38 眠れる獅子よ、目を醒ませ!
どうする?
「前門の虎、後門の狼」なんて故事成語があるが、正直、今の私は低重力下で重力の軛から解放されたようなもの。
オマケにボリス大尉たちのような心強い仲間がいるのだから、虎だろうが狼だろうが平気で殴りにいけるだろう。
だが、さすがに高レートで弾をバラ撒きまくる重機関銃はいくらなんでもマズい。
しかも後ろからは対人ドローンが迫ってきているとか、時間的猶予も後ろに下がって死体漁りをしてくる手も封じられてしまったわけだ。
「うおおおおおおおおぉぉぉッ!!!!」
「べぇって! やべぇって!!」
「ひぃっ!? お、追い付かれる!! もっと早く走れよ!!」
考えが纏まらない内から後方からドタバタとした足音と情けない叫び声、そして軽い風切り音が聞こえてくる。
見ると6人ほどのプレイヤーたちが額に汗を流しながら、こちらに走ってきていて、そのすぐ後ろに2基の小型クアッドコプターが天井付近を飛んでいる。
プレイヤーたちを追うクアッドコプターは本当にチャチなもので、パッと見は玩具店で1万円もしないで買えそうな物であった。
全長はローターブレート込みでも30cmそこそこ。プラスチック特有のテカりがいかにも安っぽい。
安っぽいというか、実際に安価なのだろう。だが対人用の兵器としてみるならば極めて低コストの無人兵器というのはどうにも始末が悪い。
「……く、くそッ!?」
「あ、馬鹿!!」
追われるプレイヤーたちの最後尾、黒髪ツーブロックの男が走るのを止めて反転。
追ってくるドローンに向けて敵から奪ったらしく散弾銃を向ける。
思わず私の口からはちょいと失礼な言葉が出てくるが、もしかするとあのプレイヤーにはあのプレイヤーなりの考えがあっての英雄的行動であったのかもしれない。
だが結果は同じ。
散弾の雨を受けてドローンは爆発。
だが彼我の距離が近すぎた。
結果として、かのプレイヤーは仲間たちを行かせるために自らの身を犠牲にしてドローンを迎撃。その爆風と撒き散らされた破片に打たれて倒れてしまう事になってしまう。
そんな献身を嘲笑うかのようにもう1基のドローンが走り続けるプレイヤーたちへと飛び込んで爆発。
さらに2名の犠牲が出てしまった。
「止まって! こっから先は通行止めよ!」
「マジかよ……」
仲間たちの犠牲の元、私たちが立ち往生している丁字路までやってきたプレイヤーたちを押し止め、この先の機関銃陣地について説明しながらも私は苦々しい顔を隠す事ができなかった。
見ればボリス大尉もその部下たちも眉間に皺を寄せたり、皮肉気味に口角を上げたり。
言葉はなくとも揃って「どうしたものか……」と苦悩している様子である。
今私たちの眼前で繰り広げられたドローンによるプレイヤーの虐殺。
散弾を受けて爆発した機体はともかく、2機目のドローンはプレイヤーたちを追ってはいたものの、接触はしていなかった。
プレイヤーに接触せずともドローンは自発的に搭載していた爆薬を起爆させ殺傷していたのだ。
「……近接信管みたいなものかしらね」
砲弾に例えるならば、私もニムロッドに乗っていた頃に随分と世話になった対空炸裂弾の近接信管に近しいのだろう。
事前にプログラムされた範囲内に対象がいた場合に自動的に起爆するようになっているのだと思う。
これが対装甲兵器用のドローンならば成形炸薬弾をきちんと接触させなければならないのだろうが、無防備な人間を殺傷するくらいならばきっちり命中させずとも破片を撒き散らしておけばOKというわけだ。
さらに当然のように後方の通路からはあの風切り音が聞こえてくる。
「人間だけを殺す機械だっていうのかよ」
大尉の部下の1人、アンドロポフ少尉がドローンが爆発した辺りを見ながら自嘲気味に呟いた。
少尉が見ているのはプレイヤーの死体、ではない。
爆炎の煤によって黒く汚れ、破片で節くれだってはいるものの未だに実用上の問題をきたしていない壁や床。
今回のイベントの敵、“宇宙イナゴ”は他勢力から資源を強奪して生活している連中だというが、その資源とは軍艦などの兵器も含まれている。
ドローンの爆発は普段HuMoでドンパチやっている私の感覚からすれば非常に弱いもので、人間を殺す事はできても艦内構造への損傷は最低限になるよう設計されているのだろう。
そのような兵器に追い込まれてしまった現状は少尉からすれば、自分たちが敵に立ち向かっていく戦士という立場から、狩られるのを待つ獲物に成り下がってしまったように思えたのかもしれない。
「おい、ライオネス……」
遠く通路の向こうに先ほどの同型のドローンが見え、その数が次々と増していく中、ボリス大尉が覚悟を決めたかのように呟いた。
その表情はいつも通りに彼の意思の強さそのもののようなお堅いものではあったが、ともに戦い、互いに認め合う間柄であった私にすら有無を言わさぬ空気を出している事からも彼が何か言う前から並々ならぬ決意を窺い知る事ができるほどだ。
「良く聞け。今から俺たちは機銃陣地に突っ込む。ライオネスもだ。だが今度ばかりはお前は最後尾だ」
「……は?」
「ふむ。姉ちゃんならやってやれなくはないか……」
「決まりだな。俺たちの最後の仕事は嬢ちゃんを敵陣地まで送り届ける事ってわけだ」
ボリス大尉が言い出した作戦は、私にはあまりにも不可解であった。
大尉にしても、その部下たちにしても、揃いも揃って破裂寸前の水風船のように全身が肥大化したゴッリゴリのマッチョメン。
それは上半身のみならず、下半身もパンパン、太腿なんか太過ぎて脚が閉じられず常に半ばガニ股状態。
そんなわけで彼らはその人類の限界とも思えるほどの筋力でここまで走り抜けてきてはいたものの、それでもマトモなフォームで走れるわけもなく、私が最前列を走ってきたくらいだ。
というか最後尾ながらマモル君が付いてこれるくらいの速度でしか走れないといったほうがいいだろうか?
