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46 集結

 目指すは後退をはじめたゾフィーさんと第8格納庫との中間地点。


 両脚はペダルをベタ踏み。

 耐Gシートでも殺しきれないような強烈な加速度に身を苛まれ、小刻みながら力強い振動に操縦桿を握る手が痺れて離してしまいそうになるのを堪えながら遮二無二ただ加速し続けた。


「お姉さん! ちょ、ちょっと待って!!」

「マモル君は後から付いてきなさい!!」


 艦橋上を飛び立ってしばらくはケーニヒスに追従していたニムロッドが遅れ始めると通信でマモル君の泣き言が言ってくる。


 しょうがない事なのかもしれない。

 マモル君の生来の性格に加え、ニムロッドのパイロットシートの耐G性能はケーニヒスに劣るのだから、彼がアクセルを緩めてしまったとしても責める気にはなれなかった。


 格闘戦機故に敵機との衝突を考慮されて設計されたケーニヒスは高い耐G特性を持つ。おまけにフレームも頑強。

 高い基本性能を有するサムソン製の機体といえど細身で華奢なニムロッドとは機体ランク以上にGに対する耐性に差があるのだろう。


 むしろマモル君が私の近くが安全地帯だからと無理して付いてくれば負荷に耐えきれずに空中分解してしまいかねない。

 ……まあ宇宙で空中分解というのもおかしな話かもしれないが。


 私はただただケーニヒスの性能を頼みにして独り宇宙を駆け抜けていく。


「ゾフィーさん!! 後は私がッ!!」

「助かる!!」


 やがて彗星のように青白い尾を引いて飛来してくる黒い機体が見えてくる。

 そして、その黒い鎧武者を追う無数の赤い光条も。


 私のケーニヒスとゾフィーさんの鎧武者がすれ違うのは本当に一瞬。瞬きしていれば見逃してしまっていたであろうほどの刹那の時間であった。


 その僅かなタイミングで私たちは言葉を交わし、黒い鎧武者は駆け抜けていく。私も止まらない。


「……蜂の巣をつついたな騒ぎじゃない?」


 散々に戦場を暴れ回っていたゾフィーさんのHuMoを追ってきていた敵機はゆうに100機を超えている。


 それだけの敵機が迫ってきているただ中に飛び込んでなお、私はゾフィーさんにこの場を任された事を誇りに思っていた。


 幸い後ろは母艦ポチョムキン。味方機も続々と戦場に姿を現している以上は後ろに注意を払わなくともいいというのは戦い易い。


「まずはッ……!!」


 私は自分を奮い立たせるように叫びながら手近の3機小隊に狙いを定めてライフルを向ける。


 その瞬間、密集体形であった敵小隊が散開。

 だが私のライフルを警戒してというわけではなさそう。それどころかむしろ逆。

 私から注意が逸れて容易く私のレティクルに入ってくるという有様。


 何が? と思った瞬間に私はその答えを見つける事ができた。


 メインディスプレーの一部に小さく表示されていたウィンドウには後方カメラで捕捉させていたゾフィー機を映し出していたのだが、つい一瞬前まで背を見せていた鎧武者が振り返ってライフルを構えていたのだ。


「ナイスアシスト!」


 敵さんもゾフィーさんの鎧武者型が装備しているビームライフルの威力のほどは痛いほどに分かっているだろう。


 私だってホワイトナイト・ノーブルがこちらにライフルを向けているとなれば敵小隊と同じようになりふり構わずに回避行動を取る。


 ゾフィーさんは敵の恐れを利用して交戦を始める直前の私をサポートしてくれたのだ。


 鬼神のような戦いぶりを見せていたゾフィーさんが一転して後退を始めたのだ。

 敵だってこれが補給のための行動だというくらいは分かっているだろう。


 マトモに考える頭があるのなら後退を始めた時点で完全に弾切れだとどうしていえるだろうか?


