26 アラート
ウライコフの広報テレビはやたらと古めかしくて、薄ら寒いほどに勇壮な雰囲気を煽るものではあったが、その内容は事前に公式Webサイトで公表されていたイベントの情報と大差ないものであった。
画面上の星間図に表示された今回の敵、“宇宙イナゴ”とやらは惑星トワイライトからはだいぶ離れた地点でワープアウト。
これは彼らの技術力が劣っているがために目標近くでワープ空間から出る事が危険だからという説明が付き、ナレーターはこれを持って技術の優劣は明らかだと自分たちの勝利は揺るがないと断言。
またこれによって惑星トワイライト駐屯の三勢力と中立都市は協力して迎撃の態勢を整える事ができたというわけで、三勢力それぞれの艦隊は中立都市の傭兵部隊によって増強されて3つの進路で迎撃に向かうという作戦計画が説明された。
私たちが参加したウライコフ艦隊は真正面から宇宙イナゴの艦隊とぶつかるべく舵を取っている。
サムソンとトヨトミの艦隊は大回りの進路を取って、ウライコフ艦隊が交戦開始後にそれぞれ両翼から側面攻撃を仕掛ける流れ。
サムソン艦隊が右翼側、そしてトヨトミ艦隊が左翼側を担当するようだ。
HuMoと同様にウライコフの艦艇は火力と防御力に優れているがために真正面からがっぷり四つに組み合って戦うのに適しているからという作戦なのであろうか。
動画中のナレーターの熱はまさに最高潮となっている。
『我々の鉄と血で鍛え上げられた精鋭、同志諸君の実力を惰弱なる“ポリコレヤクザ”や“銭勘定が大好きな豚”どもへ見せつけよう!! そうだ! 宇宙蝗などもはや敵ではない!! 此度の作戦はただの害虫駆除なのである!! ただ人類に徒なす害虫を潰すだけでは今夜の酒は美味くないぞ!! 我々の至上命題たる「全宇宙ウォッカ工場化計画」を邪魔する者どもへ我々の実力を見せつけ、奴らの忸怩たる顔を思い出して今晩の美酒を楽しもうではないか!!』
その後はナレーターの熱も冷めやらぬまま、これは艦隊に乗り込んでいる傭兵に向けてであろうか? ウライコフ製HuMoやその装備品がいかに優れているかを喧伝する広告動画へとシームレスに切り替わっていく。
『宇宙での戦闘において重要な事は何か? 我々はトワイライト駐留艦隊機械化歩兵部隊のエース、ノンナ少佐へインタビューを試みた!』
『よろしくお願いします。少佐、早速ですが……』
画面に映し出された中年女性はでっぷりと太った赤ら顔のパイロットスーツ姿。
顔が赤いのはやはり酒を飲んでいるがためなのだろう。
インタビューを受けている彼女の傍らのテーブルにも透明な液体が入ったガラス瓶とショットグラスが置かれている。
だがボリス大尉とは違いノンナ少佐とやらは贅肉に覆われて皮膚はたぷたぷ。おまけに少佐が口を開くたびに二重顎が震えて何とも見るに堪えない。
『宇宙空間において大事なのは装甲防御、大質量、そしてそれに負けないだけの推力です』
『大質量……? 素人考えで失礼なのですが同じ推力ならば軽い方が良いのではないでしょうか?』
『いいえ。逆に貴方は四方八方、地上の戦いでは気にしなくともよい下からの攻撃さえ気にしなくてはいけない状況下で紙切れみたいな装甲で全ての弾を除け続けられるのですか?』
ノンナ少佐は随分と酒浸りになっているような見てくれでありながらも、さすがはエースと紹介されるだけあって、戦闘理論を語る時には鷹のように鋭い目付き。
彼女が語る内容も概ねは納得できるもので、例えば「重い機体なら敵機とぶつかった時に当たり負けしない」というのはウライコフ製の機体ではないが同じく重いケーニヒスに乗る私にはすとんと腑に落ちる内容であった。
曰く、宇宙空間では自機も敵機も地上では考えられないほどに高速で動き回るために格闘戦のタイミングが非常にシビアなのだとか。
たしかに両者が猛スピードで動き回る中、ビームソードを振ったりだとかタイミングを計る必要があるものは細心の注意が必要となるだろう。
だがウライコフの重い機体ならば体当たりで機体をぶつけて敵のバランスを崩した所でライフルの連射を浴びせればいいというのだ。
画面が切り替わった所でノンナ少佐のロジーナが大きく映し出されていたが、たしかに彼女の機体は正規軍の機体故に私たちプレイヤーが使う機体ほど弄り回されているというわけではないが、それでも機体フレームに補強がなされて武装はライフルとミサイルのみ。格闘戦用の装備は皆無であった。
少佐の機体はロジーナか……。
わざわざこんな動画を用意するという事はもしかして彼女もこの艦隊にいるのだろうか?
