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49 対艦装備

 いつもの感覚。


 補給のための一時的なものとはいえ、艦内の格納庫へと入ると体の芯から戦闘の熱が抜けていく。汗で濡れたツナギ服がコックピット内の空調で冷やされて火照った体に心地良い。


 もはや慣れたもので誘導員の指示に従って指定されたブースに機体を向かわせながら仲間たちの様子を見てみると、激戦の割に被弾していたのはキャタ君たち3人と私だけの様子。


 技量に優れるヒロミチさんやクリスさんは言うに及ばず、サンタモニカさんたちも後衛を担当していたために被弾を避けられたのだろうが、マモル君まで被弾ゼロというのは意外というか、そんだけ攻撃よりも回避に重点をおいていたのは流石というべきか。


 まあ、私は最前線で敵に格闘戦を挑んでいたのだからどうしても敵の弾を受けてしまうのはしょうがない。


「わっ!? わっ、ちょ! た、立てない!?」

「おっと! 大丈夫!?」


 指定された地点までもう少しという所で、少年の悲鳴が聞こえてきて、何事かと振り返るとすぐ後ろを歩いていたキャタ君のロジーナが転倒しそうになっていた。


 すぐ傍らには何かしかの部品が落ちている事から考えるに膝かどこかのパーツが被弾でダメージを負っていて、それが無重力環境下ではなんとか脱落せずにいたのが艦内で歩行した事で耐えきれなくなって、遂に歩行困難となってしまったのだろう。


 私はケーニヒスに片足で踏ん張ろうとしながらもゆっくりと崩れ落ちていくロジーナの右腕を掴ませて杖の代わりとなってやると、キャタ君もホッとしたような声を漏らした。


「た、助かったさ~!」

「随分と頑張ってたみたいじゃない? 右脚、何とか繋がっているってくらいに穴だらけよ」

「う~……。栗栖川先生が『死ななきゃ安い』って……」


 確かにこれが生身なら脚を撃たれても激痛で戦闘どころの話ではないのだろうが、HuMoならばコックピットと武装さえ無事ならば不格好でも戦闘は継続できるのだ。それなりに動き回れるだけのスラスターとセンサー類の塊である頭部も残っていれば万々歳。


 そういう意味でならば、どうしても被弾が避けられない状況ならば脚部を撃たれる状況にするというのは間違ってはいないのかもしれない。

 キャタ君のロジーナならば反撃で敵を撃破する事も可能であろう。


 作業用キロのクレーンが接続されるまでの間、私は整備員の指示に従って彼の機体を支える。


 その脇を昆虫の胴体の上に人間の上半身が乗っかったようなコアリツィアが通り過ぎていく。

 ………………

 …………

 ……




「あ~~~……! 生き返るわぁ~」


 たっぷりの氷が入ったグラスのメロンソーダを呷ってから熱い蒸しタオルで汗ばんだ顔をごしごしと擦ると脳内の幸福ホルモンの蛇口が壊れたかのような言いようのない多幸感を感じる。


「おっさん臭いですよ?」

「うるさいわねぇ……」


 生きている幸せを噛みしめながら腹の底から湧いてくる衝動をそのまま声にして出していると隣の席のマモル君がフランクフルトにかぶりついたままこちらをギロリと睨みつけてきた。


 キャタ君の機体を整備員に任せ、ケーニヒスも指定のブースに駐機した後、私たちは格納庫内の休憩スペースへとやってきていた。

 そこはやたらとイートインスペースが広いコンビニのような作りであり、そこで私たちは飲み物と軽食で束の間の休憩を楽しむ事にしたのだ。


「やれやれ、同じ女子高生でどうしてここまで差が付くんですかね?」

「ハハン。あっちはガチ、こっちはポッと出のお嬢様なんだからしょうがないでしょ!」


 私たちが座るカウンター席のすぐ後ろのテーブル席ではサンタモニカさんがフルーツフレーバーのアイスティーを優雅にストローで飲んでいるところ。

 トミー君が持ってきたミニエクレアの詰め合わせを差し出されると彼女は1つだけ摘まんで、後はジーナちゃんへと渡していた。


 一方の私の前にある物ときたら串の打たれたフランクフルトにたっぷりのマスタードのケチャップをかけたものであるのだから同じお嬢様学校の生徒といえど、その落差を感じざるをえないほど。


 その他のメンバーはというと、ヒロミチさんとクリスさんは火照った顔でアイスコーヒーを飲みながらアシモフとともに談笑しつつタブレットを何やら弄っている。


 またキャタ君たち3人は一様にタブレットを持ったままテーブルに突っ伏しているような散々たる有り様。

 テーブル上の飲み物も一口だけ飲んだだけで、水分補給よりも体力回復を体が求めている様子だ。


「メディカル・ポッドに入ったらいいのに……」

「空きが無いんじゃないですか?」

「なるほど。ところで皆、タブレットで何をしているのかしら?」


 私たち以外の3組は皆それぞれ違った雰囲気。

 パイロットスーツを着たサンタモニカさんたちは涼しい顔で優雅にお茶を楽しんでいるのに対して、同じようにパイスーの体温維持機能があってなお激しい疲労にバタンキューのキャタ君たち。パイスーを着ていないヒロミチさんたちは私と同じように汗をかいて顔を赤くしているのにその表情はまだ余裕がある。


