33 銃よりも優れた武器
圧倒的であった。
自分たちが恐れていた敵が、児童向けのお手軽ゲームステージ1の雑魚キャラであったかのように。
キャタピラーたちはそう感じてしまうが、それでも彼らはそれが間違っている事も正しく理解していた。
敵が手にした銃器は容易く栗栖川の肉を貫き、骨を砕いてしまう威力を持っている事に疑いの余地はないのだし、その身に纏っているボディーアーマーは栗栖川のプレイヤー初期配布装備の拳銃など容易く防いでいる事は先ほどから何度も目撃している。
それでも敵兵がただのやられ役、プレイヤーが気持ち良くなるために配置された雑魚キャラにしか思えないのは一重に栗栖川の凄まじいほどの戦闘力がなせる業がため。
めまぐるしく鋭い視線が動く。
全身がテンションのかかったバネのように跳ねて跳ぶ。
そして射撃は正確無比。
栗栖川の放つ弾丸は次々と喉や顎下、あるいはマスクのゴーグル部分を撃ち抜いて敵兵を倒していき、ボディーアーマーに吸われた弾丸もそれは敵兵の硬直を引き出すための意味のあるもの。
やがて栗栖川の拳銃の弾が尽き、予備の弾倉も撃ち切ると、キャタピラーは自分の持っている拳銃を投げて渡そうと思ったが上手く投げる事ができるかどうか、ふんぎりが付かずにいた頃にはもう栗栖川は敵に組み付くかのような接近戦を挑み、敵のサブマシンガンを抑えつけると同時に腰に手を回してホルスターから拳銃を奪いとって、それで元の持ち主の命を奪う事に成功していた。
さらに栗栖川は奪った拳銃で倒した敵兵のスリングベルトを撃って、サブマシンガンを奪う。
そこからはさらに圧倒的。
鬼に金棒とはこの事か。
ただでさえ信じられないような戦闘能力を見せる栗栖川が連射火器を持ったのだ。
残る敵兵はあっという間に殲滅され、しばし嵐が通り過ぎたような静けさが訪れる。
静寂ではない。
室外からは遠く警報音や今も続く艦内戦闘の銃声やら爆発音が聞こえてきてはいたが、それでも鼓膜を叩く銃声の暴力が室内の、すぐ近くで行われているかどうかは雲泥の差。
キャタピラーたちは栗栖川が大きく肩を上下させて息を切らせている呼吸さえはっきりと聞こえるこの状況を静かだと感じても無理はないであろう。
「……こんなもんだ」
少しだけ呼吸を整えた後、栗栖川は冷たい視線でキャタピラーたち3人を見据えていた。
先ほどとは違い、冷たさの中に戦闘の余波か熱も入り混じった肉食獣の目。
敵から奪ったサブマシンガンと拳銃を両手に栗栖川はキャタピラーたちに向けて膝を何度も曲げては伸ばす屈伸運動をしてみせる。
なんとも古式ゆかしい煽り行為であった。
だが、このゲームは肉体の疲労も現実世界に即したもの。
すぐに栗栖川は足を攣ってしまったのか「痛たた……」と悶絶する羽目になってしまうも、キャタピラーたちからは彼女を心配するような言葉は出てこなかった。
「……大人は嘘吐きさ~」
代わりに出てきたのは自分を苛む無力感の裏返し。
自分たちには何もできなかったというのに「ゲームなんかに入り浸っていないで現実を生きろ」と言っていたハズの栗栖川が実は自分たち以上のゲーマーであった事を責める言葉であった。
「嘘吐き? 何がだ?」
「なんで……、なんで栗栖川先生がこんなにこのゲームをやりこんでいるのさぁ……」
「やりこみ? この程度で……?」
だが栗栖川は少年の言葉を心外だと言ってのける。
その言葉が彼女の本心からのものだというのはそのきょとんとした表情から分かってしまう。
それほどまでに3人は彼女と長い付き合いであった。
「言っておくが、今のは“昔取った杵柄”ってヤツだよ。それも受験勉強の息抜き程度のな」
「う、嘘でしょう!?」
「『ノルマンディーⅢ』のナチの武装親衛隊はこんなもんじゃないぞ? アイツらボディーアーマーなんて大層なもん着てない癖にヘッショ決めなきゃ撃たれても平気で応戦してくるからな」
FPSなどの一部のゲームにおいて人体の急所である頭部への射撃を「ヘッドショット」などというが、それを略して「ヘッショ」という言葉がさらっと出てくる辺り、栗栖川もかつてはそれなりにその「ノルマンディーⅢ」というタイトルをやり込んでいたのであろう。
ヘッドショットという概念は「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」においては他のシューター系ゲームタイトルに比べてあまり重要視されないものである。
HuMoを駆っての戦闘がメインとなるこのゲームにおいて、HuMoの頭部は確かにメインカメラやメインプロセッサーが入っている重要部位ではあるものの、生身の人間が撃ち合うゲームのようにヘッドショット=撃破とはならないためだ。
だが3人は栗栖川が「ヘッショ」という言葉をさらりと言った中にもどこか自負のようなものが感じられて、それが“昔取った杵柄”という言葉に信憑性を与えていた。
