45 最強の機体の弱点
それは考えてみれば当然の事であったのかもしれない。
飛び飛びになっていた視界は数分もしない内に徐々に収まっていった。
「うん? いくらかフレームレートの低下が収まってきた? 現在は90から160くらいの間をいったりきたりってところでしょうか……」
マモル君は何が何やらと不思議そうな声ではあるものの、ゲームプレイに支障があるような視界のカクつきが安定してきた事で安堵したような色を覗かせてもいる。
「まっ、そりゃそうでしょうよ……。アレはたぶんあの人が機体を最大限に稼動させなきゃ起こらない事象だと思うわよ?」
私は宇宙を所狭しと暴れ回る黒い鎧武者から視線を外すまいとしながら応える。
視界が飛び飛びになったように感じるほどのフレームレートの低下がゾフィーさん、いやカーチャ隊長がホワイトナイト・ノーブルやかの機体と同等の機体を全力で稼働させた際に発生する事象という仮説が正しいというのなら、それがいつまでも続けられるわけでもないというのは自明の理。
何も彼女が戦闘の手を抜いているわけではない。
今も宇宙よりも黒いHuMoは漆黒の刃を振るって迫る敵を切り伏せ、敵中に飛び込んでは次々と撃破していく。
大小の太刀を両の手に携えた武者は旋風のように身を回しながら四方から取り囲もうとしてきた敵小隊を一瞬で撃破してみせる手際などは惚れ惚れするほどだ。
切る。
斬る。
KILL。
だが悲しいかな、つい先ほどから黒い鎧武者が使っているのは太刀のみ。
2、300mはあるような小型艦を真っ二つに切り裂くような超大火力のビームライフルも、高レートで高貫通の徹甲弾を撃ちまくるアサルトライフルも今は使ってはいない。
弾切れ、である。
いかにあの黒い鎧武者が強力な機体であろうと、私のホワイトナイト・ノーブルと同等同格の機体だという推察が当たっているならば、あの機体はけして継戦能力が高いものではないハズ。
そもそもがホワイトナイト・ノーブル自体、都市防衛用の機体なのである。
早い話、自拠点内で強力な味方部隊とともに犯罪者相手に戦うのならば補給について神経質に考えられていないのだろう。
……まあ、だったらなんであんなに馬鹿みたいな火力を持っているんだ? という話になるのだが。
今はその話は置いておくとして、結果的にあの黒い鎧武者は弾切れによって行動に制限がついてしまった。
敵の攻撃を回避しつつ、あるいは敵との距離を詰めながら弾倉を交換する動作は不要になり。
ライフルと太刀を持ち帰る動作も必要ない。
例のフレームレートの急激な低下は、カーチャ隊長とノーブルの全力稼動がもたらすものだとするならば、ゲーム機の描画能力、処理能力をギリギリで越えるものであったのだろう。
弾切れによって近接戦闘しかできなくなった今、例の現象は発生の条件を満たさなくなったというわけだ。
「現在200FPS以上、さらに回復傾向です」
「んん? すぐに回復しないのは気になるけど、そんなモンなのかしらね?」
そして今まで艦橋直掩という体で一休みさせてもらっていた私たちにも出番が回ってくる。
「ライオネスさん、よろしいですか?」
「はいはい」
艦橋からのレーザー通信。
サブディスプレーに映し出されていたのは目が覚めるほどに美しいブロンド美女であった。
「傭兵ゾフィーより補給要請が入りました。機動部隊長はこれを了承。ライオネスさんたちにはゾフィーさんの着艦を他の傭兵たちと協力して支援してください」
「……了解」
あの黒い鎧武者が継戦能力が低いというのは私の予想通り、いや私の予想以上であったようだ。
ゾフィーさんの戦いぶりを見逃すまいと鎧武者型ばかりを見ていたから気付けなかったが、いつの間にかコンテナを背負った紫電がゆっくりと私のマモル君の機体へと接近してきていて、コンテナから伸びたアームの先にはケーニヒスとニムロッド用の弾倉が取り付けられていた。
私とマモル君は弾倉を受け取って機体のハードポイントに取り付けるが、このように弾が無いだけなら補給機タイプから受け取る事ができる。
なのにゾフィーさんがそれをせずに一時帰投とは、即ち弾薬以外にも推進剤やら冷却材やら色々と足りなくなってしまって格納庫での整備と補給が必要という事なのだろう。
ゾフィーさんの戦闘開始からまだ30分ほどしか経っていないというのに、それほどの消耗とはさすがに予想外。
とはいえ、その30分の間に彼女が単騎で挙げた戦果は筆舌に尽くしがたいほど。
周囲を見回してみると、既に多数の味方機が発艦して母艦周辺の安全はほぼ確保されている状況。
これから反撃のための攻勢に討って出るというタイミングだろうか?
コンテナ付きの紫電に続いて艦橋に接近してきた重装甲タイプのウライコフ正規軍機に艦橋の直掩を任せて私とマモル君は前へと出る事にしよう。
「マモル君、出るわよ!」
「味方機と足並みを揃えた方が……」
「護衛対象が最前線のド真ん中にいるんだから、私たちも行かなきゃ守れないでしょうが! それに味方だって私たちが前に出れば続いてくるわよ!」
「ええ……」
味方機は母艦周辺をうろちょろして後続の味方を待ったり、遠くの敵に狙撃を試みたりといった現状。
味方機も続々と発艦しているとはいえ、未だ敵の方が数的に圧倒的に多数の現状ではしょうがないのかもしれないが、気焔を吐いているのはゾフィーさんとクリスさんたちだけといった有り様。
ここは私たちが前に出てゾフィーさん帰還までの道筋を作らなければなるまい。
私は後退しようとするコンテナ付き紫電の肩を掴んで「アンタは次、あっちよ!」とクリスさんたちの補給に向かわせてから艦橋上から飛び立つ。




