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50 10 minutes war 前

今回は「35 決意」の続き、キャタ君たちのパートです。

「そ、そう……? それじゃ4人とも気を付けてね……?」


 後ろ髪を引かれるように何度も自分を振り返りながらも意中の少女は小部屋を後にした。


 すぐに野獣の咆哮もかくやというような少女の雄叫びとともに何かが折れる鈍い音が少年たちのいる小部屋へと轟いてきて、真っ当な感覚の持ち主ならばそれだけで百年の恋も冷めるのではないかという野生味に溢れた猿叫にも少年の頬は緩んでいた。


「なんだ具志堅(ぐしけん)、アイツに惚れてんのか? アレに……!?」

「ら、ライオネスさんの事をアレって……、ていうかゲームの中じゃ本名じゃなくて『キャタピラー』ってハンドルネームで呼んで欲しいさ~!」


 少年は自分のコメカミに突きつけられたままの銃口に構わずに栗栖川を睨みつける。


「蓼食う虫も好き好き」なんて言葉があるが、自分の事を虫ケラと思われても特に気にしない少年でも、思い人の事を蓼どころか珍獣の如く言われて平気でいられるハズもない。


 だが自身の胸の内に恋心を秘める事にしていた少年は直接的にその事を責める事はできずに、代わりにゲーム中のマナーについて咎める事しかできなかった。


「そう言うオメーらだって、私の事を栗栖川って言ってんじゃねぇか!」

「だって、先生のハンドルネームなんて知らないさ~!」

「ああ、そうか。今は個人のアカウントだからな。『クリス』だ」

「これまた安直な……」


 HN(ハンドルネーム)「パオング」こと西(にし)亜澄(あずみ)が非難の声を上げる。


 だが、どちらかというとその声はハンドルネームの安直さがどうしたというわけではなく、未だキャタピラーに向けられたままの拳銃に対して責める色があった。


 正確なスペックはパオングもキャタピラーも把握してはいないが、それでも飲料水の500mlのペットボトルなんかよりかは確実に重いであろう拳銃を持っていても微塵も手がブレたりしないクリスに少年たちは底知れぬ凄みを感じていて、さながらいつ爆発してもおかしくない爆弾のように感じさせていたのである。


 故に直接的に「銃を下ろせ」と言う事は憚られた。


 確かに先ほどはクリスは少年たちを助けてくれた。

 だが、次の瞬間にはキャタピラーたち3人の頭部に鉛玉を撃ち込んでいてもおかしくはない。


 かつての一件からそれほどに少年たちの栗栖川への不信感は膨れ上がっていたのである。


「はいはい、安直で結構。浅はかな考えを巡らせたヒネたガキみたいにはなりたくはないんでね!」


 少年たちは自分の心が節くれだっていくのを感じていた。


 自身の意思でほとんど動く事ができないから「イモ虫(キャタピラー)」。

 最初は両脚が動かせなくなり、そこから病状が進行し今は首から下の感覚が無くなっていたのがゲームの中では五体無事の「パオング」。

 全身の至る所に点滴の管やら医療機器のコードやらチューブやらが繋がれて、そんな自分をスパゲティの具に例えて「パス太」。


 栗栖川の言う「ヒネたガキ」とはまさに自分たちの事だと分からないハズがない。


 だが、そんな3人の恨みがましい目など気付いていないかのように栗栖川は言葉を続ける。


「で、どうなんだ? ライオネスに惚れてるってのは否定しないのか?」

「…………」

「耳が赤くなってんぞ?」

「えっ……!?」


 少年が何も言えなかったのは友人たちの前で己の恋心を認めるのが恥ずかしかったから。

 だが、それ以上に栗栖川に茶化されるのではないかと躊躇われてしょうがなかったのだ。


 かつては厳しい事を言うだけに苦手意識こそ持っていたものの、それでも尊敬できる大人の一人として認識していた栗栖川も、今はかつての一件から何を考えているのか、何をしでかすのかまるで分からない怪人物でしかなかった。


 それでも続く彼女の言葉にキャタピラーは慌てて自分の耳を触って確かめてみると確かに熱い。


 だが……。


「嘘だよ。バ~~~カ!! 戦争やってんだから体温上がってんのは今に始まった話なわけねぇだろ!」

「うぅ……。酷い……」


 単純なブラフに引っかかってしまって、これでは暗に認めてしまったも同じではないかとキャタピラーは栗栖川や友人たちの表情が怖くて俯いてしまう。


 だが意を決してチラリと横目で友人たちの顔を見てみると、パオングは特に気にした様子を見せるでもなく、パオングにいたってはただただポカンとした顔をしているくらいであった。


 これに気を良くして恨み言の1つでも言ってやろうと栗栖川の方を見ると、その口ぶりとは裏腹に彼女は複雑そうな表情ではあったものの、それでも優し気な雰囲気を醸し出している。


