35 決意
ギリッと血が出てしまいそうなほどに唇を噛みしめて俯いてしまったキャタ君。
ゾフィーさんの負傷はキャタ君を庇ったがためだというが、どうもそれは彼が重く負い目を感じてしまうような状況であったようだ。
パオングさんとパス太君はそんなキャタ君に同情的な目を向けているが、何か言おうとして途中で引っ込め、慰めの言葉をかけてやれないでいる。
「そう。でも、ゾフィーさんをメディカル・ポッドに入れてくれたのは貴方たちなんでしょう。ありがとう」
「……え?」
私にはキャタ君を責める事はできなかったし、責める必要も無いと思う。
もしかしたら彼自身は自罰的に責められる事を望んでいたのかもしれないが、どうして戦場で誰かに庇われた少年を責める事ができようか?
それよりもゾフィーさんの命の灯が尽きる前にメディカル・ポッドに入れてくれた事に感謝したいくらいだ。
ゾフィーさんはスタイルが良いとはいえ背丈のある女性。
そんな彼女が重傷を負って脱力した状態ならば、まだ体の出来上がっていないキャタ君たちならば3人がかりでも動かすのは難儀であったはず。
それでも彼らは銃弾飛び交う戦場でゾフィーさんを助ける事を選んでいた。
私の感謝の言葉が意外であったのか、顔を上げたキャタ君は気の抜けた声を上げる。
「私もそんな長い付き合いじゃないんだけどね。なんかこの人、嫌いじゃない、……っていうか、もっとハッキリ言うなら好きなのよね。なんかワケ分かんない仮面を被っているけど……。だからゾフィーさんがキャタ君を助けたってのも分かるし、そんな彼女を助けてくれてありがとうってのは私が本心」
もちろん私がゾフィーさんの事を好きだというのは恋愛的な事ではないのだけど、それでも直接的に誰かの事を好きだと言うのはそれなりに恥ずかしいわけで、照れ隠しにキャタ君から視線を逸らせてポッドのタイマーを見る。
「うん……? 残り15分? え、長くない?」
「は? さっきは5分で完了だったハズ」
「ちょっと見せてください」
ゾフィーさんが入れられているメディカル・ポッドは外見だけで判断するならば私たちプレイヤーのガレージに設置されている物と同型の物。
ガレージのメディカル・ポッドは負傷の程度で全快までの時間は左右されるものの、それでも生きてさえいるのならば10分以内でどのような負傷でも治してくれる代物であったハズ。
私が思うに、この「どのような負傷でも生きてさえいるのなら10分で完治する」というはゲーム内のリアリティーよりも利便性を重視したのではないだろうか?
なのにゾフィーさんのポッドのタイマーは残り15分。
もしかして見てくれはガレージの物と一緒でもウライコフ艦内の物は低性能だったりするのだろうかと思ったが、パオングさんの言葉がそれを否定する。
振り返って彼女の表情を見てみると先ほどの俯いていたキャタ君に向けていたうしろめたさのある顔から一転して驚愕の色。
彼女の言葉に嘘は無いのだろうが、これはいったいどういう事だと思っていると、マモル君が私を押しのけてポッドの前に立つと折り畳み式のタブレットを開いて何やら操作しだす。
無線LANでタブレットをポッドに繋いで、状態を確認しているようですぐにマモル君は「あ~……」と独りで納得する。
「ちょっと、理由が分かったなら教えてよ!」
「ええ。単純な話で、外部からの電力の供給が途絶えたために予備バッテリーでの動作となり、それで完治までの時間が伸びたみたいですね」
そう言ってマモル君が後ろ手の親指で指し示してみせたのはポッドでもタブレットでもなく弾痕だらけの壁であった。
つまり壁裏の電気の配線が銃弾によって断たれてしまったがためにハイパフォーマンスモードから省電力モードになってしまったためという事か。
これには3人組はポカンとした顔をしていたが、何故かその後ろのクリスさんはバツの悪そうな顔をしていた。
