56 弾幕
運悪く出くわした敵部隊をゾフィーさんはたった1人で片付けて颯爽と帰投し、それからは私たちの道程は順調そのものであった。
だが敵艦隊が形作る輪形陣の外縁部まで残り120kmほどという所でヒロミチさんがオープンチャンネルで味方全体を制止する。
『減速! 各機、減速を開始しろ!! 減速だッ!!』
私はその切羽詰まった声に何も考えず、反射的に機体の向きを変え、敵艦隊にあ足裏を見せるような姿勢になって全力でスラスターを吹かした。
もちろん電磁カタパルトによってもたらされた速度をすぐに殺しきる事はできず、減速しつつも速度を落としながら前進し続けていたが、当のヒロミチさんも私と同じような状況。
普段は腹部に折り畳んでいる飛燕の脚部を展開してスラスターを使って減速しつつも私のケーニヒスと同じように前進し続けている。
それを見てホッとしつつ中隊各機の様子を確認してみると、足並みが揃っているとは言い難いもののクリス隊もサンタモニカ隊も同様に減速を開始しつつあった。
レーダー画面で確認してみると味方部隊各機の半分近くも減速を開始、だが残る半分以上は減速などせず、それどころか敵艦隊の近くまできた事で加速を再開しつつあった。
『減速しろ!! 敵の照準用レーザーを探知した!!』
『馬鹿言ってんじゃねぇよ!! 速度を落としたら狙い撃ちされるだろうがッ!!』
『芋引きは後から来な! 一番槍はもらったぜッ!!』
『ハンッ! そうはさせるかよ!?』
「……馬鹿野郎」
なおもヒロミチさんは減速を呼び掛けるが、言って聞くような相手なら当に減速に移っている。
そうこうしている内にケーニヒスも敵艦隊の照準用レーザーを感知。
だが、まだ敵は撃ってはこない。
それはむしろ不気味ですらあった。
望遠カメラによる映像に映し出されている敵艦隊は理路整然とした輪形陣を作っている。
数千隻の艦艇が大型艦を中心に、その周囲に中型、小型の艦を配置する陣形は人の情を感じさせない。
野生の牛科動物が肉食動物の襲撃を凌ぐのに、成体が作った輪の中にまだ体の小さい子供を入れて守るのとは正反対である。
なのにその輪形陣を作る敵艦の艦影はむしろ生物的なほどにグロテスクな物なのが嫌悪感を増幅させる。
艦の大きさは大小あれど、そのいずれもがいくつもの構成品を無造作に繋ぎ合わせたかのようで、ドラム缶のような円柱やコンテナのような直方体を組み合わせたようなもので、それらの表面を血管のようなチューブやらパイプやらが走っていて、さらに牙や棘のようにも見える砲塔が私たちの接近に伴って動き出した所などは何かの原生生物のようにすら思えるのだ。
その敵艦表面を蠢きまわっていた砲塔群が一斉に動きを止めて数秒後、宇宙に昼間が訪れたのかと思うほどの閃光とともに各砲が火を噴いた。
『なっ……!?』
『躱せッ! 動き回って躱すんだ!!』
『だ、駄目だ!? 躱し……』
その様子は春先にテレビのニュースで毎年飽きずに映し出される杉花粉の放出の様子に似ていたかもしれない。
それほどに敵の対空砲火は濃密であったのだ。
そして減速していなかった味方機は対空砲火の弾幕に飛び込んでいって次から次へと爆散していく。
先ほどはゾフィーさんが敵の攻撃部隊を次々と撃破し爆発の火球でお花畑を作ったように、今度は味方がお花畑にジョブチェンジさせられたというわけだ。
もちろん味方機だって回避を試みるものの、弾幕の濃密さに回避しきれずに、あるいはすでに加速によってGの負荷がかかっていた所にこれ以上の加速は耐えきれずか、面白いほどに次々と撃破されていく。
『敵さんは有効射程内まで引き付けてから一斉射撃って戦術ってわけだ……』
『どうするんですか!? この状況!』
幸い、減速していた私たちはまだ敵艦隊とは距離があるために殲滅された先行部隊とは違って弾幕の濃密さも薄まって回避行動は容易い。