 不意に栗栖川が自分から銃を下ろした。


「そうか……」

「おかしいさぁ?」

「いや……。でもアイツ、好みの男のタイプは「自分よりも強い男」とか言い出すタイプだぞ!?」


 百も承知の事である。

 そのような女性(ヒト)であるから惹かれたのだ。


 その名に違わず百獣の王のような金髪を振り乱し、雄叫びを上げながらその小さな体を獅子の剛腕のように振り回して戦う様に心を揺り動かされたのだ。


 自分どころか、これまでの人生で見た事がない、野生と言っていいのかも分かりかねる少女のバイタリティが現実の世界では自分の足で立つ事もできない少年に強い衝撃を与えていたのだ。


「別に笑うのを我慢しなくてもいいさぁ」


 少年は自分の拳銃を部屋の片隅に向けて引き金を引く。


 それは半ば苛立ち紛れの行動ではあったが、それ以上にそんな思い人に向けて誓った事を守るための事前準備であった。


 今も彼らの背後の繭状のメディカル・ポッドの中で眠るゾフィーを守る。


 それがライオネスの求める強さと合致するかは分からなかったが、それでも自分で誓ったのだ。


 敵が来た時にマトモに戦えなくて「結局、駄目でした」では洒落にもならない。


 キャタピラーも遊びで配布装備の拳銃を撃った事はあったが、艦内のような低重力環境での射撃の経験は無い。

 少々の無駄弾を使ってでも敵が来る前に試し撃ちをしておきたかったのだ。


 だが撃てない。

 引こうとしても引き金が引けないのだ。


「熱くなるな、安全装置が掛かってる」

「あっ……」

「それにお前が誰を好きになろうが笑いはしねぇよ」


 栗栖川の指摘通りに安全装置を外してから再び狙いを定めて引き金を引くと今度は鼓膜が痺れるような銃声とともに壁に穴が空いた。


 いつも通り、いや、危惧していたように低重力環境のためにいつも以上にねらっていた場所からかけ離れた場所に空いた弾痕。


「あ~あ~! 駄目だこりゃ! 脇を締めろ、オマケにガク引きになってる!」


 栗栖川にはどこを狙っているとは伝えていないハズであったが、少年のフォームだけを見て栗栖川はどこが悪いか指摘してきた。


「いいか? その初期配布の銃の反動は9mmパラベラム弾と同程度、そもそもが大人だって日本人にはちょいと扱い辛い代物だ。気合入れろ!」

「う、うん……」

「弾頭は平頭弾頭(フラット・ヘッド)、貫通力は低いが当てりゃ上手く衝撃を伝える事ができる。そもそも向こうは軍用のアーマー着込んでんだから貫通力どうこう言ってもって話だがな! ほれ、お前らも試しに撃ってみろ!」

「お、おう……」

「そ、そうね……」


 栗栖川に促されてパオングもパス太も壁に向けて拳銃を撃つ。

 その間は栗栖川が倒れた敵兵から奪った散弾銃を構えて小部屋の出入り口を警戒。


「……困ったな」


 3人の銃声の合間にキャタピラーの耳には栗栖川が先ほどの複雑そうな表情のまま何やら独り言を呟いているのが聞こえてくる。


 試し撃ちとはいっても、それで弾を浪費しすぎるわけにもいかず、各自数発ずつで終わり、そこでキャタピラーは栗栖川に先ほどの独り言について聞いてみる事にした。


「ライオネスって東京住みなんだって知ってたか?」

「うん、聞いたさ~」

「沖縄に住んでちゃリアルじゃ会えねぇよなぁ……」

「そもそもリアルで会う気なんてないよ」


 自分とライオネスがどこに住んでいるかが何故、栗栖川が困った事になるのか?


 彼女の真意がまるで分からず、聞かれるままに答えていく。


 現実世界でライオネスと会う気が無いというのはキャタピラーの本心であった。

 第一、四肢も無く、陽に焼けた肌もゲーム内のアバターを弄ったものでしかない自分とライオネスが現実世界で会ったとしても彼女は自分をゲーム内の自分と同一人物だと認識できないだろう。


「いやさ、現実(リアル)を疎かにしてゲームの世界に入り浸ってるお前らがどこまでゲームの中でガチれるのか見物してやるつもりだった。何なら笑ってやるつもりだった。でも、そういう風にゲームの中でしか会えない人がいるってのは想像してなかったから困ったな~って……」


 そこで3人は気付いた。

 何故か先の戦闘の熱も引きかけていたハズの栗栖川の表情が赤らめていた事に。


「え、何……? なんで先生がそんな事を気にしてんの?」

「もしかして先生って恋愛脳ってヤツ?」

「え? そうだよ? さっき艦に乗り込んできた時に私の隣にいた男がいるじゃん? アレ、私の婚約者(フィアンセ)。うん? どした? 今度、恋バナでもする?」

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