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32 思わぬ援軍

 ガツガツと足音を殺そうともしない軍靴の音から察するに扉1枚隔てた向こうの敵兵の数は10名以上か。


 その前に2発の銃声が響いてきていて、老兵もバリケードを守っていたウライコフ兵もまず間違いなくやられてしまったようだ。


「ど、どうする……?」

「どうするったって……」

「ヤベェって! お、俺たちは最悪、どっかでリスポーンするんだろうけど、ゾフィーさんはどうすんだよ!?」


 3人はつい先ほど確認したばかりだというのにゾフィーが入っているメディカル・ポッドの操作盤に取り付けられたタイマーに幾度となく目をやった。

 まるでそうすれば彼らの意を汲んで残り時間が一気に無くなってしまうと信じているかのように。


 治療完了まで残り5分。


 無論、実際にはキャタピラーたちだって、ただ眺めているだけでは1秒に1秒分ずつしかカウントが減らない事は分かっている。


 それでも3人雁首並べて思考停止状態に陥っている彼らにはそんな事くらいしかできなかったのだ。


 彼らは現実世界で自身の死を身近に感じていたがために、死に対して強い忌避感を持っていた。


 だが、ゲームの世界では違う。


 徹甲弾に貫かれても、成形炸薬弾のメタルジェットに焼かれても、プラズマビームに蒸発させられても、何度でも死んだらガレージで復活する。


 いわば彼らはやり直しの効く世界で死に対する鬱憤を晴らしていたのだ。


 しかし、この時ばかりは命を刈り取る大鎌を振り上げた死神の存在を感じざるをえなかった。


 NPCであるゾフィーは彼らプレイヤーとは違って死んでしまったらそれまで。


 以前に聞いた話では、ゾフィーというキャラクターが死んでも、ゲーム世界に必要ならばよく似た同じようなキャラクター設定のNPCが世界に生み出されるらしいのだが、それは彼らが知るゾフィーとは別人。3人の事を覚えているわけもない。


「…………」


 半透明な覗き窓から見えるゾフィーの顔は眠っているように穏やかなもので、そんな彼女の命が奪われるなど、3人にはとても耐えられるものではなかった。


 ゾフィーは3人にとって付き合いこそ短いものの、その僅かな時間ですら憧れを抱いてしまうほど魅力的な大人の女性で、面倒見の良い好人物であり、そして3人をここまで引っ張ってきてくれた旗印のような人である。


 さりとて子供たち3人でこの場を切り抜ける妙案がポッと出てくるわけもなく、無常にも部屋の外と彼らとを隔てる扉の鍵は破壊されて、室内にぞろぞろと手に手に銃を携えた黒いボディアーマーの一団が押し入ってくるにいたっても、3人は凍り付いた表情のまま何もできないでいた。


「ナンダ? ガキカ……?」

「イヤ タダノガキガ クウボニ ノリコンデイル ワケガナイ」

「メンドウダ ドノミチ シネバ タンパクシツヨ」


 黒い一団の被るマスクに仕込まれている何かしかの機械によるものだろうか?


 敵兵の話す言葉は酷く無機質に聞こえ、それが一層、少年少女の恐怖感を煽るのだった。


 この段にいたっても恐怖に支配された彼らは手にした拳銃を敵に向ける事すらできず、その事を理解しているのか、敵兵たちはキャタピラーたちの姿を見付けた時には緊張した様子があったものの、すぐに弛緩した雰囲気に包まれて単純作業のやっつけ仕事を始めるかのように手にしたアサルトライフルやらサブマシンガンやらを向ける。


 そのタイミングでの事であった。


「本当に度し難い……」


 良く通る女性の声が敵集団の後ろから聞こえてくる。


 その声は3人もよく知るものではあったが、その調子は彼らが聞いた事がないほどに醒めて呆れかえったもの。


現実世界(リアル)から逃げて、ゲームの中でも逃げ場の無い袋小路に追いつめられてすら戦う事ができない……」

「栗栖川……、先生……?」

「お前らが戦うのはいつだ? 死ぬまで本気になれずにそのまま死ぬ気か?」


 敵集団の後ろから現れたのは栗栖川であった。


 キャタピラーたちが持つのと同型の拳銃を持ちながらも、発砲する事もなくゆっくりと歩いてきて、敵兵に触れ合えるような距離まで来ても調子を崩す事はなく、敵兵が見えていないかのように少年たちへ冷たい視線を向けたまま棘のある言葉を次々と叩きつける。