それでもツキに見放された者は火線を回避しながら別の火線に飛び込み、あるいは飛んできた破片にスラスターを破壊されて回避行動が鈍くなったところを撃たれ、こちらもまたじりじりとその数を減らしていた。
敵艦隊の対空射撃開始から3分も経っていないというのにウライコフ艦隊から発進した第一次攻撃部隊はすでに数百機を失っている。
ヒロミチさんはβ版時代に撃沈された戦艦はたったの1隻のみと言っていたが、それが多数の戦艦を有する大艦隊の対空火力ともなればこれほどの殲滅力を持つという事なのだろう。
だが、ヒロミチさんの声色にはまだ余裕があった。
『おい! 長距離砲を持っている奴は攻撃を開始してくれ!』
『ば、馬鹿を言うな! こんな状況で……』
『少しずつでも削らにゃこのままだぞ!?』
展開した脚部を振り回しながら機体各所のスラスターを吹かしてクルリクルリと飛び回りながら敵の火線を躱し続けながらヒロミチさんがオープンチャンネルで長距離射撃による敵艦の狙撃を要請する。
『ジーナちゃん! イケるでごぜぇますか!?』
『は、ハイです!!』
『おっしゃ! ブチかましちまえ! 守りは俺たちに任せろ!!』
オープンチャンネルで聞き覚えのある声が聞こえてきたかと思うと、ヒロミチさんが荒々しく檄を飛ばす。
『オラ! ガキどもにおんぶにだっこのつもりか!? ネットの掲示板に晒してやんぞ!!』
『チィっ! やってやんよ!!』
『デカいのは狙わなくて良い! コツコツ削っていけばいいんだ! 他の連中も味方の射線に入るなよ!!』
すぐに私の足元、少し離れた位置を高速の火球が駆け抜けていった。
それはきっと位置的にジーナちゃんのコアリツィアからの物だっただろう。
だが、それだけではない。
敵の火線に比べれば本当に細やかで、その間にも数機の味方機が爆散していったが、それでも味方部隊の長距離射撃は少しずつ敵の防空網に穴を開けつつあった。
「おっしゃ! ライオネス! 突っ込むぞ!!」
「了解ッ!! ほら、マモル君も行くわよ!!」
「は……。も、もう少し削ってからの方が……」
「そんなん味方が持たねぇよ!! 行くぞッ!!」
確かにマモル君が言うように攻撃が始まったとはいえ、敵陣の外縁部を僅かに削ったに過ぎない。
例えるならばレモンの皮を向いたどころか、タワシで洗ってワックスを落とした程度の事。
だがヒロミチさんが言うように味方に損害が出続けている以上、悠長に万全な状態を待っている余裕などない。
後方では大型のパイルバンカーに換装したせいで重量バランスがおかしくなって回避行動が覚束ないキャタ君や、そもそもが重量級でクイックな動きがしにくいパオングさんに迫るミサイルをクリスさんのナイトホークが撃ち落としながら檄を飛ばしているくらいなのである。
しかし、そんな理屈よりも私はヒロミチさんがわざわざ声をかけてきてくれた事に闘志を燃やしていた。
先ほどからヒロミチさんは総勢で何百機いるかもいれない味方機全体に指示を飛ばしている。
なのに敵中に飛び込むという段になって、彼が声をかけてきたのは私だけ。
こりゃ張り合いが出るってもんだ。
「ほら! マモル君、ケーニヒスの後ろに!」
「だ、大丈夫ですかぁ……」
「案外、敵艦の懐に飛び込んだ方が敵だって同士討ちは避けたいだろうし、一息つけるんじゃない?」
「本当でしょうねぇ……?」
「……知らんけど」
「今、何か言いました?」
まあ私の予想が外れたら、後でガレージに戻った時に「ゴメンね!」とでも言っておけばいいだけだ。
私がフットペダルを踏み込むと、意外とすんなりとマモル君のニムロッドも私の後をピタリと付いてきていたのに安堵しながら私は敵艦めがけて突っ込んでいく。




