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39 セルフ観測射撃

 ジェネレーターが熱を上げ、冷却材が全身を駆け回ってラジエーターが熱を吐き出す。


 全身のモーターとポンプが唸りを上げて、顔面の2つのアイカメラに全身のセンサー類が新たな視界を脳へと送る。


「皆! 私の合図で走ってッ!!」

「お姉さん……? まさか!?」

「そのまさかよ!!」


 事は成った。


 肉の体の私はマモル君に大尉たち、近くにいたプレイヤーたちに声をかけるものの、私の意図を理解できたのは「CODE:BOM-BA-YE」について知っていた私の相棒だけ。


「分かった。何をしようとしているかは分からんが、貴様の事を信じよう」

「へへっ、他でもねぇ嬢ちゃんが言い出した事だ。賭けてやんよ!」

「失礼ね。もう賭けには勝ったのよ」


 それでも大尉たちは私の言葉を信じてくれて、合図を今や遅しと待ち構えている。


 皆、揃いも揃って目には希望の光が灯っていて、やはり死出の道へ進む覚悟を決めた目も良い男に見えたがこちらの方が随分と健全なものに見える。


 これは是が非でも成功させねばと私はもう1つの身体、機械の体を動かして床に置かれていた57mmアサルトライフルを拾う。


 すでに機械の私(ケーニヒス)は戦闘準備万端。


 推進剤に冷却材は満タンで、スマートマインもライフルの予備弾倉も装備完了。


 第8格納庫は非常事態下という事もあってか電力を絞られて照明は暗いが機械の体には関係ない。


 急に動き出した私を見て驚いている整備員たちを横目に私は歩を進め、パイロットと離れ墓標のように立ち尽くしたままのHuMo群たちの中を歩いていく。


(……狙いは、そこか!!)


 いかに優れたセンサー類を持つ(ケーニヒス)でも壁の向こうを透視するような機能は無い。


 だが問題はない。


 私たちの行く手を遮っていた敵の機銃陣地は格納庫への出入口の前に陣取っていたのだ。


 私はスラスターを吹かしながら跳び、2階部分の出入り口へと拳を叩き込む。


「今よッ!! 走って!! ほら! アンタらも!!」


 15mほど離れた位置にいる生身の私たちにも伝わってくる激しい振動。

 さすがは最前線に立ち味方を鼓舞する事に誇りを持つ男たち。大尉たちは振動の正体も分からないまま私の合図で走り出し、マモル君も続く。


 私は他のプレイヤーたちの尻を蹴とばして走らせながら自分も駆ける。


 チラリと後ろを振り向くと、すでに自爆ドローンは背後10メートルほどの位置まで接近してきていた。


 私は全力ダッシュの勢いそのままに丁字路の壁、格納庫側へブチ当たるくらいのつもりで足裏を叩き込む。


 すでにライフルを構えていた機械の私は透視装置は無いものの音響解析装置はあるのだ。


 私が盛大に立てた壁を蹴る音の位置へ照準を微調整。


 そしてライフルを3点バースト射撃を叩き込む。


 一方の肉の私はすでにそこにいない。

 自分の射撃に巻き込まれるだなんて、そんなの冗談にもならないだろう。


 だが私の後を追ってきていた自爆ドローンはそうではない。


 セルフ観測射撃は観測手も射手も自分自身なだけにタイミングはバッチリ。


 誘爆したドローンの爆風の熱さに後ろ髪がチリチリと焼かれるものの、そんなものちょっと前まで逃れられぬ運命のように思っていた最悪の未来に比べれば屁でもない。


「どういう事だ!? 俺たちよりも先に格納庫に辿り着いていたパイロットがいるのか!?」

「どうでもいい! 格納庫に入れッ!!」

「おい! ライオネス、顔が真っ青だぞ!?」


 上手く策がハマって気持ちでは走りながら笑いだしたいくらいなのだが、生憎と私の体はそうはさせてくれない。


(さすがに2つの体を1つの脳味噌で扱うのには無理があったか……)