なのに大尉は私を最後尾にして機銃陣地に突っ込むという。
せめて最前列はこれまでどおり私が走るべきではないのだろうか?
「お断りよ。のたのた走る貴方たちが挽肉に転職していくのをやきもきしながら見ていろってわけ?」
「貴様では壁にも目隠しにもならん。だが俺たちならばそれができる」
「……まさか死ぬつもり」
そうこう言い合いをしている間にも徐々に後方から殺人ドローンは迫ってきている。
だが大尉の真意を悟ってしまった今となっては、彼の作戦は絶ッ対にノウだ。
「貴方たち10人がかりで盾になって、自分たちの体で私に狙いを付けさせないようにして、そうやって機銃陣地まで私を送り届けて後はお任せって? ふざけないでよ!!」
「それが我々、ウライコフ督戦隊の使命だ。常に最前線に立って味方を引っ張って名誉の戦死を遂げる。だが我々が死を覚悟せねばならないような戦場で意味がある死を迎えられるとは思ってもみなかった」
大尉の表情が僅かに綻んだような気がした。
周りの部下たちなんかはニッカリと笑顔で私を諭そうとしている。
「いいかい、嬢ちゃん。俺たちはアンタになら託せる」
「俺たちが全滅しても、お嬢ちゃん1人を機銃陣地まで送り届ける事ができたなら、嬢ちゃん1人で簡易陣地1つくらいなら何とでもなるだろう?」
「ホント、いそうにない奴がいるもんだよ! それが俺たちウライコフのモンじゃなく、中立都市のこんな小さな女の子だとはな!」
「おいおい、そんな顔すんなよ!? 俺たちにとってはむしろ僥倖、こんなに意味のある死に方ができるなんて思ってもみなかったぜ!」
確かに丁字路を曲がった先、機銃陣地まで15メートルくらいならば狭い通路である。
大尉たち10人が自分の体を盾にして、私を隠しながら進めば私だけなら無事に機銃陣地まで辿り着くくらいは何て事はないのかもしれない。
だが私にはとても受け入れられない。
私だけならば辿り着けるのだろうが、それは一重に大尉たちのほとんど、もしくは全員の死を意味しているのに受け入れられるわけがない。
かといって、このままここで動かず自爆ドローンの手にかかるのも癪である。
「もう時間が無い! 行くぞ!!」
「……10秒。10秒だけ私に時間を頂戴」
「分かった。だが、それ以上は待たんぞ」
前に進めば大尉たち全員が機銃弾によってミンチにされ、このまま留まればドローンにこんがりローストにされる。
だが、私にはまだ手があった。
……本当に私にできるのか?
それもこれまでできなかった事がたった10秒で。
大尉は私が覚悟を決めるための精神統一でも図っているとでも思っているのだろうが、実際は似ているようで少し違う。
私が覚悟を決めるのは、大尉たちの犠牲の上での勝利ではなく、全員生還の上での完全勝利。
「ふぅ~……!」
肺の中の空気1ccたりとも残さない深い深呼吸。
精神を研ぎ澄ませ。
だが心は冷やすな。
むしろ燃やせ。
燃やして、燃やして、燃やし尽くせ。
熱く、熱く、熱くなれ。
炎では駄目だ。
酸素みたいな外部要因が無ければ燃える事ができないような軟弱者など必要ない。
酸素の無い宇宙でも燃え盛る太陽のように燃え盛れ。
ここでやれなければ私とマモル君はガレージかイベント用の拠点かどこかでリスポーン。
ヘラヘラ笑って「それじゃ次、行ってみましょ~!」なんて言えるか?
大尉たちを無様に機関銃に射線に飛び出させて無様に死なせるのか?
それとも河原で子供が遊んでるようなプラスチックの玩具に大尉たちほどの男を殺させるのか?
それを許せるのか?
許せるわけがない!
追い込まれた?
残り何秒だ?
それじゃ私は追い込まれるのは嫌いか?
NO!
追い込まれてこそ本領発揮。
そうだろう?
そうでなければ、どうやってホワイトナイト・ノーブルにリベンジを果たすと?
丁字路で立ち往生しはじめてからもうそれなりに経つというのに、いつの間にか私の胸の鼓動は通路を全力で駆け抜けていた時と同じく高鳴っていた。
心臓の鼓動は重く、速く。
高馬力で、太いトルクのエンジン音のよう。
それはまるで入場曲のようで、深く新鮮な空気を肺に送り込んでこの世界に宣言する。
「CODE:BOM-BA-YE……、発動ッッッ!!!!」
その瞬間、確かに私はもう1人の私と同時に存在した。
身長156cmの行くも地獄、退くはおろか留まるだけでも地獄の窮地に追い込まれている私と、もう1人の私。
全高16mの私が広い暗がりで目を覚ました。
眠れる獅子が目を覚ましたのだ。




