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42 黒騎士

 敵からの射線を局限するために私は母艦スレスレを飛行していると、目標はすぐに見えてきた。


 私たちの母艦である宇宙空母ポチョムキンに取り付いた敵小型艇は翼の無い輸送機が腹にコンテナを抱いているかのような外見のものではあったが、出港時の鏃のような流線形の艦形を知っている身からすれば、それは美しい艦を汚すグロテスクな寄生虫のようにすら思えた。


「僕がやりましょうか!?」

「いえ、無抵抗の小型艇相手に弾なんて使ってられないわ!!」


 先の高機動タイプとの戦闘でライフルの砲弾をいささかバラ撒き過ぎてしまった事に気を使ってか、攻撃目標に指定されたドローンの制御艇を自分が撃破しようかというマモル君を私は制した。


 マモル君だって味方機の発艦支援のためカタパルトデッキ近くのミサイルやら戦闘機やらを撃ち落とすためにライフル弾を使っている。


 だが、かといってやはり自機の弾を使うつもりにもなれず、それ以上にこの次に指示された攻撃目標のせいで苛々させられていた私は、減速もそこそこに敵ドローン制御艇へと着地。


 それはもはや着地なのか踏みつけなのか分からないくらいの勢いで、ケーニヒスの大質量に敵小型艇は耐える事ができずにティッシュ箱を踏みつぶしてしまったかのような脆さで、さらに私は苛立ち紛れにフットペダルやら操縦桿やらを滅茶苦茶の操作して小型艇とその腹に抱かれていたコンテナを蹴り飛ばし、殴り飛ばしていた。


「……分かってはいたけど、優先攻撃目標ってのは強い敵ってわけじゃあないのね」

「強い敵というよりかは厄介な敵って方が近いんじゃないですかね? 現にこんなに脆弱な小型艇も、この艇で制御されていた自爆ドローンで艦内の味方は四苦八苦してたんでしょうから」

「そういう事なんでしょうねぇ。って事は……」


 炎上し、小爆発を起こしている小型艇から離れて私はマモル君とともにボリス大尉から指示された第2の攻撃目標へと向かう。


 たった今、撃破した小型艇や、他にも巨大な艦体のあちこちからは黒煙やら紅蓮の炎が立ち昇っていた。


 真空状態の宇宙で炎やら煙が立ち昇っていくのは、穴の開いたポチョムキンから漏れ出た空気が気流の流れとなっているのだろう。


 紅蓮の炎と黒い炎。

 このゲームの戦場では見慣れたものも今はとても不吉なものに思えた。


 ボリス大尉が指示した第2の攻撃目標、その優先順位は“最優先”。

 ドローンの制御艇なんてこれに比べれば優先順位が2つほど格下である。

 制御艇が第1攻撃目標として指示されたのは、ひとえにこれから行く最優先攻撃目標へ向かう途中にあるから程度の意味合いでしかない。


 そして、それはすぐに私たちの目の前に現れた。


 先ほどの制御艇のように小型のものではないのだから、炎と煙から離れて視界がクリアになればすぐに見えてしまうようなものなのだ。


「……見えた。艦橋……」


 重力の存在故に明確な上下の存在する宇宙空間においては上も下も全ては相対的なものでしかない。


 だが宇宙空母であるポチョムキンにはきっちりと上下の区分けがあるのだ。


 それは艦橋の位置によってである。


 水上艦のように艦橋がある側が上で、その反対側が艦底部というわけだ。


 そして、その艦橋こそがボリス大尉が私に指示した最優先攻撃目標であった。


 なだらかな山の頂上付近から飛び出した構造物。

 2度、3度とサブディスプレーのピンと目の前のメインディスプレーに映る映像を見比べてみてもやはり間違いはない。


 だが、何故?


 何故、自分たちの母艦の中枢たる艦橋を破壊せねばならないのだ?


 その答えは向こうからやってくる。


「おお! ライオネス君だったな……?」

「か、艦長さん!?」


 艦橋付近にいた敵機を私とマモル君で1機ずつ撃墜してすぐ、私たちが煙幕のように立ち昇っていた煙の中から出てきた事でレーザー通信が使えるようになったのか、映像付きの通信が艦橋から直接繋がった。


 そしてサブディスプレーに映し出されたのは疲れ切った表情の老人。


 その老人は私も見知った顔であった。

 居酒屋(リュモチナヤ)でご一緒したこの艦の艦長さんである。


 リュモチナヤであった時も古木の皮のように深く皺の刻み込まれていた老人ではあったが、溌剌とした軍人らしい男ではあった。

 それが今は勲章が幾つも張り付けられた軍服が虚しいくらいに艦長さんの表情はくたびれきっている。


 この短時間で両の眼窩の下には大きなクマが出来ているようにさえ見えるほどだが、艦長は通信の相手が私だと知ると気丈にも笑顔を作ってくれた。


「無事に格納庫まで辿り着いて発艦できたようじゃな」

「ええ。ボリス大尉たちのおかげで……」

「謙遜はいい。どの道、ライオネス君にも力が無ければ彼らに付いていく事もできんじゃろう? ……じゃが、ウチのパイロットたちが傭兵に遅れを取るとはな。ウォッカの度数が低かったかの?」


 あの時、艦長さんは仕事の合間を見付けてリュモチナヤに一杯引っかけに来ていたタイミングで敵の奇襲が始まり、そこでボリス大尉が部下を付けて艦長を艦橋へと送っていたハズ。


 大尉の部下は見事に任務を成し遂げて艦長を送り届ける事に成功したようだが、その大尉が艦橋への攻撃命令を下すとはいったいどういう事なのだろう?


