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53 出撃準備

 疲労回復のためにキャタ君たち3人は空きが出次第メディカルポッドに入っていった。


 とはいえ負傷とかがあるわけでもなく、疲労を癒すためだけという事で彼らがポッドに入っていたのは3分にも満たない時間のみ。


 なのにブザーとともにポッドの蓋が開いた時、3人は一様に寝起きのような顔をしていた。


「どう? 疲れは取れた? キャタ君……?」

「う、うん」


 そらクリスさんに映画か何かの鬼軍曹、鬼教官のようにしごかれて疲れが溜まっていたのは分かるが、この短時間で睡魔に襲われてしまったのだろうか?


 私が様子を確かめようと顔を近づけて顔色を窺おうとすると、何故かキャタ君は頬を赤らめて顔を背けてしまった。


 まあ、母艦の内部にいるとはいえ戦場で夢見心地になっていたとなれば恥ずかしくもなるか。


 私にも現実世界で経験があるが、限界まで疲れが溜まった時というのは意外と休もうとか寝ようとか思っていても肉体の緊張が残っていて上手くいかないもので、風呂で湯舟に浸かってやっと睡魔がやってくるという事がある。


 恐らくはメディカル・ポッドがそんな湯舟と似たような役割を果たして寝落ちしかかっていたという事だろう。


 彼らが夢で何を見ていたかは知らないが、そこは武士の情けというヤツで、3人の様子には触れないでおいてあげる事にしよう。


「よし! それじゃ行きましょうか?」


 気合を入れ直せとばかりに3人の前で両手を打ち付けて見せると、タイミング良く艦内放送が入ってくる。


『第一次攻撃隊の攻勢開始は15分後を予定。攻勢に参加予定の傭兵諸君は発艦を急がれたし! 繰り返す……』


 基本的にこのゲームではプレイヤー各人の意思を尊重される向きが強いのだが、それでも敵艦隊にめいめい勝手に突っ込んでいっては戦力の逐次投入という形で各個撃破されるという事だろうか。ウライコフ艦隊の司令部が音頭を取る形で敵艦隊攻撃作戦に従事するプレイヤーは攻勢開始のタイミングを合わせて行くようだ。


「おっしゃ! 行くか、ガキども! おう、ヒロ! アシモフはガキのお守りに借りてくぞ!!」

「お、おう! お前もほどほどにな?」


 艦内放送に気を取られている隙を突いて後ろに回ってきたクリスさんがキャタ君とパオングさんの首に腕を回して引っ張っていくと、大きく肩を落としながらもパス太君も彼女についていく。


 先のしごきっぷりを思い出してかキャタ君たちはげんなりとした顔をしていたものの、それでもこの艦に乗り込んで顔を合わせた時のような拒絶の色はない。


 まあ、仲直り? したのなら良いのかな? とクリスさんとキャタ君たち3人の関係性について不思議に思わないではないのだが、それでも彼らが彼らなりに上手くやってくれれば良いと思う。


 そしてHuMoへの搭乗前にヒロミチさんが簡単な作戦を説明する。


「いいか、正直、詳しい事は分からんのだから綿密な作戦なんてのはない。だが、とりあえず俺たちは3個小隊編成の中隊として動こう!」


 実の所、ヒロミチさんの案は先の戦闘とさほど違いがない。強いていうならば先の戦闘が母艦防衛やゾフィーさんの後退支援であったのが、今度は敵艦隊への攻撃という点だ。


 すでに私たちは3つのグループに分かれるようにしながらヒロミチさんの周りで話を聞いている。


 サンタモニカさんとトミー君、ジーナちゃんの3人。

 クリスさんにキャタ君、パオングさん、パス太君にアシモフの5人。

 そして私とマモル君だ。


「俺はライオネスとマモル君と一緒に前衛を受け持つ。サンタモニカさんとこはコアリツィアの主砲を活かした後衛担当……」

「なら、わ~たちは中衛さぁ~?」

「んな詰まんねぇ事するかよ! なぁ、ヒロ?」

「うん、そうだな。気持ちは分かるが天災にでも巻き込まれたと思って付き合ってやってくれ。君たちの担当は中衛ではなく遊撃だ」


 ヒロミチさんはキャタ君たちに何とも申し訳なさそうな顔をしていた。

 クリスさんは「ガキのお守り」だなんて言っていたが、ヒロミチさんからすればどちらがお守りだか分かったもんじゃないといったところだろうか?


