44 騎士王の威光
「何か……、暇になっちゃったわねぇ……」
「暇って……。頭、大丈夫ですか?」
マモル君が「頭イカれてんのか?」と言いたくなるのも分からないではない。
私のケーニヒスとマモル君のニムロッドは推進剤を温存するために艦橋の上に着地し、接近する敵機やらミサイルやらの警戒をしていたのだが、ゾフィーさんの黒い鎧武者タイプが宇宙をキャンバスに青白いスラスターの噴炎やら紅蓮のプラズマビームを塗りたくって極彩色の絵画を作り上げていくのをただ見ているのと同じ事であった。
私のケーニヒスの右隣でニムロッドは膝立ちの状態でライフルを構えている。
それは射撃精度を上げようという意図以外にも、少しでも被弾面積を小さくしようというマモル君なりの工夫が見られて私は苦笑した。
「流れ弾って知ってますか? 僕はいつ弾やらビームやらが飛んでくるんじゃないかって冷や冷やしてるんですから!」
「って、言ってもねぇ……」
私から言わせてもらえれば、その時はその時だ。
ウライコフ艦隊では私たちが乗り組んでいるポチョムキン以外の他の艦も敵の奇襲を受けているのだが、密度の薄い対空砲火がか細く撃ちあがってはいるし、小型や中型の艦では敵が乗り込んできていない艦もあるようで、そのような艦はなんとか戦局を打開せんと猛烈な弾幕を展開して、敵味方が砲弾やらミサイル、ビームの応酬を交わしている。
そのような状況下では確かに流れ弾の心配は必要なのかもしれないが、そもそも自機をロックして放たれた弾ではないのだから警戒のしようがないのではないか?
そんなわけで艦橋の直掩を任された私たちとしてはこの場を離れるわけにもいかず、マモル君のように無駄な神経を擦り減らすよりかは暇を持て余してゾフィーさんの妙技に見惚れている方が精神衛生上好ましいと思うのだ。
「太陽の方向、接近してくる中隊規模! コイツは私らが貰うよ!!」
「うむ! 任せたッ!!」
「オラっ! とっとと動け、ガキども!! 標的になりたいのか!?」
「ひえっ!? じゅ、16機もいるさぁ~!?」
艦橋の直掩を任された私たちとは違い、クリスさんとキャタ君たちは自由に動き回っての敵と戦っている。
さすがはクリスさんというべきか。
ただ1機で戦線を構築しているかのような鬼神の如き戦いぶりを見せるゾフィーさんに対し、クリスさんは機体の性能が劣っていてもけして「食べ残しをかすめ取ってポイント稼ぎしている」と呼べないような効果的な戦い方をしている。
牧羊犬が羊を誘導するようにキャタ君たち3機を指揮して、少しでもゾフィーさんが動き易いよう戦い易いような位置取りを意識している感じ。
こちらはこちらで参考になる。
「突っ込めって! 突っ込めって言ってんの!!」
「ひえぇ~……」
「お前は何のために2丁持ちしてんだ!? メリハリ付けて弾バラ撒けって!!」
「う、うん……」
「オラ! 制圧射撃ぃッ!! 遅ぇよ!?」
「わ、分かってるわよ……」
……まあ、何で鬼軍曹キャラみたいな事になってるのかは分かんないけど。
それでもパイルバンカーを装備して格闘戦では強力な一撃を持つキャタ君に、サブマシンガン2丁持ちで近距離の瞬間火力の高いパス太君、大口径砲からの炸裂弾で敵の密集体形を解除する事のできるパオングさん、それぞれの機体の特性をよく把握し、上手くクリスさんが指揮する事でキャタ君たちの戦闘力は数倍になっているかのように思えるほどだ。
それにクリスさん自身も強い。
新機体のナイトホークを借り、敵集団とキャタ君たちとの間を飛び回っては3人の隙を突こうという敵を防ぎ、敵中隊の要を潰している。
それでも、それでもだ。