「……ところで、じゃな。君にこういう事を頼むのは心苦しいんじゃが、現在、艦橋のすぐ手前まで敵兵が迫ってきておる」

「え……?」

「当然ながら我々も艦橋への入り口、そこの隔壁を閉めておるのじゃが、敵の情報工兵にハッキングを仕掛けられ、このままでは制圧されるのを待つばかりじゃ。もし艦橋が敵の手に落ちれば本艦は組織的な抵抗の手段を失うばかりか、むしろ逆に敵に利する事になろう」


 通信をしながらゆっくりと艦橋に近づいていくと、艦橋の装甲ガラス越しに内部の様子を窺い知る事ができた。


 一見すると艦橋の中は平穏。いや、今も数多の環境要員がヘッドセットのマイクに何やら怒鳴っている様子やらリストを弾くピアニストのようにコンソールのキーボードを叩いている様子やらを叩いている事からも艦橋の中は中で外とはまた別の戦場なのだろうと察する事ができる。


 やがて接近してきた私のケーニヒスに気付いたウライコフ兵がこちらに向かって大きく手を振ると、その他の者も皆、作業の手を止めてこちらへと手を振る。


 そして艦橋の奥、大仰な椅子に腰かけた私のコックピットのサブディスプレーに映っているのと同じ老人がこちらにウライコフ式の敬礼をしていた。


「ちょ、ちょっと待ってください!? 今からボリス大尉たちをそちらに向かわせます!! 何も艦長さんたちがいる艦橋を破壊しろだなんて!?」

「残念だが、その時間はない。こちらの推定であと2分56秒で隔壁を突破されるようだ」

「だからって……!! 他に手は無いんですか!?」


 艦長たち艦橋要員を脱出させてから破壊するのはどうだ?


 駄目だ。

 艦橋からの唯一の脱出口である扉には見るからに厚い隔壁が降ろされて、その向こうには敵兵がわんさと押し寄せているのだという。


 ケーニヒスで艦橋の装甲ガラスだけを破壊して、そこから艦橋の人たちを外に出すのは?


 これも駄目。

 敵の奇襲が突然であったせいか、艦橋に詰めている者たちは皆、宇宙服なんて着ていないのだ。


 それに第8格納庫付近でやってくるパイロットたちの支援をしているボリスたちが迷路のような艦内を駆け抜けて艦橋まで辿り着くのに3分も無いのではどう考えても無理。


 だからといって味方であるウライコフ兵がウン十人もいる艦橋を、敵に制圧されないためとはいえ私が破壊する?


 できるのか?

 私に?


「ああ、もう! お姉さんがやれないのなら、僕がやりましょうか!?」

「ま、待ちなさい!!」


 スカイグレーのニムロッドが私の隣までやってきてライフルを艦橋へと向ける。


 私は慌ててケーニヒスの手でそれを制するものの、それはただいたずらに時を浪費しただけに終わる。


「残り2分……。それで敵がここに雪崩れ込んできて、そうなったら君も躊躇なく銃爪を引けるのだろうがね……」


 どう考えても艦長たちを助ける妙案なんて急に思いつくわけもなく、私はすでに味方がいる艦橋を破壊する事が自分にできるのか、それともできないのかという葛藤に押しつぶされそうになっていた。


 うだうだと悩み続ける私に対して艦長は、艦長さんだけではなく艦橋にいる誰しもが私に対して優しい笑顔を向けている。


 それが作り笑顔であったとしても、いやだからこそその柔和な笑顔は明確なメッセージとなって私の胸に突き刺さるのだ。


「それでも思うんだ。せめて生きて再びウォッカを呷る事ができないとしても、それならば君のような命の価値を知る者にこそ、人生の幕引きを飾ってほしいとね。酷な頼みで申し訳ないとは思うが……」


 確かに、これ以上ないほどに酷な頼みであった。


 艦長をはじめ艦橋にいる者たちにとっては私たちがここに来ている以上、艦橋が敵の手に落ちないのはもはや確定したようなもの。


 後は敵に殺されるか、それとも彼らの意を汲んで私が彼らを殺すのかという事くらいなのだろう。


「……あと1分」

「お姉さん! 敵機接近中! 時間が……」

「ああ!! もう!! 化けて出ないでよ!!」


 すでに全てを諦めた艦長さんの落ち着いた声と、切羽詰まったマモル君の声。


 私は操縦桿を引いてケーニヒスの右手を振りかぶる。


 後は操縦桿を押し込みながらトリガーを引けば、私の愛機の拳は艦橋に叩きつけられるという段になっても私は未だに決断しきれないでいた。


「戦争屋の命の重みを君が背負う必要など、無いッ!!!!」


 その覇気のある凛とした声に私は救われていた。


 その言葉は既に決定した事項を告げているかのような強制力すら感じられるものであった一方で、私の手を取って救済の言葉を聖人から与えられたかのように慈悲深いものでもあったのだ。


 そして私は自機が突き飛ばされた衝撃すら気にする事もできずに右方向から現れたHuMoに目を奪われていた。


「黒い……、鎧武者……!?」


 その機体は重装甲タイプというには頼りない細身の機体ではあったが、肩部から伸びた装甲は大袖のようで、草摺のような腰部装甲から続く佩楯のようなパーツに、頭部にはどのような効果のパーツであるのか1本の角のような前立てまであって、戦国時代の甲冑を着込んだ武者のように思えた。


 それはあまりに異質。

 他のHuMoが兵器や武装した兵士のような意匠のものなのに対して、不意に現れた黒いHuMoはどこからどうみても日本の中世的な甲冑を着込んだ武士のような出で立ちなのである。


 まるで……。

 これではまるで……。

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