 だが皆、揃ってタブレットを操作して何かしているのだ。

 オマケに私の隣のマモル君まで。


 そんな私の疑問に対して返ってきたのは意外というか、考えてみれば当たり前の事であった。


「あのですねぇ。皆、どっかの馬鹿と違って対艦攻撃用の装備を整備員に指示しているに決まっているじゃないですか?」

「……え、マモル君も?」

「一応、銃口に取り付けるタイプのライフルグレネードの成形炸薬弾使用をオーダーしましたけど?」


 たいかん……そう……び……?


「え? まさか、他の皆も揃ってデカい艦相手に殴りかかっていくような蛮族だと思ってたんですか?」

「……ち、ちなみに私のケーニヒス用の物ってあるかしら?」

「そんなん買ってないでしょう? 他の皆はちゃ~んと事前に用意してきてんですよ」

「だ、だってマモル君だって何も用意してないじゃない?」

「ライフルグレネードはそのまま銃口に取り付けて使用できるタイプの物ですからね。トヨトミにも同種の装備は存在しますけど、竜波タイプの手じゃ扱えません」


 何と言えばいいのだろうか?

 友達と原宿とか代官山とかに遊びに出かけたら、その友達はいつも以上のオシャレしてて、自分はいつもの服なのに妙な場違い感を感じてしまったりというのと似ているだろうか?


 ふらふらと立ち上がった私はサンタモニカさんたちの席へと向かっていった。


「ち、ちなみにサンタモニカさんたちはどんな物を用意しているのかしら?」

「ええ、私たちは基本的にジーナちゃんのコアリツィアの主砲頼りでごぜぇますので、私とトミー君は小型の対空ミサイルなど少々、それとライフルグレネードなどを……」

「俺も大剣を外して対空ミサイルって感じだな!」

「あ、あとミサイル迎撃用にライフルの弾倉は近接信管の炸裂弾を多めってところです」

「な、なるほどね……」


 す、涼しい顔して意外と考えてるのね……。


 私は続いてヒロミチさんたちの席へ。


「あ? 俺は大型の対艦ミサイルを装備させて……」

「私とアシモフは機体を重くしてでも対空ミサイルと中型のミサイル、それと吸着爆弾ってところだな!」


 ヒロミチさんが見せてくれたタブレットのCGの飛燕の腹部に大型のミサイルが搭載されている姿が表示されていた。


 またクリスさんとアシモフのナイトホークも機体各所にミサイルポッドやら時限式の爆弾などが搭載されている。


 アシモフの話では中型のミサイルや爆弾では大型艦を沈める事はできないようだが、戦艦の砲塔を潰す事くらいなら可能らしい。

 距離がある状態なら中型ミサイルを、また距離が近すぎてミサイルを使えば自機も爆発に巻き込まれそうなら時限爆弾を設置という構想のようだ。


 私は最後にキャタ君たち3人の元へと向かう。


「ええと、皆、今いいかしら?」

「あ~……。ライオネスさん、さっきはありがとさ~……」

「いや、大丈夫? 貴方、顔、真っ青よ」

「なんくるないさ~……」


 いや、どう見てもなんくるあるでしょ? と思わざるをえないような青紫色の唇をしたキャタ君ではあったものの、私が対艦装備について尋ねるとタブレットを見せてくれた。


 どうやら、いちいち説明する気力もないから自分で見ろという事らしい。パス太君もパオングさんもそれは同様。


 それによるとパス太君はいつも通り。

 これは彼の役割が動きの鈍いオライオン・キャノンや小回りの利かないロジーナの穴を埋めるための構成であるかららしい。


 パオングさんも基本的には装備は変更無し。

 だが、両肩に背負った砲の弾頭には変更が加えられていて成形炸薬弾、それも大口径砲故に構造上の余裕があるのか、空間装甲に強いタンデム弾頭の物になっている。


 そしてキャタ君のロジーナは右腕のパイルバンカーが大型の物となっていた。

 私の提案でズヴィラボーイ時代に使っていた小型の物に変更していたのを、ここにきて大型の物に戻してきた形だ。


「へへ……。ライオネスさんの言うとおり、小さなヤツでも宇宙じゃ変な慣性が付く感じがあったのに、栗栖川先生が『甘えんな。使い難くても使いこなせ』って……」

「そ、そう? 大変ねぇ……」


 この辺もやはりクリスさんの鬼軍曹っぷりが発揮されていたわけか。


 私としては「ゲーム内では他のプレイヤーとリアルで知り合いでも本名で呼ばずにハンドルネームで呼んだ方が良いわよ」とネットリテラシーについて一言、教えてあげようというつもりであったが、彼らの疲労困憊ぶりを見るにとてもそんな事は言えなくなってしまう。

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