 その様子に敵兵も困惑しているのか、女1人、その気になればいつでも殺せるという余裕もあるのだろうが、栗栖川の様子をただ黙ってなりゆきを見守ろうとしていた。


「部屋の外にウライコフ兵の死体が2つ転がっていたけれど、まさかお前らを守って死にましたとか抜かすなよ?」

「…………」

「チィっ! 図星かよ……。お前らが持っているモンは何だ? 文鎮か? ()()はこう使うんだよ!」


 栗栖川は唾を床に吐き捨てながら、手近な敵兵に向けて「よっ!」とまるで旧知の友へ向けるかのように手を上げる。


 だが、それはそんなのんびりとしたハンドサインではなかった。


 栗栖川の上げた手に握られた拳銃、その銃口は敵兵の顎の下に付きつけられていた。


 そのまま銃爪は引かれ、銃声とともに閃光。


 学校の教室ほどの狭い室内で響き渡った銃声はキャタピラーたちの鼓膜を暴力的に襲うが、敵兵たちはヘルメットに内蔵されているヘッドセットのためか、それとも身に染みついた訓練の賜物か、すぐに反撃に移る。


「コ コロセ!!」

「ホウイシロっ!!」


 すぐさま敵兵たちは栗栖川を扇状に半包囲の形を取ろうと動き出し、真正面にいた敵兵はそのまま目の前の栗栖川へ射撃を開始する。


 キャタピラーたちからは一瞬にして栗栖川の姿が消えたように見えた。


 だが敵兵が使う銃器とは違う、プレイヤーの初期装備の拳銃特有の銃声が再び鳴り響いた時、1人の敵兵が膝を抑えるようにして倒れ込み、そして再び彼らの目に栗栖川の姿が移る。


 それは異様な構えであった。


 足は右脚を伸ばしながら大きく屈伸運動するかのように沈み込み、拳銃を握る両手を支える肘は左右とも曲げられている。


 拳銃を用いた接近戦のための構えか。


 そう3人が悟る事ができるほどに栗栖川の戦い方はシステマチックで、不意に至近距離で暴風雨が発生したかのように暴力的でありながらも動作の1つ1つは理路整然としたもの。


 膝を撃たれて倒れ込んだ敵兵の喉、ボディーアーマーの隙間を撃ち抜きながら栗栖川は駆け出す。


 人がこれほど姿勢を落とした状態でこれほどに速く動けるのだろうかと思ってしまうほどに不思議な動きで、時には前後運動を入れて敵の射線を惑わし、そして彼女の銃口から放たれる銃弾の1発1発がこれ以上ないほどに効果的である。


 別に全ての銃弾がボディーアーマーの隙間を掻い潜って敵兵を撃ち抜いていたというわけではない。


 だが、栗栖川はまるで1秒後に自分を捉える敵兵が分かっているかのように敵兵の胸部に銃撃を叩き込むとその敵兵は銃弾に貫かれこそしなかったものの、銃撃の衝撃で硬直して、その隙に栗栖川は射線から逃れているといった塩梅。


 いわば1発の銃弾で一瞬の猶予を買っている形。


 栗栖川にとって銃弾は武器であり、そして防具でもあった。


 そして栗栖川が動き回るのと呼応して敵兵の銃弾も室内を駆け回り、これにはたまらず3人も慌てて部屋の片隅のテーブルを倒して、その中に身を隠す。


「……思い出したわ」

「な、何をさ~?」


 テーブルを銃弾が掠めるたびに樹脂の破片が飛び散って、その度に3人は頭をこれ以上ないほどに低くしていたが、ふとパオングが忌々しげに呟いた。


()()()、栗栖川先生がマーカスさんに悪事を暴かれて、拳銃を向けられた事があったでしょ?」

「ああ、あったな! でも、それがどうかしたかよ!?」


 3人にとって、その光景は今でも昨日の事のように思い出せる。栗栖川との決別の時の事。


「おかしいとは思っていたのよ!?」

「な、何がさ~!?」

「いくらケツに火が付いているからって、まだ銃を抜いていない相手ならともかく、既に銃を向けられている相手に抜き撃ち勝負だなんて勝てるわけがないじゃない!?」

「あ~……、確かに」


 キャタピラーもパス太もパオングが言わんとしている事を察した。

 テーブルの向こうで繰り広げられている光景に察せざるをえないというべきか。


「あの時は苦し紛れとか、計画を潰された憂さを晴らすためとか、もしくはヒステリックになって勝ち負け考えられなくなってとか思ってたんだけど、違ったみたいね!」

「栗栖川先生はあの時、普通に撃ち勝つつもりだったってわけさ~!」

「そう。マーカスさんでなければ実際に勝ててたんでしょうね。悔しいけど……」

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