすがにそれは現実的ではないと思う。


「長距離でもダメ、至近距離でもダメ。なら答えは1つね……」


 サブ・ジェネレーターを増設したミーティアのビーム・カノンとやらが装甲の熱処理システムを飽和させた可能性について考えてみるも、いくら高ランクの機体であったとしてもそれは考えにくい。


 ニムロッドのビーム・ソードは低ランクの物ではあるが、それでも10秒ほどの時間に渡って装甲は耐えていたのだ。


 それにミーティアという機体の性能は未知数ではあるが、それでも増加ジェネレーターやらビーム・カノンを装備していたら重量増加によって機動性は低下するハズ。

 その状態で長時間にわたって戦艦の激しい対空砲火に避けつつ至近距離からビーム・カノンを撃ち続ける?


 ドン・キホーテだってもう少しマトモな戦い方をするだろう。


 そして私が思い付く限りで、もっともマトモな戦い方は……。


「皆ッ!! 前進用意ッ!!」

「前進!? 前って一体、どこへ……!?」

「あそこよ! あそこ!!」


 皆が口々に「了解」と言いながら突撃のために弾倉交換をしだすも、マモル君だけは文句を言っていた。


 それは(ケーニヒス)が指さしているところまで続くが、何もマモル君がぶつくさ言わなくなったからといって、それは彼が納得した事を意味しているわけではない。


 マモル君は絶句していた。

 何しろ私が副砲塔の陰から手を出して指差していたのは敵HuMoが出てきた大型のハッチだったから。


「ちょ!? 正気ですか!?」

「あら? いかに戦艦の重装甲も内部には無いだろうってのは合理的な判断だと思うけど?」


 言い出しっぺの責務というヤツで、私はスラスターを使ってケーニヒスを跳びあがらせると砲塔の上に乗り、そこから敵弾を躱しながら味方機に敵の位置情報を送る。

 クリスさんの偵察ポッドもあるが、死角を考えると視点は多いほうがいいだろう。


 それからすぐに私は甲板上に降り立って突撃を開始。


 味方各機も私に続き、あるいは援護射撃で支援してくれる。


「ほら! マモル君も行くわよ!!」

「い、嫌ですよ!? 敵艦の内部に突入だなんて!!」

「へえ! 貴方も言うようになったじゃない? 私たちの退路を独りで確保してくれるだなんて!!」

「ふぁっ!?」


 皆で敵艦内部に突入するか、それとも一人で外にいるか。


 その答えは聞かずとも分かっていた。

 マモル君は砲塔の陰から飛び出すと、いつものように私を盾にすべくスラスター全開で追ってくる。

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