 大尉が私の顔色について何やら言ってくるが、そんなのは自分でも分かっている。


 私の走る足取りは自分でも分かるほどに覚束ないものであったし、軽い吐き気と頭痛に苛まれていた。


 だが、それも当然であったのかもしれない。


 これまで幾ら特訓を重ねてもできなかった「CODE:BOM-BA-YE」の自発的な発動を土壇場で成功させ、生身の肉体とHuMoの両方を同時に動かしたのだからそりゃそれなりの負荷があるだろう。


 この感覚はアレだ。

 子供の頃にチャチなテレビゲームに手を出して3D酔いになった時に似ている。


 もしかすると以前のバトルアリーナイベントで私が途中リタイアする事になったのは知らず知らずの内に「CODE:BOM-BA-YE」を使い過ぎてしまっていたからなのではないだろうか?


 今回はHuMoに搭乗していない状態で「CODE:BOM-BA-YE」を発動させ、さらに2つの身体を同時に動かした事でゲーム内、仮想現実の肉体にまで体調不良を及ぼした可能性がある。


 とはいえ吐き気も頭痛も今はまだ本当に軽いもの。


 このくらいならまだ強制ログアウトには至らないハズだ。


「なら……」


 もう1人の私が壁面に開けた大穴を覗き込むと、そこにはケーニヒス、もう1人の私が左手を掲げて私の到着を待っていた。


 跳んで手の平の上に乗る。


 そして私はコックピットハッチを開いて、小さな私を自身の内へと招き入れた。


「当座は凌いだ……。ひとまずは安心、落ち着け……」


 コックピットに乗り込んだ私は大急ぎで深呼吸をして気を落ち着かせようと努め、そうしていると狙い通りに2つの視界は徐々に収束していって、やがていつもどおりのコックピットからの光景のものとなる。


「パイロットは搭乗を急いで!! マモル君もニムロッドに! ボリス大尉たちは!?」

「こっちは気にするな!! お前はお前の為すべき事を為せッ!!」


 そこまでは考えていなかったというかなんというか。


 気を落ち着かせるために数秒だが余計に時間を使ってしまった事で、周囲はどうなっているのかとふと慌てると、(ケーニヒス)の拳は出入り口周辺の格納庫2階の通路まで吹き飛ばしてしまっていたようで、マモル君に他のプレイヤーたちはボリス大尉たちの助けを借りて、やっとの事で階下へと降りてきている状況。


 大尉たちの部下の半数はプレイヤーたちから銃器を受け取って未だ格納庫の外。

 どうやら他のプレイヤーやNPCたちのようなパイロットの支援をするつもりらしい。


 そしてごく少数とはいえパイロットが到着した事で整備員や機動部隊要員たちもやにわ活気付いて、先ほど私が機械の体で動き出した時のようなお通夜ムードから一転。そこは格納庫外とはまた別種の戦場と化していた。


「武装を終えたHuMoは発艦のため、エアロックへと移動されたし!!」

「間違って隣の機体のを持っていくなよ!!」

「発艦用意! 発艦用意! 手空きの人員は気密室へと退避せよ!!」

「おい! このニムロッド、こんな子供が乗っていくってのかよ!?」

「機動部隊出撃、最終点検!! 誘導灯、灯せ!!」


 ニムロッドに搭乗するマモル君を待ってから、格納庫に灯された案内表示に従って進んでいるとウライコフ兵から通信が入ってくる。


「傭兵各員、電力不足のため電磁推進カタパルトは使用できない。だが、当面は本艦に取り付いた敵部隊の撃破が主目的になるだろうから問題はないだろう。それではご武運を祈る!」

「オーライ! それじゃ行くわよ、マモル君!」

「はいはい」


 ロボット物で宇宙での発進となったらカタパルトから発艦するシークエンスみたいなのがあると思っていただけに使えないのは残念だが、むしろ空母の機能の根幹に関わる部分が機能不全に陥っているという事の方が深刻なような気がする。


 それでも生身でドタバタ走り回っていたのが装甲で覆われたHuMoのコックピットに入った事で安心したのだろうマモル君の声を聞いていると何とでもなるような気がしてくるから不思議なのものだ。

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