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37  前門の虎、後門の狼

「だあああぁぁぁッッッしゃぁぁぁぁぁあああッ!!!!」


 肩に鈍い痛みが走るが、酸欠気味で朦朧としてきた意識にはむしろ良い気付けなくらいだ。


 メディカル・ポッドで治療中のゾフィーさんをキャタ君たちとクリスさんに任せ、私はボリス大尉たちと格納庫への道を切り開くため走る。


 曲がり角で鉢合わせした敵兵との間合いが近すぎるために私は全速力の勢いを活かして、そのままブチ上げてやるくらいのつもりで肩かたタックルを食らわしていた。


 これまでの敵がそうであったように、此度の敵兵も防弾用のボディーアーマーを着込んでいたようで、とても人体にはだせないような硬さに顔を顰めながらも、そのまま歯を噛みしめ足を踏ん張って敵を下がらせる。


 その敵兵も単独行動ではなかったが、ボリス大尉たちがその他の敵兵へと襲い掛かかっていく。


 だが私がショルダータックルを食らわした敵は誰も手を付けない。

 当然、こいつは私の取り分というわけ。


 ただでさえ体格の勝る相手がボディーアーマーやら何やら装備で重量を増しているのに小柄な私がタックルで弾き飛ばすのはそれなりに骨が折れるが、幸い私は体格に勝る相手とやるのに慣れている。

 というか、そもそも私からすれば、キャタ君たちみたいな子供でもなければ大概の相手は自分よりも体格に勝った相手なのだから当然といえば当然。


 だが別に当たり勝ちしたところでそれで終わりなわけではない。

 敵兵がよろめいて2、3歩ほど下がったところで無力化した事にはならないのだ。


 走っていた時の勢いは完全に死んでいたが問題は無い。

 再び1歩、踏み込んだ私は全身のバネの瞬発力で一気に加速していた。


 そのまま距離を詰めてローリングソバット。


 敵も手にしたライフルを盾代わりにして受けようとするが、それは悪手だろう。


 別に敵の歩兵にまで“受けの美学”なんて求めてはいないが、それでも向こうだって私の体格を見れば蹴りの1発くらい急所に食らわなければ命に別状はない事くらい分かるだろうに。


 早い話、敵兵は腕1本を犠牲にして私の蹴りを受けていれば生き残る目はまだあったのだ。


 だが敵は私に向けるべき銃を盾代わりに使ってしまっていた。


 蹴りの威力に耐えきれず銃の樹脂製のレシーバーは砕け、私の脳も激痛の信号を受け取るが、それはアドレナリンの呼び水となる。


 痛みでブーストされて私はそのまま逆の足を振り上げて金的蹴り。

 モロに食らって思わず屈んでしまった所で敵兵の喉に私の貫き手が叩き込まれて、それでおしまい。


 艦の壁面に敵兵の体が叩きつけられる音。

 樹脂の砕ける甲高い音。

 水風船を割るような水音に、パスタの束を折るような骨の砕ける音。


 それらに銃声が混じって聞こえるが、獣でもあるまいし、銃を恐れるような者など私たちの中にはいない。


 あ、いや、最後尾にいるマモル君だけはまだ曲がり角の向こうで嵐が過ぎるのを待っているか。


 そもそも銃弾なんてものは1度、銃口を離れてしまっては標的を追尾する事ができないのだからそうそう恐れるに値しない。


 そりゃ人間の拳や蹴りなんて比較にならないくらい銃弾は速いのだろうけど、それでも銃口の前にしか飛んでいかない都合上、敵の銃口の向きさえ把握しておけば脅威にはならないのだ。


 それでもさすがにショットガンの散弾なんてのは避けきれるわけもないのだが、ボリス大尉たちの部下たちは先ほどから私とショットガンを持つ敵との間に飛び込んで私に散弾が飛んでくるのを防いでくれている。


 さすがに私の華奢な肉体では散弾に耐えられるわけもなく、大尉たちのイケメンムーブには頭が下がる思いではあるが、北海道のヒグマ狩りの猟師が散弾銃ではなくライフル銃を使うように、散弾では大尉たちの肉体に傷を付ける事はできても致命傷には至らないあたりは流石としかいいようがない。


 だが私もただ守られてばかりでは性に合わない。


 というわけで既に絶命している敵兵が崩れ落ちるまえにその両手を掴んでみせる。


「キャっ……!?」


 さすがにちょっと芝居がかってしまっただろうか?


 今回、遭遇した敵集団はそれなりに人数がいて、出会い頭とその後の数秒とで半数は私と大尉たちで仕留めたものの、残り半分は仲間たちを見捨てて後退し始めていた。


 私も大尉たちも近接戦闘でならば敵兵を圧倒する戦闘力を持つのだが、敵に引かれてしまえば銃弾の雨嵐の中を突き進んで接近しなければならない。


「ちょっ!? きゃあああああ……!!」


 HuMoに乗っているならばいざ知らず、生身の大尉たちに散弾を弾受けさせてしまった借りはここで返させてもらうと意気込んで、私は敵兵の両腕を掴んだままダンスするように振り回して少しずつ後退しようとする敵集団へ近づいていく。


「マダ 生キテイル!?」

「援護シロ!!」

「コイツラヲ切リ崩ス チャンスダ!!」


 私の思惑どおり私たちから距離を取ろうとする敵集団の足が止まる。

 そして、これも私の予想通り、敵は誤射を恐れて銃を使わずにナイフを抜いて私へと近づいてきた。


「キャアアア……、おらあああああぁぁぁぁぁん!!!!」


 これまでの戦いで敵の思考パターンが同士討ちを恐れていると気付いていた私は敵兵の死体の両腕を掴んで、あたかもまだ生きていて私と組み合っているかのように見せかけたのだ。


