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60 回廊を駆け抜けて

 光が流れていく。


 月明かりすらない夜に海に飛び込んで、発光性のプランクトンの集団に出くわしたらこんな感覚だろうか?


 ケーニヒスの機械の体と一体化した私は敵戦艦めがけて宇宙の海へと飛び出し、全身のスラスターを吹かして加速していく。


 巨大な敵戦艦から放たれる対空砲火の数々はまるで星虹(スターボウ)を思わせるが私の読み通りに敵HuMo部隊の移動経路として設定された直線上に弾幕は飛んでこない。


『味方各機! これからあの戦艦を俺たちが無力化する! それまで敵艦に取り付くなりして凌げッ!!』


 私の意図を察したヒロミチさんが味方機に指示を飛ばして私の後に続いてくる。


 人間の体では視界は目の前にしかないが、ケーニヒスと一体化した私は後方カメラやサブカメラからの情報も認識する事ができて視界は360度。

 光学カメラだけではなくレーダー装置や赤外線センサーからの情報も脳内で認識する事すらできていた。

 まあ、宇宙故に音響センサーは役に立たないのだが。


 その他にも火器管制システムやジェネレーターにラジエーター、増設パーツを含めた機体各所のスラスターすら自分の手足のように使う事ができていた。


 自分の体に存在しない機構を何不自由なく普通に使う事ができるというのは不思議な感覚ではあったが、このゲームを始めた時にHuMoの操縦法を脳内に刷り込み(インプリンティング)されているのだ。もしかしたらその辺が関係しているのかもしれない。


 いずれにしてもそんな事を考えるのは後回しだ。

 CODE:BOM-BA-YE発動のために私の中で極限まで高まった闘争心は渦を巻いて、今や遅しとその捌け口を求めている。


 理屈を考えて考察なんてしていたら私の頭が破裂してしまいそうだ。


 まずは戦艦に取り付く前に1個中隊規模の敵HuMo部隊が先。

 私はヒロミチさんに続いて次々と駆逐艦上から飛び立った味方機に注意を促す。


「皆ッ、敵機は無力感するだけ! 敵機を完全に撃破してしまっては戦艦がここを撃たない理由が無くなってしまう!!」

「何度も同じ事を言わなくても分かってるっての!」

「了解でごぜぇますわ!!」

「そんな事を言ったって!!」

「敵は駆逐艦を取り戻しに来てるんだから、その駆逐艦を背にしていれば撃ちたくても撃てないでしょ!!」


 マモル君だけはぶつくさ言っているものの他のメンツも概ね作戦は理解しているよう。


 幸いにして敵機も後衛の小隊は未だライフルを構えていたものの、前衛の部隊は銃をしまってビームソードやナイフを取り出していた。


 接近戦を挑んでくるというなら願ったり叶ったりだ。


 だが敵部隊は接近戦になる前にこちらにいくらかでも損害を与えておこうという事か、タイミングを計って一斉にミサイルを発射してくる。


 なるほど敵味方識別装置付きのミサイルならば、仮に私たちが躱したとしても後方の駆逐艦に被害は及ばないと踏んできたか。


 だが甘い。


「ライオネスさん!! ミサイルは私が!!」

「任せたわ!!」


 グングンと猛烈な加速を見せて迫ってくる数十発のミサイルに、同じように後方から飛来してきたミサイルが私を追いこして次々と迎撃していく。


 ジーナちゃんのコアリツィアが各脚部に装備しているミサイルポッドの一斉発射である。


 コアリツィアのミサイルは敵のミサイルに体当たりを仕掛け、あるいは近接信管の作動によって爆発して敵のミサイルを巻き込み、私と敵機との間はできたばかりの濃密なデブリ帯となっていく。


 デブリと爆発の火球と、それは即席の煙幕のような役割を果たして、むしろミサイル攻撃を仕掛けてきた敵にとってはかえってマイナスではないだろうか?


