43 宇宙《ソラ》よりも黒く
宇宙戦争の最中に現れた鎧武者があまりに場違いで気付かなかったものの、その機体のパイロットの声は聞き覚えのあるものであった。
「下がっていてくれ」
「貴女は……!?」
華やかさと凛々しさの両立している女性の声。
黒い鎧武者から入ってきた通信、そのパイロットの声は聞き間違えるはずもない。
あのゾフィーさんの声であった。
「幸い、ウライコフの艦船の構造についてはそれなりに詳しいんだ!!」
鎧武者型のHuMoは腰に佩いていた太刀の鞘から小柄というのだろうか?
小型のナイフを抜き放つと艦橋の側面に回り込んでそのまま刺し込んだ。
「なっ、何を……!? って?」
わざわざ艦橋に拳を叩き込む寸前の私を止めておいて、自分で小刀を突き刺すだなんて何を考えているのだと焦るが、装甲ガラス越しに見える艦橋内部にはざっくり根本まで刺し込まれた鎧武者の刃は見えない。
「艦橋を制圧されたらマズいというのは分かるがね。何も艦橋の方を破壊する必要はないだろう?」
「それじゃあ……」
一体どのような作用によるものなのだろうか?
ゾフィーさんの鎧武者型は盛大に飛び散る火花で宇宙を照らしながら宇宙空母の艦体を装甲ごとバターのように容易く切り裂いていく。
やがて四辺が切り裂かれると鎧武者型は一度、小柄を引き抜いて、2m四方ほどの正方形の中心に刃を突き立てる。
再び小柄が引き抜かれた時、刃には切り取られたポチョムキンの壁面が張り付いていて、エアロックも無しに急に真空の宇宙空間に曝されたため艦内の空気とともに20人ほどの敵兵も吸い出されていった。
別に推進力があるわけでもないが、かといって一度付いてしまった慣性を減速させるだけの何かがあるわけでもない敵兵たちは哀れそのまま宇宙の藻屑と化した。
あまりにも鮮やかな手際。
私の近くに来てから再び移動し、当たりを付けてポチョムキンの壁面の切断作業を開始して敵兵を排除するまで10秒もかかっていない。
「まっ、これで艦橋の連中は艦橋内に閉じ込められてしまったわけだが、後は急場を凌いだ後でダメコン要員が応急処置すれば良いってわけだ」
「凄いっスね……」
「惨いと思うかね?」
「別に……? 精々、敵兵の断末魔が聞こえなくて良かったって思うくらいです」
あの黒い機体のパイロットがあのヘンテコな仮面を被ってはいるが親しみ易い性格のゾフィーさんだという事は分かっている。
それでも私の口から出たのは敬語であった。
ここは完敗を認めざるをえない。
発想の転換とでもいうのだろうか?
私が艦長たちを自分の手にかけるのかどうか悩んで自分の肉体が焼かれるかのように苦しんでいた時に、ゾフィーさんは敵兵の方を排除してのけたのだ。
ここは彼女の発想力に完敗を認めざるをえないだろう。
まあ、頭脳の柔軟さで負けたとしても仮に彼女と1対1で戦ったとして負けるとは思えなかったのだが。
未だ艦隊は敵の奇襲の混乱の最中。発艦できた味方機は極めて少ないというのに敵はわんさか。
この借りはこれからの戦いの活躍で返すとしよう。
「艦長、そちらは……?」
「あ、ああ。幸いなのか、あの黒いHuMoのパイロットが狙ってやったものかは分からないが艦橋から艦内へ指示を出すための通信網の配線は全て無事。反撃開始といこうじゃあないか?」
「ええ、もちろん!」
「疲れた後の1杯は美味いぞ」
「……ノンアルコールでお願いします」
通信で艦長に声をかけながら艦橋内を覗いてみると、艦長のみならず環境要員皆揃って意気揚々と動き回っている。
つい先ほどまでの生還をとうに諦めて戦死に最後の名誉を求める死兵など1人としていない。
艦橋内のウライコフ兵たちは梅雨明けに久々にドッグランに連れてきてもらった犬がスタミナが尽きるまで走り回るように己が職務に邁進して生の実感を得ているかのようであった。
こうして私と通信している艦長さんだってハンドサインで部下に指示を飛ばしているくらいなのだ。
「それじゃ、私も自分の仕事に……」
「あ、ちょっと待ってくれたまえ」
一安心して、じゃあ私もイベントの貢献値稼ぎでもしにいきますかと思ったところで艦長さんに引き留められる。
「ウチのパイロットが出てくるまで、ライオネス君とマモル君には艦橋の直掩に回ってもらいたいんじゃが」
「……マジで?」
「ふむ。となるとライオネスさんとマモル君の2機が艦橋防衛の最終防衛ラインとなると、私たちはその手前で迫ってくる敵を減らす事にしようか?」
「私たち……?」
なんと、ゾフィーさんに遅れを取り、私だってやれるんだぜぃ! と戦闘で名誉挽回と意気込んでいたところなのに艦長さんは「お前はそこで待機!」みたいな事を言いだしたのだった。
話が早いというのか、ゾフィーさんはその流れで話を進めているし、マモル君も「そうしましょう! そうしましょう!」と乗り気である。プレイヤーの稼ぎを邪魔しようってユーザー補助AIがいるってマジ?