というかパイルバンカーも取り外す事ができるのね……。
ロジーナ…………?
パイルバンカーの……、ロジーナ……?
「あっ…………!」
大型トラックの正面衝突のような衝撃が私の脳内を駆け巡る。
すっかりと忘れてしまっていたキャタ君たちの事がロジーナを見る事で思い起こされてしまったのだ。
「うん? 貴様、どうかしたのか?」
「え、ええ。まあね……」
ボリス大尉が急に飲み物を吹き出した私を見て心配そうな表情で覗き込んでくる。
ここは上手~く話を切り上げて、彼らウライコフ軍人さんたちにキャタ君たちの捜索を手伝ってもらえないだろうかと、私は話を切り出すタイミングを見計らう事にした。
「ところで今回の作戦って、いつも戦争している三勢力がわざわざ手を組むってどういう事なんですか?」
動画はまだ続いているが、ただ動画を観ているだけでは話を切り出すタイミングが掴めない。
そのために私は艦長と大尉に話を振って動画から注意を逸らす事にした。
「ほら、なんかHuMoの宣伝広告になっちゃったけど、私、こないだ機体を新調したばかりで興味が持てなくて……」
「ふむ。そういう事なら……」
「まあ、中立都市の傭兵さんなら宇宙イナゴに疎くてもしょうがないかの」
宇宙軍所属の彼らにとっては常識的な事であったようで、2人は私を挟んで饒舌に語り始める。
曰く、「宇宙イナゴ」だとか言われているが敵も人間であるという事。
ただし三勢力が揃って手を取り合うほどに彼らの行動様式は他の勢力の者からは受け入れがたいものであるという事。
「奴らは星々の資源を食い尽くして、また他の星へと移るという生活を送っている事から“蝗”と呼ばれているのだが……」
「ほれ、君たち個人経営の傭兵が肉食獣と呼ばれて、儂ら軍人を君たちが飼い犬と呼ぶのと一緒じゃな!」
2人で息を合わせて説明を続ける彼らの言葉には淀みがなく、これはこれで逆にキャタ君たちの事を切り出すタイミングが見つからないような……?
「奴らには戦争のルールだとか、そういった作法が通じん。これならまだヤクザやら豚の方がマシだ」
「そうじゃのう。仮に、百歩譲っての話じゃが、仮に儂らが民主主義キチガイどもに敗れたとしても、数年後には選挙でウライコフ人の議員を議会に送り込んでウォッカ特区を作る事もできるじゃろう。トヨトミに負けても再就職して給料で酒を買う事もできるじゃろう。だが“蝗ども”だけは別じゃ!」
なるほど。まあ、ゲームの設定上、私たちのゲームの舞台となる惑星トワイライトを人が住めないような環境にしたりとか、あるいは惑星そのものを消し飛ばしたりといった事は三勢力のどこもしないだろう。
そのようにNPCの思考に制限がなされている以上、彼らNPCにとっても敵対勢力に対して一定の信頼感の元に戦争をしているという事なのだろうか。
いわば「仲良く喧嘩しな」状態。
だが、今回のイベント用の敵「宇宙イナゴ」にはそのような一種の信頼関係は無いどころか、むしろマイナスと。
そんな事を考えながら、いつキャタ君たちの捜索について切り出そうかと機会を窺っていると、不意にカウンターテーブルを掴まなければ椅子から投げ出されていしまうのではないかというくらいの激しい振動が私たちを襲った。
地震?
そんなわけがない。
ここは宇宙空間を漂う宇宙船の中なのだ。
「マモル君ッ!?」
「だ、大丈夫です! このお兄さんに助けてもらいました」
カウンターの奥の棚に並べられた酒瓶が落ちて破片を撒き散らし、天井から埃が舞う。
私がマモル君の安否を確かめるために呼びかけると、大尉の部下のマッチョに机の下に押し込められながらも少年の切迫した事が返ってきた。
そして揺れがワンテンポ遅れてけたたましい警報音。
『敵襲! 敵襲! 敵襲! 戦闘酒、飲酒許可!』
「戦闘酒、飲酒許可」ってのは「これは訓練ではない」って意味だと思ってね。