「いや、ほら、悪気は無かったんだよ? だってゲームなんだからリス狩りならともかく、復活とか回復中にやられるわけもないし、メディカル・ポッドは安地で壊れないだろって……」
まあ、クリスさんが言いたい事も分からないではない。
事実、メディカル・ポッドの上部、内部を見る事ができる透明なガラスのような部分はひっかき傷のような弾痕があるものの、指でなぞってみればすぐに綺麗になる。
ガラスのような物質には傷が付いておらず、逆に銃弾の方が削れて、それが表面にへばり付いていたという事だろう。
だがクリスさんにとって誤算であったのは、メディカル・ポッド自体は非常に頑丈であっても、ポッドに電源を供給する配線は銃弾で容易く切断されてしまったという事。
「どうする? その女性が友人ならばライオネスは彼女の警護のためにここに残るか?」
1秒に1秒ずつ、ゆっくりとカウントダウンを進めていくタイマー。
どうしたものかと思っているとボリス大尉が話しかけてきた。
「ならば我々は先行して格納庫までの道中を確保しておこうと思うが……」
「いや、ライオネスさんは先に行くさ~!」
大尉への返答を考える前にキャタ君が割って入ってくる。
その表情は何かを決意した強いもの。
いつもの朗らかではあるが軽いものではない。
「先生の話だと、ポッド自体は壊れないって事さぁ。なら大事なのは治療が完了してポッドが開いた時にハメ殺しにされない事……」
「ああ、なるほど。確かにそれならその一瞬のタイミングのためにライオネスさんを15分もここで拘束するのは得策じゃないな」
「……私たちが彼女を守ってみせます!」
さすがは仲の良い3人組という事なのだろう。
キャタ君が説明を始めると、すぐにパス太君もパオングさんも察して言葉を続ける。
いつの間にか、感染したかのように2人もキャタ君と同じ目をしていた。
「確かにライオネスが供に来てくれるのならば助かる。任せたぞ」
「ちょ、ちょっと。大尉!?」
私の事なのに私は蚊帳の外。
3人の提案をボリス大尉はあっさりと受け入れて、私には先を急ごうと目配せする。
それで話は終わったとばかりに3人は手分けして敵兵の死体を漁って銃やら弾薬やらの回収を始めていた。
「問答している暇が無いのは分かるだろ。敵もHuMoが出撃さたくはない。なら時間をかければそれだけ格納庫へ辿り着くのが困難になる」
「だからって3人だけを残していくのは……」
「大丈夫だ。3人はただの子供ではない。彼らは貴様と同じ戦士の目、いや、貴様等の流儀で言うのなら肉食獣の目だ」
確かに敵兵から剥ぎ取ったボディアーマーやヘルメットで着膨れている3人はパッと見こそ微笑ましいものの、血で汚れる事すら厭わずにその目はギラリと輝いていて獣の牙のように鋭い。
「なら私も残るわ……」
3人の目付きが変わっていた事に大尉の言葉に納得せざるえなかったところで今度はクリスさんまで残ると言い出した。
「え……。先生もライオネスさんたちと一緒に行った方が戦力になるんじゃ……?」
「お前らの意見は聞いていない」
今だにクリスさんと3人の関係は険悪なまま、というか3人の方は強い苦手意識を感じているようで、対するクリスさんの方は取り付く島が無いといった方が近いだろうか。
キャタ君のコメカミにゴリっと押し付けられたクリスさんの拳銃。
それはまるで「つべこべ言うならリスポーンさせて、どこか他の場所に行ってもらう」と言わんばかりで、これには3人も不承不承ながらクリスさんも残る事を認めざるをえない状況。
「そ、そう……? それじゃ4人とも気を付けてね……?」
「雑種犬の令和怪談」の第2夜、投稿しました。
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