だが、それよりも気になったのは……。
「お~い! カーチャさん、速すぎさぁ~!!」
「ったく、何なのよ! そのHuMo!?」
「だが、話は聞かせてもらったぜ!!」
「やれやれってところか、災難だな、おい!」
新たに艦橋に接近してくる4機のHuMo。
青白いスラスターの噴炎に、敵味方識別信号でも味方と判別されているが、正直、そんなもの見なくても分かる。
先頭は細身の夜間迷彩の機体、クリスさんのナイトホーク。
それに続くのはパイルバンカーが特徴的なキャタ君のロジーナに2門の短砲身砲を背負った重厚なパオングさんのオライオン・キャノン、サブマシンガン2丁持ちのパス太君の紫電改が続く。
「みんな! ゾフィーさんの護衛は成功ね! ……てかカーチャさんって?」
「話は後だ。ライオネスさん、先駆けご苦労様。少しそこで休んでいるといい。君たちには私たちが鼠1匹近づけはせん」
ゾフィー・カーチャ? カーチャ・ゾフィー?
正直、私にはどっちがファーストネームで、どっちがファミリーネームなのかは分からないが、そんな感じの名前なのだろうか?
そんな私の疑問など放っておいて黒い鎧武者はケーニヒスのすぐ横を通り過ぎて加速していく。
「敵機動部隊、急速接近中! ……10、……20、……30。まだまだ増えてますよ!? え、援護射撃を!!」
「だ、駄目! あ、あんな動きをされたらゾフィーさんに誤射するかも!!」
黒いゾフィーさんの機体は際限が無いかのようにどんどんと加速していき、やがて容器の中に閉じ込められたプラズマのような無秩序で不規則な回避行動で宙を飛び回りはじめる。
かの黒い機体が大出力のスラスターを持つが故に鎧武者が引く青白い尾も大きく長く、それ故に彼女の機体を視界から見失う事こそなかったものの、あまりにせわしなくあちこちを動き回るためにその内に動きを追っているこっちが首の筋を痛めてしまうのではないかと思ってしまったほどだ。
しかもゾフィーさんはただ敵の攻撃を回避するためだけに動き回っていたのではない。
いつの間にか小柄は仕舞われていて、両手には2丁のライフルが握られていた。
左手のライフルが火を吹けば、その度に敵機が火球となって黒い宇宙を明るく照らし、そして右手のライフルから発射された時、光の奔流のような火線が生じて目も眩んでしまうほどであった。
「なっ……!? アレは……、ノーブルのビーム……ライフル……!?」
「まさか!?」
「貴方だって、1度はアレに焼かれたでしょう!?」
「でも、ホワイトナイト・ノーブルのビームライフルは、あの機体の専用装備のハズです。ゴロンゴロンコミックスに書いてあったから嘘じゃないです!」
以前に見た陽炎の胸部ビーム砲も大出力のものではあったが黒い鎧武者のビームライフルはそれとも違う。
陽炎よりも見るからに大出力で、高収束。
私だって、ホワイトナイト・ノーブルのビームライフルが専用装備なのは児童マンガ雑誌のソースを持ち出されなくたって百も承知だ。
だが、だがだ。
ならばアレは何なのだ?
私の本能はゾフィーさんの機体に宿敵の影を感じ、理性はそれを否定する。
堂々巡りの自問自答を繰り返すも答えなど出るハズもない。
そして、そんな私の疑問を嘲笑うかのように再び鎧武者型が右手のビームライフルが火を噴いた。
HuMoも、小型艇も、宇宙戦闘機も、ミサイルも、あの暴力的な光の渦に触れれば全てが一緒くたに火球と化して宇宙を照らす照明弾となる。
黒い、黒い宇宙の中で、黒くいられる事を許されたのはあの鎧武者だけであるかのようにゾフィーさんの黒い機体は全てを焼き払っていく。




