47 獅子奮迅
思っていたよりも味方の動きが鈍い。
いや、別にマモル君の動きが消極的なのはいつもの事だし、サンタモニカさんにトミー君がジーナちゃんの護衛に付きたいというのも分かる。
既に被弾を重ねているキャタ君たち3人が引き気味に援護メインの戦闘になっているのもしょうがないし、クリスさんとアシモフが彼らとともに前衛と後衛の中間、中衛的な立ち位置にならざるをえない立場であろう事も理解できる。
問題は彼ら以外の、友軍プレイヤーやその補助AIたちであった。
「次ぃッ! 俺が崩す。後は……」
「私に任せてッ!!」
「ミサイルで援護します!!」
「サンクス!」
敵はゾフィーさんが補給を済ませて再び大暴れされてはたまらないとばかりに大挙して押し寄せてきて、ヒロミチさんの飛燕はそのド真ん中に突っ込んでいく。
機体後部や主翼端、それに折り畳まれている脚部を展開してスラスターを吹かしてヒラリ、ヒラリと宇宙を駆ける飛燕はコックピットのパイロットが心配になるほどの機動を見せる。
真空状態の宇宙でも機体各所のスラスターの大推力を後方に集中させる事で高速度を発揮していたが、翼からの揚力を得られない以上はその動きは戦闘機というよりもミサイルに近しいものになってしまうのだ。
これでは機体よりも先にパイロットの方がオシャカになってしまうか、負荷に耐えきれずにフットペダルを緩めてしまった所を狙い撃ちにされかねない。
そうはさせるかとヒロミチさんの後に続く私のケーニヒスを数発のミサイルが追い越していく。
ジーナちゃんのコアリツィアの脚部の装備されている大量の小型ミサイルだ。
ミサイルは敵のミサイルを迎撃し、または飛燕に迫ろうとする敵機へと突き刺さっていく。
「ナイス!! 私も……!!」
ヒロミチさんが反転したタイミングで私は敵4機小隊と肉薄する事ができていた。
ジーナちゃんのミサイルの爆炎、爆煙が上手く煙幕の役割を果たしてヒロミチさんの突撃で良い塩梅に散らされていた敵部隊は効果的な相互支援が取れない状態。
私は敵小隊の先頭に直前までの前進の慣性をそのまま乗せたような強烈な蹴りを叩き込む。
もはやそれは蹴りというよりも、敵を地面に見立てたハードランディングに近いもの。
敵機「NGTネティエ」は大きく胸部装甲をひしゃげさせて沈黙。
パイロットが死亡したのかスラスターの赤い噴炎が急激に勢いを失って、ついには完全にマズルからの炎は消えてしまう。
それでも先の頭部を蹴り飛ばした敵機がまだ生きていた事もあってか、私は慎重に敵パイロットの生死を見極めようとするが、それは慎重に過ぎたようだ。
「ライオネスさん!! トミー君、マモル君も!!」
「オ~ケィ!」
「何、固まってんですか!? この馬鹿!!」
サンタモニカさんの声で我に返った私が慌てて残る敵機へと目を向けると、私に対してライフルを向けようとしていた1機に横殴りの土砂降りのような火線が集中して瞬く間に穴だらけのチーズのような有様へと変えていた。
後方からのサンタモニカさん、トミー君、マモル君からの援護射撃。
「ライオネス! サブディスプレーのログは見ていないのか!?」
「見てる暇が無いってんなら敵からの射線を局限しろ!!」
ヒロミチさんとクリスさんには極短時間でも動きを止めてしまった理由はまる分かりなのか的確な叱咤が飛んでくる。
「……りょ~解ッ!」
チラリとログを表示させているサブディスプレーに目をやると≪NGTネティエを撃破しました。TecPt:14を取得、SkillPt:1を取得≫と表示されている。
遮蔽物で敵からの射線を切ってログを確認する余裕のある地上戦とは違い、遮蔽物の無い宇宙ではログなんて見ている暇なんてないのだが、やはり敵を撃破できたかどうかを確認するのにこれ以上のものはないのだろう。
β版時代から飛燕に慣れ親しんでいたヒロミチさんは遮蔽物の無い空戦環境でもログを見る癖を付けているという事か。
いや、もしかしたらこれは彼が特殊な環境下で身に付けた技能ではなく、一流といわれるようなプレイヤーはみな身に付けている能力なのかもしれないと思うと私もまだまだ甘いと言わざるをえない。
失態を取り返すように私は残る2機を鮮やかに片付けてやろうと心密かに企んでライフルのレティクルを向ける。
「僕らの射線には出てこないでくださいよッ!!」
「そっちで気を付けろっての!!」
沈黙した敵機のパイロットが死亡した事は敵機にはまだ分かっていなかったのか、誤射を避けるため発砲は控えていた様子。
だが、それも私が突撃を再開したらおしまい。
2機の銃が火を噴いてケーニヒスに向かって来るが、そこにサンタモニカさんたちからの援護射撃が入って、2機はバラバラの方向へ逃げざるをえなくなる。
マモル君は射線がどうとか言っているが、私だってわざわざ味方の火線の中に飛び込んでいこうとは思わない。
何度も機体を翻しながらそれでもライフルのレティクルからは目を離さず、そこへ1機が自分から照準内に飛び込んでくる。
握力の限りにトリガーを引く。
まるでそうすれば火力が上がるとでも思っているかのように。
≪NGTネティエを撃破しました。TecPt:14を取得、SkillPt:1を取得≫