1個小隊で中隊規模の敵を完封しようとしているクリスさんをしてもゾフィーさんの鎧武者と比べてしまえば色彩を欠くとしかいいようがないほどなのだ。
性能の優劣があるのは分かっている。
ハッキリと口から出して言う事はできないものの、私の頭の中では黒い鎧武者はあのホワイトナイト・ノーブルとほど同格の図式が出来上がっているし、その機体を駆るゾフィーさんもただ者ではない事は本能で理解させられてしまっていた。
「何なのよ、あれ……。んっ……?」
その事象に最初に私が気付けたのはクリスさんやキャタ君たちのように必死になって戦っているわけでもなく、マモル君のように神経を研ぎ澄ませて来るかどうかも分からない流れ弾を見張っていたわけでもなく、ただ純粋にゾフィーさんの戦いぶりに見惚れていたからだろう。
黒い鎧武者は機体各所のスラスターの噴射に緩急を付けて、宇宙を縦横無尽に駆け周り、腰に佩いた大小の太刀とバックパックのスウィング・アームが低位置の2丁のライフルを臨機応変に持ち替えて戦っている。
4種の兵装によりあらゆる距離で戦う事ができるオールラウンダーでありながら、敵の注意を自分に引き付けるためかゾフィーさんは太刀を用いた接近戦と高出力ビームライフルでの遠距離戦を好んでいるようだ。
その時もまたあっという間に敵機との距離を詰めた時にはもう既に太刀は振り上げられていたのだが、その次の瞬間には敵は一刀両断。頭頂部から唐竹割にされて爆散。
しかし私は太刀が振り下ろされる瞬間を見てはいない。
私が「え?」と瞬きでもしてしまったかと自問していたその瞬間に黒い鎧武者は次の獲物めがけてスラスターを吹かして飛び去っていってしまっていたのだが、そのタイミングも私には見えなかった。
「しゅ、瞬間移動!? まさか!?」
私は脳裏に思い浮かんだ言葉を即座に否定する。
だが私の目の前で起きた事象はそう表現する他ないだろう。
だが、そんな私を嘲笑うかのように今度は敵に太刀を振り降ろして切りかかった鎧武者が、その次の瞬間には敵に太刀を振り上げて斬り捨てていたのだ。
何て事はない。ゾフィーさんがやったのは敵が突き出してきたビームソードに対して太刀を振り降ろして敵機の腕部を断ち、そのままさらに間合いを詰めながら返す刀で振り上げながら敵機の胴を逆袈裟に斬ったのだ。
だが、その要所要所が私には見えなかった。
今度は意識して瞬きしないように黒いHuMoの姿を追っていたのにだ。
「どういう事よ……」
その事象を最初に知覚したのは私。だがそれを最初に理解したのはクリスさんであった。
あまりに不可解な出来事に茫然と呟く事しかできなかった私に対し、クリスさんは苦々しく悪態を吐きながらもキャタ君にまがりなりにも対応策を伝えていたのだ。
「チィ! クソがッ!! フレームレートが落ちてやがる! おいガキども! しっかりと敵と自分の未来位置を予想しろ! 慣れない内は不意討ちでもできない限りは接近戦は避けろッ!!」
恐らくクリスさんが知覚した現象は私と同じなのだろう。
私がゾフィーさんの動きを追いきれなくなったのと同じように、彼女は自分自身の動きの瞬間瞬間が飛んでしまっている事に気付いたのだ。
私もふと思いついてメインディスプレーから目を離してコックピットで自分の腕を思い切り上下に振ってみるが、やはり同じ。瞬きなんてしていないのに視界が飛び飛びになってしまっている。
「……マモル君、フレームレートって何かしら?」
「え、何です、いきなり? ええとフレームレートってのは……。ああ、そうだ、FPSって分かりますか?」
「ふぁーすと・ぱー・しゅーてぃんぐ?」
「そっちはゲームジャンルを指す言葉ですね。この場合はフレーム・パー・セカンドって意味で、1秒に画像が何回切り替わっているかを指す言葉です」
