40 ソラを駆けるジャッカル
そこは自分の感覚が押し広げられるようなくらいにクリアーで澄み渡った星空の世界だった。
2重のエアロックは攻撃を受けた際に格納庫の中へまで被害を及ぼさないためか厚い威圧感すら感じるもの。
だが2つ目の扉が開いた時、どこまでも続く星空が私の目の前に現れて、HuMoのカメラ越しに見ているというのに溺れてしまうのではないかと錯覚を覚えるほど。
エアロック内の空気とともにゴミが宇宙空間に流れていって、自分のそのように無限の宇宙に飲まれてしまうのではないかと背筋がヒヤリとさせられるが、すぐ後ろにマモル君がいる以上はビビってなんかはいられない。
「行くわよッ!!」
このまま立ち止まっていては後がつかえてしまう。
私は軽く深呼吸して両脚でフットペダルを踏み込んでスラスターを吹かす。
エアロックを出てすぐは数百メートル続くトンネルのようなカタパルトのスペースだが、それが電力不足で使えないとなれば自機のスラスターで飛んでいかなければならない。
空気抵抗も重力も無い環境では重いケーニヒスも地上では想像もできないような加速を見せ、あっという間に私は星空へと躍り出る。
これまでも大気というフィルターのかかっていない星空に圧倒されていたとはいえ、それはトンネルの向こうの事。
だがカタパルトデッキから飛び出した今は私の全周を星空が覆い尽くしている。
「敵機!! 来てますよッ!!」
「え、ええ!」
宇宙。
そして戦場。
右も左も、前も後ろも、上も下も、そこは戦場であった。
ビームの光条が星空を切り裂き、赤い火球と化した砲弾が飛び交う。
ミサイルが飛び回り、HuMoがスラスターの噴炎を尾のように引きながら飛ぶ。
そして後ろには私がたった今、飛び出してきた宇宙空母ポチョムキンが。
出港する時は巨大な鏃のように銀色に近いほどに陽光を浴びて輝いていた白い艦体はあちこちが黒く焦げて、所々に突き刺さった敵ステルス突撃艇は巨鯨狩りの銛のよう。
見るに堪えない有り様となった母艦から視線を離せないでいるとマモル君から通信が入る。
敵機接近との報に私は慌てて視線を左右に振って索敵するも見つけられず、サブディスプレーのレーダーを見ると直上。
上も下も無い宇宙空間でそういうのもおかしいのかもしれないが、ケーニヒスの頭部を上、脚を下と基準点を作って考えるに上の方向からだった。
私が敵機の接近に気付いたが早いか、それとも敵が射撃を開始したのが早いか。
私は迫りくるライフル弾を機体を滅茶苦茶に振り回す事で回避し、こちらもライフルの連射を浴びせる。
敵も私と同じように回避運動を取ろうとしたようだが、私の連射を回避している所を横合いからマモル君のニムロッドに撃たれ被弾。
速度も殺されてしまった所でケーニヒスの連射をモロに浴びて爆散。
「気を付けてください!! どうやら味方の艦載機はまだ僕たち以外にはまだ発艦できていないようです!!」
「こんなに艦がいるのに!? で、でも、これから続々と出てくるでしょうよ!」
敵機を撃破した事を確認してスカイグレーのニムロッドが青白い尾を引いて接近してくる。
マモル君の言葉で私は周囲の映像やレーダー画面を確認してみるも、やはり周囲を飛び回っているHuMoや小型艇はすべて敵のもの。
ウライコフ艦隊は数百、数千の大艦隊だというのに味方機の反応はない。
他の友軍艦でも私たちが乗り組んでいたポチョムキンのように敵襲があって艦載機を出せないのか。
そして当然のように敵HuMo部隊は出撃してきた私たちを狙って移動を開始している。
だが私たちが道を切り開いてきた今、徐々にでも味方機は増えてくるハズ。
ゲームでも序盤は苦しくても、戦力が整ってきた中盤以上はヌルくなって作業ゲーになってしまうだなんてよくある事だろう。
そう思っていた所で私たちに続いて第8格納庫から両腕が機関砲になっている細身の機体がカタパルトデッキから飛び出してきてすぐにミサイルの直撃を受けて花火のような火球を化す。
「……モスキートだっけ? アレ……」
「そうですね」
「とりあえず、やる事は決まったわね。戦力が整うまで味方の発艦の支援!」
「はいはい……」
あのモスキートのパイロット。
私たちに続いて発進してきたという事は自爆ドローンに追われてきたプレイヤーの内の誰かだろう。
せっかく自爆ドローンの餌食になる事を避けられたというのに、やっと出撃してすぐにやられてしまうとは何と不運な……。
「少し足を止めますから、僕の事はしっかり守ってくださいよ!!」
「りょ~解!」
私のケーニヒスのすぐ近くでマモル君のニムロッドは減速のためにあちこちスラスターを吹かし、そして新たに迫ってくるミサイルへ向かってライフルを発射。
対空炸裂弾によってカタパルトデッキを目指していたミサイルは誘爆し、それを横目に私も私とマモル君に迫ってくる敵部隊へスマートマインを散布。
ケーニヒスが装備しているスマートマイン・レイヤーは地上では地雷だが、地面の無い宇宙空間においては空間を漂う宇宙機雷となるのだ。
だがケーニヒスが搭載しているスマートマインを全て投射したというのに、迫ってくる敵機はその何倍も多いのだ。
「これはまた苦しい戦いになりそうねぇ……」
「いざという時は無敵の『CODE:BOM-BA-YE』で何とかしてくださいよ!!」
「却下よ。さっき無茶したダメージがまだ残ってる。またアレを使ったら、こないだみたいに勝手にゲーム機にログアウトさせられそうだもの」
いくらか落ち着いてはきたものの、それでもまだ吐き気と頭痛が残っている事に違いはない。
せっかくここまでボリス大尉たちの助けもあって来れたものを、体調のせいでログアウトだなんて冗談にもならないだろう。
「ふぁっ!? せっかく使えるようになったってのに、早速、封印ですか!?」
「まっ、死ぬ気でやれば何とでもなるでしょ!」
非難轟轟のマモル君にミサイルの迎撃を任せ、私はペダルを踏んで加速。
即席の機雷原を越えてきた敵機へと接近戦を挑む。




