34 抵抗するで、拳で!
視界に薄く黒いヴェールがかかったように暗くなる。
噛みしめた歯が砕けんばかりに力を込めていたせいで酸欠にでもなりかかったのか?
だが、その甲斐もあって私の背で必死に命を繋ごうと抗っていた敵兵の意思がプツリと途切れたのを確認して私はアルゼンチン・バックブリーカーを仕掛けていた敵兵を放り投げる。
「ふん。無茶苦茶だが、やる……」
「大尉たちこそ。でも、少し怪我の治療のために後ろに下がっていてもいいのよ?」
「そんな必要がどこにある?」
私の手際を褒めるボリス大尉は敵兵の顔面を粉砕するために叩き込んだ拳から割れたゴーグルの破片を取っていた所であった。
その他にも大尉は左肩を敵兵に撃ち抜かれ、右耳も鼠に齧られたかのように欠けている。
大尉の部下たちもそれは同様で、誰しもが大なり小なりの手傷を負っていた。
無傷なのは私とマモル君のみ。
だが、それは私たちが体が小さいから被弾面積が小さいだとか、あるいはすばしっこく動き回れるから敵が狙いを付け難いとか、そういうわけではなく、敵を見れば大尉たちマッチョメンが我先にと全力ダッシュで襲いかかっていくからである。
私もきっと断られるだろうと確信してはいたものの、それでも負傷している彼らのために先鋒を買って出るものの、やはり予想通り。
ウライコフ兵の男気とか男伊達というのだろうか。
彼らは私やマモル君の後ろにいるのが耐えられないとばかりに遮二無二、真っ直ぐに敵兵へと突っ込んでいってしまうのである。
「いや~……。でも、やっぱ姉ちゃんは凄えわ。まさか俺たちに負けず劣らずに敵に突っ込んでいくとはな」
「だな。こりゃ、こっちも張り合いが出るってもんよ!」
大尉の部下のマッチョメンたちも数多の銃火に晒されてきたというのにまさに蛙の面にションベンといった塩梅。
鼻クソでもほじるように肥大した大胸筋から小指でショットガンの散弾を摘出しながらも1人のマッチョが何食わぬ顔でむしろ自分たちに付いてきている私を褒め、パックリと割れた額を千切ったタンクトップの布で即席のハチマキで止血するマッチョが同意する。
先ほどから彼らは私をベタ褒めだが、悪い気がしない。
ただのパンピーにここまで褒められたのならば私の性格上、鼻につくというか、何事も過ぎれば逆効果といった具合になってしまうのだろうが、彼らの言葉は特に気にならなかった。
もちろん彼らがゲームの世界のNPCで、目覚ましい活躍を見せたプレイヤーを賞賛するように性格が設定されているのだろうと思ってしまうのもあるし、そもそも彼らがガチムチのイケメン揃いというのもある。
だが、それ以上に彼らの私をベタ褒めする言葉は一重に自分たちチームに絶大の自信を持っているが故のものであるとその言葉の節々から分かるから。
不快ではない。
彼らがいかにゲーム内のNPCとはいえ、その鍛え上げられた彫刻のような肉体を見れば、それだけの肉体を作り上げるのにどれほどの努力を積み上げてきたか、それぞれのキャラクターに自分たちへの絶対的な自信を持つというバックボーンがあって然るべきだと思う。
むしろ私としては、そんな彼らに「自分たちに付いてこれる」どころではない、彼らを上回る活躍をしてみせて鼻を明かしてやろうとさらに闘志を燃やすくらいだ。
だが、そんな時、ふと私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「……ちょ、ちょっと~! ライオネスさ~ん!」
「あら? キャタ君たち……、クリスさんも?」
6名ほどの敵兵士たちとの出会い頭の死闘を終え、次なる戦いへと赴こうとしていた時、通路の脇の扉からキャタ君、パオングさんにパス太君、そしてクリスさんが私を呼んでいたのだ。
「え、あの……。ライオネスさんたち、武器……は……?」
「武器……?」
「武器って、ねぇ……?」
「必要なだけあるが……?」
パオングさんが私たちに対して聞いてきた問いに対する答えは私も大尉もその部下たちも同じ。
まるで全員がタイミングを見計らったかのように彼女へ拳を突き立てて見せる。
だがパオングさんはおろか、キャタ君もパス太君も私たちの答えに納得しなかったのか、まるでテレビのバラエティ番組なんかに出てくるツッコミ芸人のように大きな声で騒ぎながら倒れた敵兵を指差した。
