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21 星空を見に行こう

「ふむふむ……。君たちは傭兵稼業でしか生きていけないと、で、栗栖川先生、クリスさんは子供がそんな事をするものではないと否定していると?」


 それから3人はゾフィーと名乗った仮面の女と休憩室でテーブルを囲んで話をする。


 とはいってもゾフィーがNPCである以上、現実世界だのゲームだのといった話は耳で聞いても思考回路が受け付けないために適当にはぐらかしていたのだが、それをゾフィーは自身の常識というフィルターをかけて理解してくれていた。


「え、うん、まあ、そんなとこなのかな?」

「まあ、遠からずってとこよね。私たちはこの“世界”でしか自分らしく生きていけないのだから」


 パオングは言う世界という語にはゲームの中の仮想現実という意味ではあったが、ゾフィーが傭兵稼業という意味で介する事も分かった上での、いわばダブルミーニングである。


「でも栗栖川先生、……こっちじゃクリスさん? は、わ~たちが“この世界”に入り浸っているのが気に食わないのさ~」


 パオングの言い回しを上手く言ったものだなとキャタピラーは自分も同じように世界という語に2つの意味を持たせる。


 ゾフィーはピーチティーを啜りながらも「うん、うん……」と適度に相槌を打ちながら真剣に3人の話を聞いてくれていた。


 キャタピラーたちはその生い立ち故に大人たちに対してどこか者に構えて見る癖があったが、その上でもゾフィーにはいつしか親近感を抱いてしまうほどにその表情は真摯なもので、まるで自分の事のように3人とクリスとの確執の原因についての話を聞いている。


「……うぅん。難しいな……」


 3人の話を聞き終えてからゾフィーは大きく深呼吸をした後で絞り出すように呟いた。


 それを聞いて3人は揃ってホッと胸を撫で下ろす。


 ゾフィーに頭ごなしに叱られて彼女に対して幻滅する事もなく、彼女が自分たちに幻滅する事もなかったのだから。


「とりあえず君たちにも十分な言い分があるという事は分かったよ。クリスさんの言い分も分からないでもないがね。それでも私には君たちに口出しする権利は無いのだろう」


 ゾフィーの言葉は別に誰かを断罪するものでもなければ、全てが上手くいくような妙案をひり出した鶴の一言というわけでもなかった。


 だが、3人にとってはそれで充分であった。


 ライオネスたちと栗栖川が一緒に現れて、それだけで彼らは自分が責められているように感じていたのだから自分たちの言い分に理があると言ってもらえただけでそれだけでどれほど彼らが救われたか。


 プレイヤーではない一介のNPCであろうと彼らの言い分を認めてくれるだけで十分に心強かったのだ。


 だが、ゾフィーの話はそこで終わりではなかった。


「ただ、な……」

「……?」

「その話、ライオネスさんにもしてやったらどうだ? 随分と心配していたぞ。君たちを追いかけようとして壁に突っ込んで鼻がひん曲がっていたくらいだ。今はメディカル・ポッドに入っているだろうから、もう少ししてから、冷静に話ができそうにないならメールのやりとりでも良いんじゃないか?」


 ゾフィーがライオネスの鼻が曲がっていたというのは彼女なりの配慮である。


 事実、ライオネスは鼻骨を骨折して鼻血が止まらない状況にはなっていたものの、ゾフィーが3人を追いかけだした時には出血が止まらない状況であるとは分かっていなかったし、見た目には鼻が曲がっているという事もなかったのだ。


 1つには今こうして3人が鼻のひん曲がったライオネスの姿を想像して笑みを抑えきれなくなっているようにユーモアで彼らの心を少しでも解きほぐしておこうという配慮から。


 もう1つ、いくらか時間をおいてからの方が3人も気持ちの整理ができるだろうという考えからである。


「それまでここでじっとしていても退屈だろう。展望デッキにでも行ってみないか? 今の季節のこの時間帯なら裏アンドロメダが綺麗に見えるんじゃないか?」

「いいの!?」

「ははは、良いからこう言っているんだ。なに、この艦の艦内構造ならお手のもの目を瞑っていたってお望みの場所に行けるさ!」


 大気というフィルターがかかっていない宇宙空間は地上から見上げる夜空とは比べ物にならないくらいにクリアーに見える。

 自身が宝石箱になぞらえるそれを3人に見せようと思ったのも彼らの気持ちを落ち着かせようと思ったからであった。


 3人のような年頃の、それも個人傭兵(ジャッカル)として活動している子供たちに対してあからさまな子供扱いをせずに、さりとて配慮を欠かさないのは彼女の美徳であったといえよう。


 3人の中で最も年少であるパス太に急かされて一行は飲み物の空になったボトルをダストシュートに放り込んでから部屋を後にする。


「そういえば、だ。クリスさんは君たちがこの世界で実績を上げて一角の傭兵になれたら認めてくれるのだろうかな?」

「さあ……」

「どう、かしらね……?」


 ゾフィーがふと思いついたように歩きながら切り出した話を3人はあやふやにしつつも言外に否定する。


 だが、内心ではありえない話ではないのかもしれないと考えていた。


 栗栖川がe-スポーツのような類のものを認めているかどうかは定かではないが、実績を積み重ねてメディアでも取り上げられるような一流のプレイヤーになればあるいは栗栖川先生も自分たちを認めてくれるのではないかという思いがあった。


 だが、3人はすぐに自分たちの脳内に芽吹いた希望の光を消し去る。


 そもそも彼らには実績を積み上げるだけの時間は無いのだ。


 故にキャタピラーは自分に欠如している生命力に満ち溢れた活発な少女に好意を打ち明ける事はないのだし、パオングも自分たちの居場所を守るために快刀乱麻の活躍を見せた中年男への恋心を己の胸の内にひた隠しにする事を決めていたのだから。

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