 事実としては鎧武者はライフルを構えて見せただけ。

 敵が散開したタイミングでまた身を翻してポチョムキン目指して後退を再開していたのを考えるに残弾は完全にゼロなのだろう。


 敵はゾフィーさんのブラフに引っかかってしまったというわけだ。


 自分からレティクルに飛び込んできた敵機に私はトリガーを引き、あっという間に敵機は蜂の巣となる。


「今のは……、『GG-レガス』? ランク5の機体の割に撃たれ弱いわね。まあ敵専用の機体だからという事かしら? なら……!!」


 さらに私はペダルを踏み込んで別の敵機へと狙いを定める。


 もう1機の敵へライフルで牽制射撃を加えながら目標の敵機へと接近。

 敵機の頭部を蹴り飛ばすとゴルフのティーショットのように宇宙の彼方へ頭部ユニットは飛んでいく。


「次ぃぃぃッ……!!」


 先の連射で弾倉は空。

 だが今も続々と他の敵機が迫ってきている現状、弾倉交換は後回しだとそのまま3機小隊最後の敵機へと私は一直線に向かっていく。


 敵もライフルを構えようとするが、すぐに間に合わないと察して銃を捨てナイフを抜こうとするも、まだ遅い。


 敵機が背に手を伸ばしてナイフに手を伸ばしたタイミングでケーニヒスの拳が敵の胸板を貫いていた。


「チィっ!? 調子に乗り過ぎたか……」


 狙い通りに敵機をワンパン撃破。

 だが、想定外の結果を生むほどにやり過ぎてしまった。


 コックピット内を赤い警告灯が点滅しながら照らし、警報音が鳴る。

 サブディスプレーを見ると腕部から肩部にかけて機体フレームにダメージが入ったようだ。


 幸いにもダメージが入っただけで機能損傷は無い。普通に腕部は動くしライフルの弾倉交換をさせてみてもそのような精密動作にも問題は無い。


 あまりに速度を付けた状態で敵機を殴ってしまったためにケーニヒスの堅牢なフレームでも受け止めきれないような衝撃でダメージを追ってしまったというわけだ。


 まだ敵はわんさといるのにただ一撃、たった1機の敵機と引き換えに2,000のHPの喪失は割に合わない。

 さすがにこれには私も反省だ。


 さらに……。


「ライオネス!! 後ろだッ!!」

「えっ……?」


 不意に入ってきた通信に慌てて機体を振り向かせると、そこには頭部を失った敵機がこちらにライフルを向けてきている姿が映し出される。


 さきほどサッカーボールのように頭部を蹴り飛ばした敵機だが、頭部を喪失しただけで撃破しきれていなかったわけだ。


 だが、その敵機のライフルの火線が私に微修正して届く前に2発のミサイルが後方から飛んできて命中。


 今度こそその敵機は完全に撃破されて爆散する。


 こつん、こつんと爆発した敵機の破片がケーニヒスの装甲を叩く音とともに高速の何かが私の傍らを通り過ぎていく。


 それはミサイルでもなければ人型のHuMoでもなかった。


「よう! 随分とトッポい事してんな! 俺も仲間に入れてくれよッ!!」

「ヒロミチさんッ!?」

「他の皆もいるぜ!!」


 それは人型ではなかったが、HuMoであった。


 私も良く知る塗装パターンの戦闘機型HuMo、飛燕である。


 私を超高速で通り過ぎていった飛燕は迫る敵部隊へミサイルを発射して旋回。

 機体の腹部に折り畳んでいた脚部を展開し、脚部スラスターを噴射。

 ただの航空機ではけして不可能な推力線は急速な旋回を可能とするものの、それだけに猛烈な減速を伴うものであった。


 そこを狙っていた敵機がただ1発の砲弾で爆散。


 側面を向けていた敵機の腕部から入った砲弾はそのまま胴体を貫き、さらに逆の腕部をも粉砕して抜けていった。


「ジーナちゃん!? それにサンタモニカさんにトミー君も!!」

「私たちも手伝いますわよ!!」


 砲弾が飛んできた方へ視界を向けるとそこには宇宙空間で小刻みにスラスターを噴射して姿勢制御を試みるコアリツィアと、主砲発射で姿勢を崩したジーナちゃんの機体の両脇で護衛を務めるニムロッドU2型と紫電改の姿が。


 さらにその後方にはスカイグレーのニムロッドまでいた。


「無いわ~……」

「お、お姉さん……?」

「いや、後から付いてこいって言ったのは私だけどさ。無いわ~……」


 途中まで私と一緒に飛んでいたマモル君がヒロミチさんやサンタモニカさんたちと一緒に来たって事は、このガキ、担当プレイヤーである私と合流する事を遅らせてまで安パイを取って知り合いと一緒に来たって事だろう。


 とはいえ右後方にはクリスさんたちやキャタ君たち4機に加えてヒロミチさんとこのアシモフの機影も見える。

 これで全員集合といったところか。


「それじゃ気を取り直して……」

「そうだな!」

「ええ、醍醐味というヤツでごぜぇますわ!」


 私たちが揃って11機。

 それでゾフィーさんほどの働きはできないだろうが、それでもできる事がある。


 私たちは最前線。

 敵は数十倍、数百倍。


 それでも私たちがここで奮戦すれば後ろで芋ってる味方を前線に引っ張ってくる事ができる。


 11機でゾフィーさん並みの事ができないのならば、数百機の味方プレイヤーを引っ張ってくればいい。


 なるほど、これは確かにサンタモニカさんが言うようにネトゲの醍醐味というヤツかもしれない。

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