24 リュモチナヤ
治療が終わった後、大尉たちに連れられ艦内深く入り込んで向かった先は士官用リュモチナヤであった。
リュモチナヤというのはウライコフ式のバーやらパブに相当する呑み屋さんなのだろう。
まあ、私はバーもパブも行った事がないのでどこがどうウライコフ風なのかは分からないのだが。
「マスター、ビールを全員分。いや、坊主にはオレンジジュースを、こちらのお嬢さんにはバラライカを……」
「いやいや……」
暗く、重苦しいほどの雰囲気の室内は学校の教室くらいの大きさだろうか。
全長1kmを越える大きさの宇宙空母の艦内にあるというのに雰囲気作りのためにシックなオーク材やレンガを模した壁材に、天井には幾つかの電球が室内を照らしていたが必要十分とは言いがたい。
室内にはテーブルが幾つか、そしてカウンター席とその内にはバーテンとウェイターが控えている。
とはいえ軍艦の艦内という事は彼らも軍人、あるいは軍属とやらなのだろう。
そんなわけで日本人の私が想像するようなサービスなど期待するだけ無駄という事か。
ウェイターはマッチョたちの人数分の瓶ビールを冷蔵庫から取り出して栓抜きと一緒に手渡すまで一言も発する事はなかった。
そしてバーテンダーの初老の男も無言でシェーカーを取り出して大尉の注文の品を作り出そうとしていたが、私が上げた抗議の声を聞いてその手が止まる。
「バラライカってお酒でしょう! それもけっこう強めのカクテル」
「……うん? ああ、そうか。トヨトミ系の人種はアルコールに弱い者も多いというしな。すまん、マスター、スクリュードライバーで」
「いやいや、だから、お酒は困るのよ! スクリュードライバーができるんならオレンジジュースがあるでしょ!? それでいいわよ!!」
大尉が最初に行ったバラライカというカクテルはウォッカベースのカクテルで、度数は30度ほど。次のスクリュードライバーもウォッカをオレンジジュースで割ったカクテルで度数は低いものの結局はお酒である。
さすがにゲームの世界の飲酒を咎められる事もないだろうが、それでも私はお酒なんて飲んだ事がないのだ。
最悪、イベントの戦闘が始まっていないのに本日3回目のメディカル・ポッド送りになりかねないので断固として飲酒は断っていく所存である。
それにしてもマモル君は何も言わなくてもオレンジジュースを貰えるのはやはり年齢的なものなのだろうか?
「……本当にそれで良いのか?」
「お酒なんて飲めないし構わないわ」
「ふむ……。それでは新たな友人のために!!」
「新たな友人のために!!!!」
全員に飲み物がいき渡ったところで大尉が音頭を取って乾杯となる。
だが結局、最後まで私がお酒を断り続けていると大尉はあからさまにしょげていた。
もしかして、アレか?
このNPC、飲酒を断ると好感度が下がるタイプのキャラクターなのか?
日本人の感覚からするととんでもねぇキャラ設定だな。
ウライコフという勢力が旧ソ連をイメージした設定なのだと、この時になって強く意識させられた。
壁面に張られたポスターの「命のある限り前進せよ!」だの「全宇宙をウォッカ工場に!」だのといったスローガンよりもむしろ大尉のそういう性格設定が強く印象に残る。
さて相変わらず大尉はその巨体に見合わず口数の少ない男であったが、乾杯で喉を湿らせた後の大尉の部下たちはそれまで以上に饒舌になっていた。
「それにしても坊主、オメェんとこのボス、やり口がエゲツねぇよな!」
「今、思い返しても背筋が冷や冷やするぜ!」
「そうなんですよ! あのトンパチ、僕の苦労も知らないで」
「だよな! ウチの艦に乗り込んできておいて、あんな急所攻撃の連続。もし大尉に何かあったら自分たちがどうなるか考えもしなかったのか?」
部下たちは口では大尉の生命に支障があった場合に自分たちが復讐を企て、私はともかく、私の連れであるマモル君が危険であったというふうな事を言っているが、実の所、今こうして陽気に騒いでいる彼らを見ているとそんな心配はいらなかったのではないかと思ってしまう。
それをいったら、そもそも体重差3倍以上の私とボリス大尉の試合だなんて、向こうは最初から武器を持っているようなものなのだ。
だから私は平然と急所攻撃が行えるというわけ。
そして、それを大尉は理解していた。
「……言わせておけばいい」
「あら。大尉の部下たちは私の事を『エゲツない』だなんて言っているけれど、当の本人である貴方はどう思ったのかしら? 聞いてみたいわ」
「……khorosho」
しみじみと感嘆した様子で絞りだした大尉の言葉に私は我が意を得たりとほくそ笑む。
「躊躇いだとか遠慮だとか、そんなもの微塵も存在しない情け容赦無い攻め。きっと、それは貴様が自身の恵まれない体躯で恵まれた体躯の相手と戦い続けてきた中で培ってきた独創性なのだろうな……」
大尉の言葉に付け加えるのならば、私にはこれがゲームの世界の仮想現実であると知っているからという事。それに例え致命的な負傷を負わせてしまったとしても即死していない限りはメディカル・ポッドに放り込めば何とかなると思っているからというのもある。
「それに最初はぎこちなかった動きがみるみる内に良くなっていた。アレは艦内の低重力環境に適応していたという事なのだろう?」
存外に高い評価に私は何も言えなくなって照れ隠しのために「ふふん!」とふんぞり返っていた。
それからしばらく、私たちはわいわいがやがやと騒いでマモル君を弟のように可愛がるマッチョメンズを見守りながら黙ってグラスを舐めていたが、自動ドアが開いてバーテンダーの男よりも老齢の白髪の男が入ってくると突如として室内の雰囲気は一転。
「ああ、良い良い。楽に……」
髪も眉も顎髭も白い老人の足取りがおぼつかないのは彼の左足が義足のせいであろうか?
大尉の部下たちは一瞬の内に直立不動の「気を付け」の姿勢を取っていたが、老人は歩きながら気さくに彼らに楽にしろと言ってカウンター席の、私の隣に座った。
バーテンが注文も聞かずに黙ってショットグラスに透明な液体を注いで出すと、老人はそのまま一息に飲み干す。
様になっている。
そのままグラスをバーテンに差し出すと、そこへ綺麗なガラス瓶からウォッカが注がれて、今度は舐めるようにちびちびとやりだす様は何十年も同じ動作を続けてきたかのように洗練された様になった動きであった。
「艦長も命の洗濯ですか?」
私越しにボリス大尉はその老人を大尉を艦長と呼ぶ。
そういえば老人の着ている軍服は邪魔にならないか心配になるほどにゴテゴテと勲章が取り付けれ、襟の階級章も随分と派手な物であった。




