52 10 minutes war 後
室内に入ってきた敵兵は3名。
幸いにして事前に壁際に寄って死角からの奇襲を仕掛けた栗栖川のおかげでキャタピラーたち3人は敵の意識から外れていた。
あるいは自分たちの外見から子供なら危険は無いとでも思われたのか?
少し前までの彼らならば、ここでこれ幸いと栗栖川に全てを任せていたかもしれない。
だが、既に3人はただの子供ではなかった。
彼らはジャッカル。
肉食獣の名で呼ばれる傭兵である。
キャタピラーはスルリと自分の腕が上がっていくのを自分でも意外に思っていたほど。
非常灯のみの室内は暗く、それでもゴーグル越しに敵兵の目が見えるほどの距離だというのに何の躊躇もなく引き金は引かれた。
「チィっ!?」
命中。
これがヌルいミッションであったならばヘッドショットで一撃で敵を倒していたのだろうが、生憎とキャタピラーの拳銃から放たれた銃弾は敵兵のヘルメットを滑って軽い火花を上げたのみで、そのままあらぬ方向へ飛んで行って壁にぶつかって止まる。
オマケに入射角が甘かったようで、銃撃の衝撃で硬直すら取れない。
だが、そんな事で止まってはいられない。
もはや乱射で弾を撃ち切ってやるくらいのつもりで次から次へと引き金を引いていく。
左右からは友人たちも射撃を開始し、それは敵兵を撃ち倒す事こそ叶わなかったものの、2咆哮からの銃撃は充分に敵を混乱させる事ができたようである。
「ハッハ~! まだまだ甘ちょれぇが、その意気だ!!」
栗栖川が敵の銃火を躱しながら手近の敵の脚に散弾銃を叩き込むと、その敵は何とか倒れまいとのけ反ろうと踏ん張る。
だが、結局はもう1手だけ手間が増えるだけであった。
のけ反った敵の顎の下に拳銃弾が撃ち込まれて、今度こそそのまま倒れる。
相変わらず舌を巻くほどの技量であった。
キャタピラーは自分と栗栖川で何が違うというのか忸怩たる思いを抱きながら、それでも引き金を引き続けていた。
自分の右耳のすぐ横を銃弾が通り過ぎていって、宙を切り裂いていく超音速体の衝撃波が鼓膜を半ば麻痺させても目を閉じずに歯を食いしばって両手で握る拳銃に力を込めるのみ。
「弾切れ!? なら……」
当然ながらそんな後先考えずにバカスカ弾を撃っていればすぐに弾倉は空になる。
少年はその時には既に体も心も熱くなっていて、弾倉交換の手間すら惜しいとばかりに手にした拳銃を敵に向かって放り投げると、それが命中したかどうかも確かめずに床に転がっていた以前に栗栖川が倒した敵兵の銃を拾ってそのまま敵に向ける。
その銃はいわゆるアサルトカービンという種別の火器で、キャタピラーはそんな物などこれまで撃った事などなかったものの、目の前の敵の見様見真似で腰だめに構えて引き金を引いた。
拳銃弾とは比較にならない強力な反動。しかも、それが引き金を引いている限り連続で発生するのだ。
暴れ回る突撃銃は非力な少年の力で抑え込めるわけもなく跳ね上がり、壁どころか天井にまで穴を空けていくものの、それでいいと思っていた。
栗栖川が先ほどのように敵中に飛び込んで接近戦を挑むという戦法が取れないのは自分たちが銃を撃っているからだ。
ならば誤射を避けるために銃撃を控えるべきなのか?
いや違う。
栗栖川自身が「撃て」と言っていたのだし、何よりもゾフィーは自分たちを庇って負傷したのだ。ライオネスにゾフィーを守ると誓ったのも自分だ。
ならば自分が戦わなければならない。
彼が冷静さを保っているのならば栗栖川に任せる事こそ最善手と判断したかもしれない。
だが彼はそうは思わなかった。
彼の中に残されていたなけなしの冷静さはいかに狂暴なアサルトカービンを思い通りに扱うかのみに注がれ、結果として短い連射で引き金を切る方法を編み出してはいたが、結果として栗栖川は先ほど見せた踊るような戦い方はできなくなっていた。
だが、むしろ栗栖川本人はその状態を喜んでいるかのようであった。
2人、3人と隙を見せた者から栗栖川にボディアーマーの隙間に銃弾を撃ち込まれて倒れていき、小部屋には束の間の静寂を取り戻したものの、その静寂を破ったのは栗栖川の拍手であった。
弾切れになった散弾銃を高く放り投げ、それが床に落ちる前に栗栖川はゆっくりとだが満足気に両手を叩く。
「やるじゃん? でもまだまだだけどな。まっ、ブルって何もできねぇよりかはマシだろ?」
「…………」
3人の姿を見回して、うんうんと頷く栗栖川であったが3人はリアクションが取れないでいる。
当たり前かもしれない。
頭の片隅にこれが仮想現実、ゲームの中だと分かっていても人間を撃ったのだ。
それも人の乗っているHuMoではなく、防具で守られているとはいえ生身の人間を。