 そして十分に敵兵が近づいてきたのを確認した私は敵兵を振り回していたのを一転、後ろへ転ぶようにしながら死体を敵へ放り投げる。


 柔道でいうところの巴投げだ。


 初志貫徹して後退していれば良かったものを、既に死んでいる仲間を見捨てられずに足を止め、近づいてきたがために敵兵たちの運命は決した。


「良くやったッ!!」

「後は任せとけ!!」


 不意に飛んできた仲間の体で機先を制され、そこにボリス大尉たちが襲いかかる。


 私が起き上がった時、すでに殲滅は完了していた。


「きゃあああああ」

「……マモル君、ぶつわよ?」

「止めてください。死んでしまいます」


 敵兵の殲滅が終わったのを確認してマモル君が近くまでやってくると、先ほどの私のクサい演技を真似してくる。


 それを見て血塗れとなったマッチョメンたちがハハハとくったくのない顔で笑い。戦闘中は鬼神のような厳めしい顔であったボリス大尉の口角も綻んでいた。


「それにしても、よくあんなエグい手を思い付いたな!」

「助かった。礼を言っておこう」

「誰の言葉だったかしら? 『私は箒とでもプロレスができる』って。箒じゃなくて人間の体だったなら敵を騙すくらい簡単なもんでしょ?」

「『よく思い付いたな』ってのは、死体を使うだなんてお姉さんに良心は無いのかって意味だと思いますよ?」


 私たちの表情は1人を除いて揃って明るい。


 私に首をがっしりと腕で抑えられてゴシゴシと力任せに頭を撫でられているマモル君以外は皆、達成感に満ち溢れた笑顔であった。




 そして私たちは辿り着いた。


 目指していた格納庫への入り口まであと曲がり角を1つ曲がるだけという所まで。


 だが私たちの前で耳をつんざく銃声の連続が聞こえてきて、私たちは目的地目前にして足を止める。


「な、なに!?」

「この高レートの連射は……」


 敵の姿は見えない。


 私は恐る恐る曲がり角から顔を出して銃声が聞こえてきた方を見てみる。


「重機関銃……!?」


 思わず顔を顰めて頭を引っ込めると、ゲリラ豪雨のような凄まじい連射が今、私が顔を出していた所を襲って、盛大に壁を削っていった。


 敵に狙いを付けられている事を警戒してボリス大尉が私が顔を出していた所とはだいぶ離れた位置から顔を出してサッと引っ込める。


「ご丁寧に土嚢まで運び込んで即席の機銃陣地を作っているとはな……」


 格納庫手前の丁字路、そこを左に曲がって15メートルも走ればそこに格納庫への扉があるというのに、敵は格納庫の入り口の前に重機関銃を据え付けていたのだ。


 機関銃はもちろん人間の手で持ち運べるような物ではあるが、小銃や軽機関銃のように射撃しながら移動するような事を考慮されていないような大柄で重量のありそうな物であった。


 それが大きなテレビカメラにでも使うような太くてガッシリとした三脚に据え付けられて、オマケに盾代わりにするために土嚢まで積まれて陣地化されている。


 そこにいる敵兵は10名にも満たないくらいで、私と大尉たちならば接近戦に持ち込めさえすれば一瞬でカタが付くのは間違い。


 だが15メートルの距離。

 重機関銃の猛烈な連射力。


 その2つが組み合わさった時。そこは何者も近付けぬキルゾーンと化す。


 大尉たちの大胸筋や腹筋は散弾くらいならば受け止めらるのだろうが、流石に機関銃弾には無力。


「どうする? ちょっと戻って、さっきの敵兵が手榴弾とか持ってないか見てくる?」

「……いや、ちょっと待て」


 私たちは徒手空拳であるが、仮に自動小銃やらサブマシンガンやら持っていたところで土嚢で守られた重機関銃相手に撃ち勝てるわけもない。


 だったら手榴弾みたいな爆発物で、と思ったところで大尉が後ろからくる者たちに気付く。


 ドタバタと息を切らせてこちらへ走ってくる者たちは人数は4人。

 内2人は私と同じダークグリーンのツナギを着ている事からプレイヤーだろう。となれば残る2人は彼らのユーザー補助AIか。


「ちょうど良かった。貴方たち、手榴弾みたいな物を持ってない?」

「そんな事を言ってる場合じゃねぇって!! 後ろから対人ドローンが来るから早く先に……」

「あ、ちょっと……!?」


 血走った目で1人のプレイヤーが私の制止も聞かずに飛び出して機関銃の餌食となる。


「な、なにアレ!?」

「機関銃陣地よ。見てみる?」


 もう1人のプレイヤーは丁字路からチラリと顔を出して引っ込め、私たちに絶望に染まった顔を向けた。


「事情は分かってもらえた?」

「…………」

「それよりも対人ドローンって何なの?」


 だが私の問いの答えはそのプレイヤーからではなく、後ろから聞こえてきた爆発音によってなされる。


「ふむ。爆発物を搭載した小型ドローンって所か……」

「良かったですね、お姉さん。お望みの爆発物が向こうから来てくれるみたいですよ?」


 皮肉めいたマモル君の表情はどこか諦めたもののように思える。


 いや彼からすれば、この辺が潮時。

 いっぺんリスポーンして仕切り直しにでもしようかと思っていても仕方ない。


 だが私やマモル君は死亡してもどこかでリスポーンする事もできるのだろうが、生憎とボリス大尉たちはそんな事などできやしないのだ。

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