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27 艦内戦闘

 警報音と敵襲を告げる艦内放送は幾度となく繰り返され、それまで主義者らしい発言をしながらも好々爺らしい笑顔を崩さなかった艦長さんも真剣な顔をしてコートのポケットからモバイルフォンを取り出して何やらせわしなく通話を始める。


 つい先ほどまで芝居がかった勇壮さを演出しながら自勢力製の兵器を売り込んでいたいた大型ディスプレーも画面が切り替わり、歪な(やじり)のような宇宙空母のCGが映し出されると、赤や黄色などで被害状況を表示していた。


「どういう事!? 戦闘開始予定地点までまだ数時間はあるハズでしょ!?」

「長距離狙撃……、は流石に考えにくいでしょうから機雷か何かでしょうか?」

「いや……。触雷したくらいで先ほどのような激しい揺れは起こらないだろう」


 さすがはたった12人で1個大隊と嘯く大尉たちは敵襲とあっても動じる事はない。


 だが、そんな彼らであっても何があったのか想像もつかないらしく、大人しく続報を待っている。


 そして艦長さんが通話を終えて忌々しげに電話機を閉じるのと大型ディスプレーに追加情報が表示されたのはほぼ同時であった。


「……マズい事になったぞ」

「え? アレ、何……?」


 筋金入りの飲酒主義者である艦長が深刻な顔をする。


 それだけの事態が私たちの乗り組んでいる艦に起きているようなのだ。


 壁面大型ディスプレーに表示された宇宙空母ポチョムキンには数本の細い杭が打ち込まれていた。


 だが、それが何なのか私には分からない。マモル君もそれは同様。

 2人揃ってきょとんとした顔をしていたが、ボリス大尉たちはやる事が見つかったとばかりに意気揚々と全身の筋肉をバルクアップしていた。


「イナゴどもらしいと言えば、らしいですなぁ……」

「舐めた真似してくれやがって!」

「まあ、良かったじゃないですか? HuMo乗りの陰に隠れてしょぼい酒飲まされるんじゃないかって心配してたのは誰です?」

「フフフ、そう言ってやるない?」


 不敵な笑みを浮かべてボリス大尉とその部下たちはウェイターが金庫のように厳重な鍵のかかった戸棚から取り出してきたヒップフラスクをそれぞれ受け取っていく。


「ちょ、ちょっと! 一体、どういう事なのよ!?」

「見ての通りだ」

「はぁ!?」

「敵はステルス突撃艇で本艦に直接、乗り込んできたって事だ」

「はあ!?」


 つまりアレか?

 画面の中のCGで描かれているポチョムキンのあちこちに突き刺さっている爪楊枝のように細長いのが突撃艇とやらで、敵兵が直接艦内に乗り込んできているって事?


 だが、私は口では驚愕の声を上げていたが、その一方でどこか心の中で納得している自分に気付いていた。


『ウライコフ艦隊:エンターテイメント性が高いです(笑)』


 私の脳裏に思い起こされていたのは公式サイトのイベント告知ページにあった一文。


「……こういう事か~~~。やってくれるじゃない! 姉さん!?」


 宇宙でHuMoを駆って戦闘を行うのはどこの勢力の艦隊でも一緒。

 ならば、どこで姉さんたち運営チームはエンターテイメント性が高いというのか?


「敵襲は本艦のみならず、艦隊全域で行われているようじゃ。現在は艦隊で統制の執れた指揮は行われていない状況。つまり各艦個別に艦内に侵入した敵陸戦隊へ対処しつつ迎撃を行なっている。ライオネス君たち傭兵部隊もそれに参加してほしい」

「艦長。1個中隊を護衛に付けます」

「助かる。大尉も精々、派手に暴れてくれ」

「ハッ! 今晩の酒の肴となるような話をお届けできるよう善処いたします。……セルゲイ中尉!」

「ハッ! 艦長は何があっても無事に艦橋までお連れします!」


 そう言うと、艦長は大尉の部下3名を引き連れて駆け出して室内から出ていく。

 枯れ木のように深い皺の刻み込まれた義足の老人が駆けだすとはそれほどまでに緊迫した状況なのだと改めて思い知らされる。


 それから私とマモル君も何故か、というか話の流れで鈍い銀色の艶消しのヒップフラスクを受け取って大尉たちとともにリュモチナヤから出て、艦長たちとは反対の方向へと走り出した。


「ライオネス! 君たちのHuMoはあの格納庫で良いんだな!」

「ええ! 私たちが最初に出会った第8格納庫よッ!!」

「良し! ならば俺たちは貴様たちを第8格納庫まで連れていく! 道すがら敵を倒して、味方を助けながらな!!」


 つまり、そういう事なのだろう。


 運営のいう「エンターテイメント性の高いウライコフ艦隊」でのイベントのまず最初は艦内のNPCたちやプレイヤー同士で力を合わせてHuMoに乗り込んで発艦させなければならないという事なのだ。