マモル君が言うにはゲーム機が処理した画像を1秒間に何回も動画を脳内に電気信号として送り込む事で私たちはゲームの世界を連続した映像のように知覚する事ができるのだそう。
たとえば1秒間に60回、画像が切り替わっているのなら60FPSという事になる。
「このゲームの場合は大体300FPSくらいなんですが……、んん!?」
「どうしたの?」
「さ、30FPSくらいになってます……」
「10分の1じゃないのよ。そんなんある?」
今までどこから来るか、そもそも来るかどうかも分からない流れ弾を警戒し続けるあまりに私の独り言やクリスさんの言葉を聞き逃していたマモル君が面倒臭そうに説明しつつ、不意に驚愕の声を上げた。
今さらこの現象に気付いたのかと呆れると同時に、ユーザー補助AIである彼からしてもこの現象は異常事態であるらしい事が分かる。
「お、おまけに30FPS固定じゃなくて凄いブレ幅がある。こんなんじゃ視界がカクカクでしょうよ!?」
「そうね。だからそういう話をしているのよ」
なんというか他人が狼狽えれば、逆に自分は冷静になってしまうみたいな減少だろうか。
あるいは原因不明の現象が、問題は解決していなくともどのような現象か理解できれば少しは気が楽になってしまうような心境?
「まあ、何というか“犯人”も“黒幕”も大体は想像がつくわ」
「犯人と黒幕……? それぞれ別の者だと?」
「多分ね。根拠も何も無いのだけど、多かれ少なかれそうでしょうよ」
マモル君の声色は彼がニムロッドのコックピットであたふたしているのが余裕で想像できるようなもので微笑ましくなってしまうが、同時に私はとてつもない脱力感をも感じずにはいられなかった。
このゲームはまるでもう1つの現実感が存在しているかのようにリアルなもので、私はついついゲームの世界にいるという事を忘れてしまうほどであっただ。
このようなリアルな仮想現実を作り上げるのに心血注いでいた人たちが、このような急激なフレームレートの低下などという不具合を許すだろうか?
本来であれば許すハズがない。
ならば私たちが直面しているこの現象。これは不具合などではなく意図的に許された状況という事。
誰が?
当然ながらそれは姉さん。
いや姉さんたち開発チームが仕組んだ事なのだろう。
別に姉は開発チームのトップというわけではない。あくまで数名いるディレクターの1人に過ぎないのだ。
それでも私の脳裏に姉ののほほんとした笑顔が思い浮かんできたのは、この現象のトリガーである犯人についても想像がついていたからだ。
「さっき、キャタ君はゾフィーさんの事を『カーチャさん』って言っていたわよね? そしてホワイトナイト・ノーブルと同格の機体……」
姉が自分の理想を追い求めてホワイトナイト・ノーブルを作り上げたのはよく知っている。当然ながらそのパイロットであるカーチャ隊長についても同じ。
ノーブルに対して偏執狂的に入れ込んでいた姉の事である。
どうしてもノーブルを負けさせたくなくて、カーチャ隊長にゲーム機の処理能力の限界を越える操縦技能を持たせてしまったと考えれば納得ができるのではないだろうか?
ゲーム機の処理能力の限界を越える操縦技能を持つパイロット、そしてその操縦に応えてしまう機体。
その2つが組み合わさった時に急激なフレームレートの低下を招き、それがノーブルとカーチャ隊長に敵対するプレイヤーを不利な状況へ追い込む。
「こんなモン、仕組んでやがったのか……」
この時の私はまだ知らなかったが、これこそが本来の意味での特殊コード。
カーチャ隊長とホワイトナイト・ノーブルの組み合わせでのみ発生する「騎士王の威光」と呼ばれるものであったのだ。