「そこ~!! そこに武器あるから!! 鉄砲あるから!!」
そりゃあ確かに敵兵の武器のいくつかは無事なまま。
ボディアーマーのポケットには予備の弾倉なんかもあるのだろうけど、私が思うにこれは罠みたいなものだ。
きっとキャタ君たちはまだ子供だから論理的な思考ができないのだろう。
「いい? この艦は人工重力があるとはいっても地上に比べれば低重力環境なの。貴方たちはそんな普段よりも小さな重力下で銃の反動を制御できる?」
私にはそんな芸当はできそうにない。
借りに敵兵の銃を奪って使ったとして、それで互角の勝負にはならないのだからなおさらだ。
私はその事を説明するためにすぐ傍の敵兵の亡骸が着込んでいるボディーアーマーをはだけさせてみる。
「重いわね。たぶんコレ、拳銃弾どころか自動小銃とかの弾も受け止められるようなヤツでしょ? これをもらっても良いけど、こんなん着込んで走ったら、すぐにバテちゃうわよ」
さらに敵兵が被っているヘルメットは見るからに厚い金属でできた銃弾も防げそうな物。
オマケに顔面を覆うマスクまで人差し指の爪で軽く叩いてみると鈍い金属音が返ってくる。
ボディーアーマーやヘルメットほどの物かどうかは分からなかったが、それでも威力の弱い拳銃弾くらいなら防げるような物なのではないだろうか? そもそもそのくらいの物でなければ意味が無い。
「銃だけ奪って使ったら、敵だけ防御力のある状態で不利な撃ち合いを強いられる。防具まで奪ったら動きが鈍くなる。あ、味方から敵と間違えられる可能性も出てくるわね」
そんな事になるくらいなら素直に肉弾戦を挑んだ方が手っ取り早いと思う。
思う、というかもはやそれは確信、実感、そして純然たる論理である。
ここまで話してもキャタ君たちは納得がいかないのか反論こそ無いものの、憮然とした顔をしている。
対してクリスさんは苦笑しながらもうんうんと頷いていた。
チラリと覗いた部屋の中にはそこには私たちが倒したものではない敵兵の亡骸。
「部屋の中のはクリスさんが……?」
「まあな! お前の言うようにやたらと銃は跳ねるが、当たる距離まで近づきゃ問題無い!」
「さすがです」
そう言うとクリスさんは敵兵から奪った銃を上げて誇示してみせる。
たしか彼女は昔、FPSとか初期のVRシューティングで鳴らした腕前の持ち主であったハズ。
それほどの腕前の持ち主であれば私のあげたデメリットなど無視できるという事なのか。
いわば私やボリス大尉たちとは別の論理で戦う事ができるという事。
心強い味方がいたもんだとこの戦いと、さらにその先を見据えて明るい希望が見えてきた所で私は思い出す。
そもそも、なんでクリスさんとキャタ君たちが一緒にいるのだ?
仲違いしていたのではなかったのか?
私が知らない内に仲直りしたのか、それとも非常事態故に不仲の原因を押し通して協力する事になったのか?
聞かなきゃ駄目なヤツなのか?
今、それを?
「……えと、皆はどうしてこんなトコに……?」
「ああ、それなんだがな……」
私が話を切り出すと、クリスさんの表情からも笑みは失せ、眉間に皺を寄せて彼女は室内を顎でしゃくってみせる。
私が室内を覗くと、先ほども見えていた敵兵の亡骸の他にも合わせて10名近い敵兵の死体がそこにあった。
乱戦であったのだろうか?
室内の壁のあちこちには銃弾の痕が刻み込まれていて、天井の照明も照明装置か配線のどちらかの不具合により明滅している。
そして……。
「メディカル・ポッド! もしかして中に入っているのは……?」
敵兵の死体と部屋の隅に寄せられた幾つかのテーブルと椅子。
それ以外はガランとした室内の隅に1基の見慣れた繭状の装置があった。
格プレイヤーのガレージに設置されている物とほとんど同型の銀色の繭の上半分には透明な覗き窓があり、緑色の液体に浸されているロングヘア―の覆面の女性が眠るように目を閉じている。
ナノマシン入りの緑色の溶液によって中の人物はハッキリとは見えないものの、それでも彼女が被っている仮面を見間違えるわけもない。
「ゾフィーさんさぁ……。わ~を庇って大怪我しちゃったから……」
ゾフィーさんがメディカル・ポッドに入らねばならないほどの負傷をしたという事に驚いて振り返ると、キャタ君が唇を噛みしめながら俯いていた。




