59 回廊の中へ
『あ、あんなモン、相手にしてられるか……! ぐふぅ!?』
『う、うわあああ!!!!』
『駄目だ!? 躱せないッ!!』
オープンチャンネルから聞こえてくるのは味方機のパイロットたちの断末魔の叫びばかり。
テキストのログもレーダーマップも、2つのサブディスプレーに表示されている味方機の撃墜は目で追いきれないほどで、こちらに高速で向かって来る敵戦艦が近づいてくるにつれて対空砲火の濃密さは徐々に増していっているように思えるほど。
途切れずに続く味方機のパイロットたちの悲鳴の中に一際と私の気を引く、少女というのも躊躇われるような幼い子供の悲鳴が通信に混じってきた。
「きゃあああああぁあああ!!!!」
「ジーナちゃん!?」
思わず頭上を見上げると、見知った塗装パターンのコアリツィアが錐揉み状態となって急接近中。そしてそれを追う日の丸印にダークグリーンのニムロッドU2型。さらにその後方には黒い細身の機体に人型のシオマネキを思わせる機体と小柄な機体。
「マズい! 被弾でパニックになって機体を制御できなくなってる。ライオネス!」
「オーケー!」
「駆逐艦で戦艦からの射線を切りながらだ」
悲鳴を上げているのはコアリツィアのパイロットであるジーナちゃんであった。
このままでは制御を取り戻す前に私たちが取り付いている駆逐艦に衝突するか、もしくはコースを外れて対空砲火にやられるかの2つに1つ。
ジーナちゃんを救出するため私とヒロミチさんは駆逐艦の甲板上から飛び立った。
注意深く、駆逐艦と戦艦とを結ぶ直線上から出ないようにしながら私がコアリツィアの背中側から両肩を掴んで減速し、その後に飛燕が今度は前方から接触。
それからゆっくりコアリツィアは飛燕におぶわれるようにしながら駆逐艦上へと降りていった。
その頃にはサンタモニカさんのU2型も追い付いてきて、すぐにナイトホークにロジーナ、紫電改も合流。
「助けて頂いて感謝するでごぜぇますわ」
「ありがとうございました……」
「どういたしまして。……それよりもトミー君は? クリスさんたちの方もパオングさんとアシモフがいないようだけど……」
「そんなん考えなくても分かるだろ?」
つまりトミー君、パオングさん、アシモフの3機はやられたという事か……。
11機中3機の喪失。
少なくない損害だが、考えようによっては3機だけというのはむしろ良くやっている方だといえよう。
今も私たちの上も下も大小の火球が宇宙を眩く照らしだしている。
一際、大きな火球は周辺の中小の艦艇が轟沈する際に生じたものであるが、これは少し前よりも数が少なくなっている。
攻撃側の私たちがそれどころではないので当然といえば当然か。
艦艇の火球よりも小さなものはHuMoが爆散するものだが、これはほとんどが私たちよりも上の方向で生じている。
つまりやられているのは味方ばかりという事。
私たちがいる方面でHuMoを搭載しているのはこちらに向かって来る戦艦だけなのだからこれも当然。
さらに小さな火球は味方機が苦し紛れにか放ったミサイルが対空砲火で撃ち落とされたもの。
そのサイズ故に対空防御能力に制限があるHuMoですら距離が離れていれば迎撃される時間的猶予が充分にあるために命中率は低いというのに、惜し気もなく対空砲火をバラ撒く艦船相手にならば焼石に水にもなりはしない。
先ほどヒロミチさんは防空艇相手に至近距離で対艦ミサイルを放って撃沈していたが、小型艦艇相手ですらそれほど近づかなければ効果的な攻撃はできないのだ。
「は~……、エラい目にあったさ~!」
「まったくだ。ノルマンディーよりもよほど酷ぇ」
敵戦艦も半壊しているとはいえ味方艦もろとも攻撃してくるような思考パターンにはなっていないようで、駆逐艦上で一息ついてキャタ君は溜め息を、クリスさんは悪態をついている。
「まあ、全員ではないにしてもここまで辿り着けて良かったわ。でも、後方にいたサンタモニカさんたちまでよく来れたわね」
「ええ、戦艦が動いてくる前にジーナちゃんが主砲の弾が残り少なくなってきたから前に出ようと」
「勝手な判断でごめんなさい!」
「いや、結果オーライってとこじゃない?」
「ま、そういうこったな!」
前もって前進を開始していたおかげで後方の部隊にいながらも輪形陣の外縁部まで辿り着く事ができたが、その途上でトミー君が撃墜され、それに気を取られてジーナちゃんも脚部に被弾。
推進力のバランスが崩れた事で機体は錐揉み状態に陥ってしまったという事らしい。
「で、これからどうすんだ?」
「戦艦が陣形の穴を塞ぎに来たって事は敵陣を崩したって事なんだから、第一次攻撃部隊としての仕事はもう十分にこなしたって事なんだろうけどな……」
「それじゃ帰るか、とはならないわよねぇ……」
「でもグズグズしてる暇は無ぇみてぇだぜ?」
何も無ければ回れ右して帰投するのだろうが、後方の砲撃部隊ですら次々と撃ち落とされるような土砂降りの対空射撃の中である。帰り道の途中で撃ち落とされるのがオチだ。
だがこのまま停滞する事もできそうにないと、クリスさんがナイトホークから射出した有線偵察ポッドからのカメラ映像を私たちに共有する。
そこに映し出されていたのは迫る敵戦艦から発艦した中隊規模のHuMo部隊が私たちが取り付いた駆逐艦を取り戻すべく接近してきているところが映し出されていた。
「……うん?」
赤い噴炎の中で浮かび上がる敵機を見て、私の中で湧き上がったインスピレーション。
考えろ。
形の無い閃きを矢に、剣にするために。
考えろ。
何故、敵はこの対空砲火の弾幕の中で平気でいられる?
それは敵の同士討ちを恐れる思考パターンが故に、HuMo部隊には当たらないようにしているからだ。
だが、そんなに動き回るHuMo部隊を相手にそんなに繊細に敵戦艦は味方にだけ攻撃を当てないなんて事ができるのだろうか?
流石にそれは考えにくい。
それならばウライコフ艦隊でもそうであったように、HuMo部隊には安全地帯が通知されているのだろう。
濃密な弾幕の無い、凪いだ回廊。
その回廊を私たちが通って、敵戦艦に取り付いてしまえば、いかに巨大な戦艦であろうと懐に飛び込んだ敵への対応には苦慮するハズ。
だが、それは簡単な事ではない。
敵部隊は私たちに攻撃してくるであろうし、敵部隊を撃破してしまえば敵戦艦は回廊を残しておく理由が無くなる。
「HuMo部隊を撃破せずに残して、戦艦に取り付く」
「……おいおい、正気かよ?」
「待て、クリス。……できるのか?」
「できなきゃガレージでテヘペロで済ますわよ」
ヒロミチさんの言葉は言われずとも私の中で疑問の渦となって渦巻いていた。
できるのか?
やれるのか?
地上とは比べ物にならない彼我の相対速度の中で、敵機を仕留めず無力化していくなんて事が。
やってやる。
万全とはいかないまでもインターバルは取っている。
これまでの戦闘でウォーミングアップは充分だ。
私は自らを奮い立たせて胸の中の熱を全身に奔らせていく。
「……CODE:BOM-BA-YE……、発動ッ!!」
ディスプレー越しに見える宇宙が、まるで自分の目で直接見ているようになったのを確認して、私は駆逐艦上から飛び出した。




