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22 急所狙い

 それは星と呼ぶにはあまりに眩しすぎた。


 顔面を狙った大尉の岩のような拳に私は額を合わせ、なんなら打点をずらす事で指の骨を粉砕してやれないかと思っていたくらいなのだがそれどころではない。


 チカチカと視界に耐えがたい閃光を放つ星が現れ、あまりの眩さに意識がもっていかれそうになるのを耐えるも、一歩遅れて私の頭蓋はとんでもない激痛を訴える。


 これで本当に痛覚が軽減されているというのだろうか?


「ふんッッッ!!!!」

「っっっだらぁぁぁぁぁ!!!!」


 さらに大尉は2度、3度と私の顔面を狙った拳を放ち、そのたびに私は眩い星に耐えながら額を合わせる事になった。


 当然、鼻骨を潰されれば身体のパフォーマンスは致命的に低下して、絶望的ともいえる体格差がある以上はそれはもはや勝負の趨勢を決めてしまうものになるだろう事は間違いなく、額で受けるしかないのだが、そもそも私のファイトスタイルは女子の中でも恵まれない体格の利を活かして相手の攻撃を受けないというものである。


 そりゃ私だって対戦相手の攻撃を受けて耐え、あるいは何度も立ち上がって圧倒的なタフネスを見せつけて歓声を浴びるというスタイルに憧れないわけではない。


 だが、私の体躯はそれを許してくれない。


 大尉との身長差は40cm以上、体重差は3.5倍近い。


 マトモにやりあって勝ち目を掴めるわけもないのだが私は鼻骨と額のどちらを先に粉砕させるかという選択を強いられていた。


「ふん……」

「……ッ!?」


 あと1度か2度、あの拳に耐えられるだろうかと思っていると、やにわ大尉は私に腕拉ぎを仕掛けられている状態のまま立ち上がって、そのまま腕を勢いよく振って私を放り投げた。


 私はふらつく体に鞭打ってなんとか着地して大尉に向かってファイティング・ポーズをとる。


「大したお嬢さんだ。逆に指の骨を折られてしまったよ」


 そう言って私に左の拳を見せつけると大尉のごつごつとした手は血に塗れていた。


 事もなげに右手で血を拭うも、拭った先からすぐに血が溢れてくる。


 折れた骨が皮膚を突き破って出血させているのだ。


 出血の量はさしてないし、何より私の額だって皮膚が裂けて血が流れ出ている。


 私はツナギ服の袖口で額の血を拭ってから大尉へと問いかけるが答えは分かっているようなものだ。


「まさか血が出ちゃったからお仕舞にしようとか言わないわよね……?」

「何故、止める必要があるのだ?」

「たまんないわねぇ……」


 大尉は大きく姿勢を落として手を軽く開いた状態の構えを作ってみせる。

 その顔は本当に私の言っている事の意味が分からないとでも言わんばかりで、マンガなら頭の上に「?」が浮いていそうなきょとんとした表情。


 骨が折れただの、血が出ただのといった理由で勝負を中断しようという考えが無いのだ。


 当然、それは私も同じ。


 そして両者が前に出たのはほぼ同時であった。


 私を掴もうと電光石火の素早さで飛んできた腕を折れた左腕を振るって弾くが、やはり手首が圧し折れた状態では激痛が襲う。

 いわば自爆、だが自爆覚悟、自爆上等だ。


「ッッッ~~~!!!?」


 そして痛みでブーストされた素早い蹴りを大尉の左脚に見舞う。


 左足で大尉の左足、その内側ふくらはぎを狙った渾身のローキック。


 さらに今度は大尉の左腕を掴んで跳び、再び腕拉ぎの態勢になると思わせてからすぐに体を回しながら降りて、大尉の側面から再び左ふくらはぎへ全力のローキック。


 もう一度、大尉がこちらを向こうとしていたがために同じような蹴りではふくらはぎは狙えないが、今度は軸足を回しながら前に出ながら蹴り足も回すように打点をズラしてローキック。


 当然、このような蹴りを放てば相手の攻撃を躱す事などできるわけもないのだが、その心配はいらない。


 3度のローキック。

 それはただのローキックではない。

 短時間でふくらはぎだけを狙ったカーフキック、それも渾身の力を込めた私の全力のカーフキックを受けて大尉は前のめりになって倒れそうになっていた。


「……!?」

「っシャアアアアアッッッ!!!!」


 3度のローキックの痛み。そして左足が自分の体ではなくなったかのようにいう事を聞かなくなって倒れそうになっているというのに悲鳴どころか苦悶の表情すら見せないとはさすがは大尉である。


 その顔はただ単に驚いているといった程度のものだが、私の攻撃はまだ終わっていない。


 崩れ落ちてくる大尉の体。

 身長差故にスタンディングの状態では狙う事のできなかった部位へ攻撃を加える事ができる機会を不意にする私ではない。


 気合一閃。

 私は落ちてくる大尉の喉笛を狙って貫き手で突いた。


 往年の名プロレスラーが得意としていた「地獄突き」である。


 本来であればただでさえ人体の急所である喉仏を狙う地獄突きは全力でやるような技ではない。

 相手の命を危険に晒してしまう危険もあるし、拳ではなく指剣で突く貫き手の性質上、自身が怪我を負うリスクだってあるからだ。


 だが私は全力で大尉の喉を突いていた。

 彼ほどの相手を前に手を抜いてしまえば、それこそかえって失礼というものだろう。


 ぼきり。

 何指かは知らないし、もしかしたら複数本の骨が折れてしまったのかもしれない。


 だが今は痛み程度で止まっている暇はない。


「ッッッ!? ……しゃ、なろッッッ!!!!」


 痛みを誤魔化すために叫びながら跳ぶ。

 空中で体を捻って回し、右脚で狙うは大尉の首。


 この技もまた通常のものではない。

「延髄斬り」と言われるこの技は普段ならば後頭部を狙うものである。


 何故か?

 それは当然ながら本当に延髄狙って蹴ったならば危険だからだ。


 だが私は地獄突きと同じく全力。

 重篤な怪我をしても命が無くなる前に急いでメディカル・ポッドに放り込めば良いだろうと爪先で頭部と頸部の境目を狙う。


「たたた……」


 そして大尉とともに私も着地しそこなって倒れ、折れた左手首と右手の指の痛みに四苦八苦しつつも立ち上がるも、未だに大尉は立ち上がってはいなかった。




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