カラカラに乾いた口の中に微量に残った唾液を飲み込もうとして喉を鳴らし、はあはあと大きく肩を切って深呼吸。
「うん? どうした? ……まっ、無理もねぇか! 私は昔のグラフィックのヘボいゲームで慣らしたクチだからそこまで緊張しなかったけど、ここまでリアルなゲームだとな!」
「…………」
少年はゆっくりと腰を落としていた。
腰が抜けたのか、それとも先の鼓膜を麻痺させた至近弾がその奥の三半規管まで麻痺させていたのかは分からない。
だが、まだ戦いは終わっていないのだ。
何かの音が遠く聞こえてきてキャタピラーはアサルトカービンを杖代わりにして立ち上がろうとするも上手くいかない。
そこに栗栖川が柔和な笑顔で近づいてきて背中から抱くようにして立ち上がらせる。
「先生!? 何を!?」
「手を貸してやるってんだよ。ライオネス相手にイキるにはもう少し頑張ってみてぇとこだろ?」
栗栖川は後ろからキャタピラーの両腕に手を回して銃を構えさせる。
「脇を締めろ、反動を腕から胴に流すようなイメージだ。足も踏ん張れるようにな。ダットサイト付いてんだから使うぞ」
「スコープのことさぁ?」
「ちげぇよ。これは長距離用の望遠機能なんて無いヤツだ。代わりに覗き込んでみろ、中に点があるだろ? そのドットに敵を合わせて撃てば直感的に狙えるってわけだ」
キャタピラーは栗栖川に背を預けるようにして立ち、紛いなりにもアサルトカービンを構えてみせると、栗栖川は軽く肘やら手やらを叩いて姿勢を矯正する。
「すぐに来るぞ、ガンファイアに目をやられないように廊下の明るいとこを見ておけ」
「う、うん……」
「おい! お前らは私らの後ろにいろ!」
「わ、分かった」
「おう……」
栗栖川がパオングとパス太を後ろに下がらせる。
次なる敵襲を警戒しているのは3人にも分かったが、何故かキャタピラ-の銃は廊下の向こうの、それも天井付近へと向けられていた。
何故? とも思ったが、先ほどから聞こえてきている物音が人の足音ではなく、扇風機のような甲高い高周波音である事からもキャタピラーにも1つの可能性が浮かんでくる。
「まさかラジコンさぁ?」
「あン? 似たようなもんだろうけど、ラジオ・コントロールじゃなくて自立機動型のドローンだろ?」
「来た!?」
答え合わせが終わったそのタイミング、栗栖川の予想通りにクアッド・コプター型のドローンが廊下の向こうにその姿を現した。
「今だ、撃てッ!!」
栗栖川の手がキャタピラーの照準を微調整。
ダットサイトの中の点がドローンの腹部を捉えた瞬間、栗栖川の声と同時にキャタピラーは引き金を引いていた。
その瞬間に爆発。
ドローンが抱いていた爆弾を撃ち抜いたという事か?
距離があったために爆風は殺傷力の無いものであったが、それでも思わず目を瞑ってしまうほどの轟音に爆風、爆圧。
だが、十数メートルほど先で起きた爆発などよりもキャタピラーの気を引いたのは自身の両目を覆うように被せられた栗栖川の右手に、自分の額に付いた彼女の顎。
まさか栗栖川が自分を庇っているのか?
それはまるで馴染みの口うるさい庇護者が戻ってきたかのような錯覚を彼に与えたが、爆発が収まり少年が自分を抱いている者の顔を見上げようとした時にはもう口角と目尻を上げた悪党のような顔であった。
「やるじゃん?」
「う、うん……」
「……私は私のやり方が間違っていたとは思っちゃいないけどよ。それでもお前らにはお前らなりにこのゲームに入り浸る理由があるってのは分かったよ」
その言葉に後悔だとかそういったものは無い。
キャタピラーの頭を軽く叩いて振り返った栗栖川の表情はパオングとパス太を見定めるかのような不敵なもの。
「だから私がお前らを鍛えてやんよ!」
「はあ!?」
「お前らが仮想現実からも現実からもいなくなった時、誰かの記憶に残ってたまに思い出してもらえるようにな。お前らの存在を敵には恐怖とともに、片思いの相手には甘酢っぺぇ思い出とともに思い出してもらえるようにな」
3人は困惑して互いの顔を見合わせる。
「いや……、その……。べ、別にわ~たちの事を恐怖とともにってのはどうかと思うさ~」
「それであのチンパン女とキチガイ野郎の記憶に残ると思うか!?」
「ええ……。ライオネスさん事をチンパンジー呼ばわりは酷いさ~」
「ま、マーカスさんだってキチガイ呼ばわりは……。流石にちょっと否定しきれないわね……」
それから3人の否定は受け入れられず、彼らのコーチを買って出た栗栖川と3人は数度の敵兵やドローンの襲撃を退け、遂にアラーム音とともにメディカル・ポッドの蓋が開いた。
そして仮面の女が自分の護衛を引き受けてくれていた4人に対して仮面を付けたままでいる事を不義理に思って仮面を外した時にまた一騒動あったのはまた別の話。




