48 サブミッション
一瞬にして戦場はその有り様を変えていた。
2種類の警報音がコックピット内に鳴り続け、味方との音声通信は怒鳴るように声を張り上げなければ向こうには届かないだろう。
そう。警報音が鳴り響いているのは私のコックピット内だけではなく、マモル君やヒロミチさん、サンタモニカさんたちにクリスさんやキャタ君たちだけというわけでもないのだ。
シャッタースピードを長く設定したカメラで夜中の高速道路を撮影した時に自動車のテールランプが尾を引いているように写るように、私のすぐ横を幾条もの光の奔流が通り過ぎていく。
「ライオネス! 上だ、上方向に逃げろ! すぐに敵の反撃が来るぞ!!」
「りょ、了解ッ!!」
私の後方から伸びてきて、一瞬にして過ぎ去って遥か彼方へと飛び去って行った光の一団は後方の母艦、ポチョムキンからの艦砲射撃であった。
大型艦のジェネレーター出力を存分に使ったビームの連射は我を忘れてしまいそうになるほどに美しく、そしてそら恐ろしいもの。
私はヒロミチさんからの通信が無ければもう1種の警報音が意味するものに気付けなかったかもしれない。
“上”と言われても宇宙空間に上も下もあるものか分かったものではないが、それでも私は反射的にケーニヒスを操作して機体の頭部がある方向へ一目散に駆け出す。
それから何テンポか遅れて今度は逆に発射地点が視認できないほど遥か彼方から無数のプラズマの奔流が押し寄せてくる。
ポチョムキンのビーム砲が白い閃光の中に緑色が混じったものなのに対し、敵からのビームは禍々しさを感じるほどに赤いもの。
なるほど。
2種類の警報音の正体は1つは味方艦からの艦砲射撃の通過地点周辺からの退避を促すもので、もう1つが機体のセンサーや友軍からデータリンク・システムによってもたらされた敵からの攻撃が予想される経路を知らせるものなのだろう。
「ウライコフの艦を拿捕しようとしていた敵が殲滅戦にシフトしたってこと……?」
「だろうな! ターニングポイントって奴だ!」
「まっ! それが幾つあるかは分からないけどね!」
友軍には、少なくとも私の仲間たちの中には敵からの長距離艦砲射撃の被害を負った者はいない。
後方カメラで母艦の様子を窺ってみると、艦内に乗り込んできた敵兵に制圧されていた区画もけっこうな割合で取り戻していたのか、先ほどとは目に見えて対空射撃の密度が増している。
それに敵からの艦砲射撃のほとんどはポチョムキンからは外れているものの数発は直撃コースであったのだが、銀に近いほどに輝く白い艦体に触れる前に敵ビームは霧散していた。
それは建物の壁にホースで引いてきた水流をぶつけた時のように周囲にプラズマの粒子を撒き散らしながら宇宙へと掻き消え、母艦の損害は皆無。
「対ビームバリアーだ。βの時は地上ですら脅威に感じたウライコフの戦闘空母も味方となれば頼もしいもんだね」
「なるほど。となれば私たちは……」
戦場の姿が一変した今、私たちが何をすべきか?
計っていたように母艦の艦橋要員から通信が入る。
「機動部隊各機! こちらポチョムキン機動部隊長。これより機動部隊へ4つの任務を発令します。1つ、本艦の直掩。1つ、友軍艦に取り付いた敵勢力の排除。1つ、我が艦隊へ向かってくる敵機動部隊の排除。そして最後が敵艦隊への直接攻撃です……」
いわゆる他のゲームでいうところのサブミッションとかサブクエストのようなものであろうか?
通信の続きを聞いてみるに各プレイヤーがどの任務に従事するかは各々の裁量に任されているようだ。
その辺はゲームだからといってしまえばそれまでなのだろうが、仮にある任務にプレイヤーが集中して、他の任務への参加者が少ないといった状況になった場合はNPCであるウライコフ正規兵が穴埋めをしてくれるのではないだろうか?
「それじゃ、私たちはどうするなのかしら?」
「そんなん知るわけないだろう?」
「一瞬で戦況が変わるのはお前も見ただろ!」
「OK。それじゃ質問を変えましょう」
それまで戦場の主役であるかのように宇宙をHuMoで駆け回っていたのが、長距離砲戦が始まった途端に脇役に追いやられてしまうような状況なのだ。
数多のプレイヤーたちの技量や行動次第という紛れも多く、熟練のプレイヤーであるヒロミチさんやクリスさんにとっても最善の一手は判断しかねる様子。
「それじゃ、いっちゃん面白そうなのはどの任務かしら?」
「お前なぁ~……」
「へへっ、そんなん聞かなくても分かんだろ?」
「決まりね!」
私の問いにヒロミチさんは困ったような声をしつつも、どこか「しゃ~ないか」といった雰囲気。クリスさんは一瞬が合点がいったのか対称的に随分と楽しそうな声であった。
「サンタモニカさんは?」
「ええ、もちろんご一緒させてもらうでごぜぇますわ!」
「キャタ君たちは?」
「え? え? え? ど、どういう事さ~!」
サンタモニカさんも言われずとも理解していたようで心の中でガッツを燃やしていた。対してキャタ君はどの任務に参加しようとしているのか理解しかねているようだったが、それはパオングさんもパス太君も同じ。
そこに鬼軍曹の叱咤が入る。
「喜べガキども! お前らがバカスカ砲弾を撃ちまくってるからライオネスさんがお前らも砲弾になりたいんじゃないかって気を使ってくださったぞッ!!」
「はあ……?」
「これから敵の艦隊にカチコミかけるって言ってんだよ!! 鉄砲玉だよ! 鉄砲玉!!」
クリスさんたちは「カチコミ」だの「鉄砲玉」だのヤクザ映画みたいな事を言い出しているが、行ったきり戻ってこないから鉄砲玉なのだ。敵艦隊を攻撃して戻ってくれば良いだけの話だろう。
そこにマモル君がいきりたって口を挟んでくる。
「馬鹿!! その豆鉄砲にパンチとキックでどうやって船を沈めるつもりなんですか!?」
「そんだけあれば十分でしょ?」
ぶっちゃけた話、流石に私だってケーニヒスで敵艦隊にもいるであろうポチョムキンのような大型艦を単騎で撃沈できるとは思ってはいない。
それでもライフルで砲塔や対空砲座を潰す事はできるであろうし、艦橋を破壊するだけなら素手のケーニヒスで十分。
「それなら先にするべき事があるな……」
私やクリスさん、サンタモニカさんを止められないと悟ってヒロミチさんがこれからの案を言おうとするが、さすがに私だって言われなくとも分かっている。
「そうね。行き駆けの駄賃にこちらに向かって来る敵機も摘まみ食いしながら行きましょうか?」
「ちげぇよッ!? 補給だよ、補給!!」
そう言われてみれば、短い時間であったとはいえ、これまでの激戦で私のケーニヒスはライフルの残弾は半分。スマートマインは空だし、マグネット・アンカーも1つしか残っていないのだった。
何よりも推進剤の残量が半分を切っている。
さすがにこれは帰投して補給せざるをえないか……。