57mm徹甲弾は容易く敵機の装甲を貫いて、それどころか推進剤タンクにでも誘爆したのか小爆発を繰り返しながらあらぬ方向へと飛んでいく。
私は操縦桿を動かして飛んでいく敵機へ照準を合わせ続け、弾倉が空になる頃には完全に撃破する事に成功した。
今度はキチンとサブディスプレーで完全に息の根を止めた事を確認。
4機の敵小隊も残るは1機。
だが、そこへライフルはサブマシンガンとは明らかに違う大きな火球が飛んできて敵機を完全に粉砕。
ジーナちゃんのコアリツィアが背負っている大口径砲だ。
4機小隊最後の機体はログを見なくとも分かるほどに完全にバラバラの状態になってワンテンポ遅れて爆散。
「なら、次は……!!」
ログを表示させているものとは別の、もう1つのサブディスプレーのレーダーマップを確認してみると3機小隊が2つ、大回りの軌道で私の背後を取ろうとしているようであった。
だが、この2個小隊は心配ない。
「コイツらは貰うぞ!」
「了解!」
「オラ! ガキども! とっとと動け! 相対速度と慣性を意識しろ! できるまで何度でもやらせんぞ!!」
「ひょえ~~~!」
「うう……。先生って意外とスパルタ……」
「まあ、良いわ。やってやろうじゃない」
既にキャタ君たち3機が2個小隊を抑える形で動いている。
これなら敵小隊に背後を取られたとしても彼らがいる限りは私を攻撃してくる余裕などないだろう。
キャタ君たちの機体は補給担当のコンテナ付きから弾薬の補給は受けているようだが、被弾を重ねて3機揃って煤で黒く汚れ、装甲は穴だらけ。
とはいえクリスさんとアシモフ、2機のナイトホークが付いているのだから問題は無い。
彼らが私とサンタモニカさんたちの間を受け持ってくれるのならば、私は前だけ見ていれば良いという事か。
再び反転して後方から駆け上がってきたヒロミチさんの飛燕とともに敵正面へと突っ込んでいく。
「……それにしても味方が鈍い!」
「無理を言ってやんな! 皆、頑張っているだろう?」
チラリとレーダーマップに目をやると、ゾフィーさんの黒い鎧武者型は着艦に成功したようだ。
それはともかく、味方機が未だに母艦周辺でまごまごしているはさすがに想定外である。
私たちが前線を構築しているのなら、少しくらいは前に出てくる機体がいてもよさそうなものなのだが。
「皆って、それはサンタモニカさんとかクリスさん、キャタ君たちの事でしょう!? 他のプレイヤーは何をやってんだって話ですよ!?」
「は? お前、何言ってんだ?」
だが、苛立ち紛れの私の言葉をヒロミチさんはさも意外そうな口調で返してきた。
「他の連中は母艦に取り付いた敵突撃艇の排除をやっているに決まってんだろうが」
「え゛……?」
「もしかして、お前、ゾフィーさんの後退支援にかこつけて多数に無勢の状況にわざと飛び込んでいたんじゃないのか?」
ヒロミチさんの言葉に慌てて後方カメラの画像を拡大表示させてみると、拡大された母艦ポチョムキンは、つい先ほどまでその艦体至る所に突き刺さっていた矢のような細長い突撃艇がそのほとんどがポッキリと折れている。
「俺たちはまたお前が面白そうな事やってなって付き合ってんだけど、あれ? もしかして違うのか?」
「……サンタモニカさんは?」
「わ、私はライオネスさんが独りで前線を構築するつもりなのかとお手伝いするつもりで……」
「マジかよ、2人とも……」
どうやらここで奮戦して味方機を引っ張ってこようと思っていたのは私とサンタモニカさんの2人だけのようで、ヒロミチさんとクリスさんは私がわざわざ激戦地に飛び込んで楽しんでいると思ったようで付き合ったくれていた様子。
「ふぁッ!? ライオネスさん、冗談キツいさ~!?」
「ふ、2人とも意外と考え方がイカつぃのな……」
「それに付き合わされる側の事も考えてほしいものね」
キャタ君たちに至っては鬼軍曹にケツを蹴り飛ばされて最前線に放り込まれてきた形。
敵と戦いながらも非難轟轟である。
さて、となると、だ。
実の所、最前線でバチバチやりあっていた私たちと、母艦周辺で敵突撃艇とその護衛を相手に戦っていた味方プレイヤー。
どちらが戦局の寄与していた事になるのだろうか?
もちろん私たちがやっていたゾフィーさんの後退支援がまるっきり無駄なわけではない。
温情主義的にも単機で戦場を荒らしまわった功労者である彼女を助ける事はやって然るべきであろうし、実際問題、補給を済ませて再び戦場に彼女と鎧武者が姿を現したならばその影響力はけして小さなものではないだろう。
それに後退するゾフィーさんに連られてこちらに向かってきていた敵の大部隊の障壁として私たちがいなければ、母艦周辺で敵突撃艇の排除に当たっていた味方にも多大な損害が出ていたかもしれないのだ。
では、私たち以外のプレイヤーがやってきた事の結果は?
その答えはすぐにマップ画面への追加情報とけたたましい警報音によってもたらされた。
それが何か認識する前にヒロミチさんの怒声が飛ぶ。
「艦砲射撃、来る!! けして“回廊”には入るなよ!? ウライコフの艦砲射撃はエゲつないぞ!!」