「あ~……。ようするに少数の前衛であるライオネスたちを抜いて後衛のサンタモニカ隊に敵が迫るのを防いだり、敵防衛網に穴が空いたら突っ込んでったり……」


 ヒロミチさんが遊撃部隊の役割について説明している間、キャタ君は素直に感心したような表情をしていたものの、パオングさんとパス太君はクリスさんに「アレが先生のフィアンセ?」だとか「へぇ~、意外とカッコイイんじゃない? それともアバター弄ってる系?」とかクリスさんを茶化して2人揃ってデコピンを食らっていたものの、クリスさん自身もまんざらではない表情。


「話聞いてんのか? まあ、良いけどよ。で、敵の艦隊に辿り着いた時、攻撃の優先目標は、ライオネス?」

「当然、戦艦でしょ」


 突然、質問を振られて面食らったものの、私なりの答えはすんなりと出てきた。


 現在、ウライコフ艦隊は敵艦隊と砲撃戦の真っ最中。

 なら味方の損害を減らすために強力な砲戦能力を持つであろう戦艦から沈める。

 うん。我ながら完璧な答えだ。


 だが……。


「はい、ブッブ~~~!!」

「あら? 私も戦艦を墜とせば貢献値を稼げると思ってましたわ」

「わ~もさ~!」

「お前らな~……。さっき外に出た時に見ただろうけど、こっちの艦隊だって輪形陣を組んでんだから、敵だってそうだって思わんか?」

「りんけ~じん?」

「ええと……」


 ヒロミチさんが説明してくれるところによれば、輪形陣とは艦隊の陣形の1つで、戦艦や空母のような高価値の艦の周囲をより小型で安価な艦で幾重にも取り囲むように配置して対空火力を水増ししたり、穴を塞いで高価値の艦を守ろうと言う陣形らしい。


 私以外にもサンタモニカさんやキャタ君も戦艦狙いだったようだが、わんさと取り巻きの艦がいて、それ以外にもHuMoがいるとなれば尻込みせざるを得ないようだ。


「さっきの艦内放送でも『第一次攻勢部隊』って言ってたろ? つまり第二次、第三次もあるってこった。焦らず玉ネギの皮を剥くみたいに少しずつ敵艦隊を丸裸にしていえばいいさ。コルベットやらフリゲート、駆逐艦みたいな小型艦にはコアリツィアの主砲がだいぶ有効だろうしな」

「そういう事なら……」

「あと言っとくけど、敵の輪形陣の攻略が終わっても戦艦には手を出すなよ?」


 そして最後にヒロミチさんは1つだけ付け加える。

 それは私にだけ言い聞かせるようにまっすぐにこちらの目を見据えていて、しっかり釘を刺しておこうという意思を感じるものであった。


「β版時代の話だが、とあるプレイヤーの補助AIが“戦艦殺し”なんて2つ名で呼ばれていたんだが、そいつは何隻の戦艦を墜としたと思う?」

「え? そんだけ言われるくらいだから10隻? いや5隻くらいかしら?」


 現実世界での話ではあるが、確か“エース”とか呼ばれるパイロットは5機の敵機を撃墜している事が条件であった事を思い出して私は回答するが、答えは私の予想外のもの。


「……1隻だ」

「はぁ……?」

「そして1年間に渡るβテストで戦艦が堕ちたのはその1隻だけ。分かるか? このゲームの戦艦はそれだけ沈みにくいものなんだよ」


 要するに、相手するだけ無駄とでも言いたいのだろうか?


 β版時代には宇宙ステージは無かったというし、今回のイベントでは参考になるかどうか分かりかねる部分はあるものの、それでもヒロミチさんにそう言わせるだけの戦力を持つのだろう。


 そして彼の言葉を反芻している内に再び艦内放送が入り、私たちは各自の乗機へと向かう事になった。

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