 何しろ私は光学カメラ以外の各種センサー類すら自分の目のように見る事ができるのだから。


「しゃああッあああッッッ!!!!」


 気合一閃。

 雄叫びを上げながら私は爆煙の中から飛び出して目の前の敵機の腕を捻り上げる。


 散々にミサイルの破片に打たれた警報音を頭の中から追い出すように声を張り上げ、ビームソードを握る腕を捻り上げ、その切っ先を敵機自身の頭部へと突き込ませた。


「後は任せたッ!!」


 それから敵機の肘関節を捻り上げて破壊し、敵機から離れる時にはその反動を使って加速するついでに敵のバックパックを蹴って背部スラスターを破壊。


 完全に戦闘能力を奪ったとはまだいえないだろうが、ヒロミチさんたち後続の味方に後を託して私は次の敵機へと襲いかかる。


 掌底。

 裏拳。

 正拳。

 膝蹴り。

 前蹴り。

 肘打ち。


 私の思ったとおりにケーニヒスは動いてくれて、関節の可動範囲も十分。

 その打撃力は生身の私がついぞ得られなかったパンチの効いたもので、かえって敵機を完全に撃破してしまわないように手加減しなければならないほどであった。


 それに360度の視界の中、自分の体のように機体を駆けさせるというのはかなり有利な事のようで、私は苦し紛れに発砲してきた敵機の砲弾すらヒラリヒラリと機体を回して躱す事ができていたくらいだ。


 高校のダンスの授業なんて何の役に立つものかと思っていたけれど、まさか宇宙で戦う時に役に立つだなんてと、私は笑い出したいくらいであったが、生憎とケーニヒスの顔面にそんな機能はさすがにないので奇声を上げておくぐらいしかできないでいた。


「あ! マモル君、敵機を撃破すんなっての!!」

「何、馬鹿言ってんですか!! 少しくらい良いでしょうよ!! それより次の1機でお仕舞ですよ!!」


 ふと後方で、見慣れたビームを収束しきれていない太い光刃が煌めいたのに気付いて意識を向けると、四肢のもげた敵機の胴をスカイグレーのニムロッドが背まで抜けるほどに深々と貫いているところであった。


「分かってるっての! 他の皆は敵機を無力化しつつ戦艦と駆逐艦との直線上から動けなくなった敵機が逸れないように軌道を制御しているくらいなのに!!」

「こっちは僅かな接触ダメージでも怖いくらいなんだからしょうがないでしょ!?」


 そりゃ確かに1個中隊の敵機の内、1機や2機くらい撃破しても問題は無いのだろう。


 それでも他の皆が愚直に作戦に従っているのに、その言い出しっぺの私の補助AIが無視してるってのはさすがに肩身が狭いので止めてほしい。


 私は苛立ちを目の前に残る最後の1機にぶつける事にして腕を伸ばした。


「ふんッッッッ!!!!」


 (ケーニヒス)の握力によって仕掛けられたアイアンクロ―で一瞬で敵機の頭部は潰れ、その際にもう片方の手で抑えた敵機の腕に握られていたスタンバトンを敵機自身に押し付ける。


「ば、馬鹿なんですか!?」

「そ、そうね……」


 よくよく考えれば掴んでいる敵機に電撃警棒を押し当てるだなんて、一歩間違えたらこっちまで感電しかねない事だったのだが、幸いにしてケーニヒスの機体中枢が接触したわけではない事が幸いしたのかこちらへのダメージは無かった。


 CODE:BOM-BA-YEの都合上、アドレナリンも出まくってるせいか、その辺の事を深く考える事ができなくなっているのだろうか?


 とはいえプラスマイナスで考えれば、圧倒的にプラス。

 ついに私たちは敵中隊を完全に無力化し、後は目の前に迫った敵戦艦へ取り付くのみ。


 私はケーニヒスを駆けさせながら、腰部ハードポイントに取り付けていたライフルを取り出していた。



怪談系シリーズ「雑種犬の令和怪談」第4話投稿しました。

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