「まっ、色々と言いたい事もあるんだろうけどな。私から言わせてもらえば、それらは全部、お前らが真剣に生きていないからだ」
徐々に栗栖川も戦闘の熱から脱しつつあったのか、冷めた視線は一層、3人を責めるようなものとなっていく。
「今のお前らは死んでないだけ。これぽっちも真面目に生きてはいない。だからゲームも時間があっても上達なんてしないし、困難に直面したらビビって固まっちまう。一事が万事、きっとお前ら死ぬまでそんな感じなんだろうよ」
栗栖川は「私が『ノルマンディー』やってた頃は……」と続けようとして、それから頭を振って、吐き捨てるように話を勝手に締める。
それは暗に「お前らに言っても無駄だろうよ」と言っているかのようであり、それが決別したとはいえ、長い時をともに過ごしてきた3人にとっては一抹の寂しさを感じさせた。
「……一体、わ~たちとライオネスさんとで何が違うのさ~……」
キャタピラーの口から零れたその言葉は栗栖川に問うたものであったのか、それとも自問するものであったのか。
だが、その言葉は向こうの方からやってきた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッ~~~!!!!」
その咆哮、仮に「敵襲によって猛獣の檻が開け放たれてしまった」と言われたとしても信じてしまったであろう。
突如として轟いてきた咆哮にビクリと身を震わせてしまったのは3人だけではなく栗栖川も同様。
一体、何が? と4人は目配せするも誰もその咆哮が何かを理解している者はいなかった。
精々、その獣の咆哮が室外から聞こえてきたものである事と、だがそう遠くない位置であろう事をそれぞれが漠然とながら察していたくらいだ。
4人は一時休戦とばかりにゆっくりと扉の近くへといき、恐る恐るながら部屋の外の通路を見る。
「~~~~~~~~ッッッ!!!!」
そこにいたのはつい先ほどキャタピラーの言葉の端に出た少女、ライオネスであった。
少女の白い肌は紅潮し、目はらんらんと輝いて、口はきつく噛みしめられていたものの犬歯を剥き出しにして、今にも誰かに噛みつかんばかり。
「ひぇっ……!?」
キャタピラーは自分にはないバイタリティーを持つが故にライオネスに惹かれ、それは少年らしい淡い恋心といってもよかったが、そんな彼でもあまりの鬼気迫る表情に小さな悲鳴を漏らすほどであった。
そのライオネスの鬼にも勝る表情は敵に向けられたものではない。
何故か?
その敵は彼女の背の上にいたからである。
ライオネスはその小さな体の上に敵兵を担ぎ、首と腿に回した手に渾身の力を込めて敵兵の脊椎を逆方向に捻じ曲げようとしていたのである。
「ッッッらあああああああぁ~~~ッ!!!!」
その野獣のような、鬼神のような表情に相応しい荒技、アルゼンチン・バックブリーカーをあるプロレス雑誌のJKプロレス担当記者は「ライオネス・バックブリーカー」と称した。
そして、ついに少女が雄叫びとともに一層の力を込めるとボキリと鈍い音がして、少女の背の敵兵はマスクの隙間から白い泡を吹き出してしまう。
「で、さっきの答えはまだ必要か? オメーはあんな顔をした事があんのか? 何でもいいからオメーはガチった事があんのか? それがお前らとアイツとの差だよ」
栗栖川の言葉が少年の胸に突き刺さる。
どこか頭の隅では「いや、何もここまでは……」と思ってしまうが、それが自分の人生で染みついてしまった逃げ癖なのだろうとも分かってしまう。
「フンっっっ!!!!」
「オラァァァン!!!!」
「あっ! ちょっと! コイツ、まだ息がありますよ!?」
「んじゃ、坊主に任せるわ!!」
だが、そんな事などどうでもよくなるような光景がライオネスの後ろでは繰り広げられていた。
みちみちと筋肉が皮膚を破ってしまうのではないかと心配になってしまうほどのマッチョたちが、しかも、揃いも揃ってピチピチのタンクトップにハーフパンツのマッチョたちが敵兵を殴り飛ばし、蹴り飛ばし、そしてまだ息のある敵兵の喉笛を恐らくはライオネスの補助AIであるマモルがナイフで掻き切っている。
見るとライオネスも腰のホルスターは手付かずのまま。
「……あの人たち、ホントに文明人かしら?」
そうパオングが言いたくなるのも分からないではない。
ライオネスと彼女に続くマッチョメンたちはバッタバッタと敵を薙ぎ倒している。
当然、敵の銃を奪う事はできるのだろうが、そんな事はしていない。
まるで己の肉体が銃なんかよりもよほど優れた武器であると信じているかのように。
「いや~……。栗栖川先生、僕たち、別に縛りプレーしたいわけじゃないんで……」
「う~ん……。そういう事を言いたいわけじゃねぇんだけど、そう言いたくなるのも分かるよ」