 やがて駆けだして5分も経たない内に()()はやってきた。


 広い廊下を走り、やがて90度に折れ曲がった曲がり角が見えてきた頃。


 突如として「カタタタタッ……」という連続した破裂音が聞こえてきたかと思うと曲がり角の向こうから吹き飛ばされてきた1人の兵士が壁に叩きつけられて赤い鮮血が宙を舞う。


「チィッ! もうこんな所まで……」


 先を走る大尉の部下が苛立ち紛れに吐き捨てる。


 私たちが飲んでいた士官用リュモチナヤは複層構造の艦内において表層からだいぶ中枢近くに近い区画である。


 ビジターであるプレイヤーはそのままでは入る事ができず、大尉たちのようなNPCに招待されなければ入れないような場所なのだ。


 そこから走り出してすぐに敵が来ている。

 事態は随分と深刻なようである。


 だが、そんな事くらいで降参する奴は1人もいない。

 ……いや、訂正。私の後ろを走るチビッ子1人を覗いて誰もいない。


「大隊! 開栓ッ! 戦闘酒をキメろ!!!!」

「応ッッッ!!!!」


 果たして、それは「開戦」と「開栓」をかけた言葉であったのだろうか?


 ボリス大尉の号令の元。

 タンクトップのマッチョたちは走りながらリュモチナヤで受け取ったヒップフラスクの栓を開け、内容物を一息に煽って容器を景気良く投げ捨てる。


 さらにそのまま加速し、次の瞬間に曲がり角から姿を現した3人組の兵士たちは大尉たちの姿を正しく認識する事ができたのだろうか?


「ふんッッッッ!!!!」


 ヘルメットにフェイスカバー、ボディーアーマーと全身黒ずくめの敵兵の姿が見えた瞬間。

 大尉たちはただただ力任せに拳を叩き込んでいた。


 ただそれだけで3人の敵兵は絶命。


 いくら敵兵がボディーアーマーを着込んでいようと、所詮はそれは数グラムから十数グラムの銃弾に耐えるための物。


 高いアルコール度数の酒をキメた体重100kg以上の男たちの拳に耐えられるわけもない。


 一方、彼らの後ろを走る私には攻撃のチャンスは訪れず、代わりに撃たれた兵士の体を引いて続いて出てくるかもしれない敵からの射線を切る事にする。


「ちょっと! しっかりしなさい!!」


 肩の辺りを引きながら呼びかけるもウライコフ兵からの反応は無く、肩を掴んだ私の手はべったりと温かい液体で濡れていた。


「はあ! はあ! はあ! はあ!」

「ちょっと! 何、何? どうしたの!?」


 敵とは違い、未だ戦闘態勢に入っていなかったウライコフ兵であるからボディーアーマーは未着用。


 前進に複数発の銃弾を受けてその兵士は息を荒くしながらも目の焦点は定まっておらず、呼びかけ続ける私の方へ顔を向けようともしない。


 だが、その兵士は震える手に今際の最後の力を込めて動かし、尻のポケットへ何かを出そうとしていた。


 私が自分の手が汚れるのも構わずに手伝ってやると、それは銀色の平たい容器。

 先ほど大尉たちが呷って投げ捨てたのと同型のヒップフラスクである。


 だが、すでにそのヒップフラスクは銃弾によって穴が空き、内部に残った内容物も血と混じってウォッカの容器としての役割は永遠に失われてしまっていた。


「ほら! 飲みなさい!!」 


 私は自身に渡された容器の栓を開けて抱き起した兵士の口元へ持っていってやる。


「……Спасибо………………」


 そして僅か1口、本当に1口分だけ小さく喉仏が動いてから兵士はどういう意味か分からない言葉を口走って、それを最後に糸が切れたように全身から力が抜けてしまった。


「ねぇ……。マモル君、スパシバ? スパシーバ? って、どういう意味かしら?」

「さあ? 僕にはちょっと。……でも、その顔を見れば大体の意味は……」

「そうねぇ。そう思いたいわねぇ……」


 これがゲームなのか?


 リアルさをウリにしてるにしても限度があるだろう。


 全身に銃弾を受け、最後まで自身が頼みにしていたモノを追い求め、口から溢れ出したドス黒い血と透明な液体で口の周りを汚しながらもそれを拭うよりも私に一言残していった彼が何を言っていたのかは分からない。


 だが、動かなくなった彼の体を床にそっと寝かせてから立ち上がった私の両の拳は固く握り締められ、骨が悲鳴を上げるもそれよりも先に皮膚が限界を迎えていた。


 伸ばしているつもりもない爪が皮膚を突き破ったのだ。


「お姉さんが……、拳で泣いている……?」


 マモル君の声を後目に私は大尉たちの元へ向かう。

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