16 再会
「ほう……。マモル君やそちらのジーナちゃんもHuMoに乗って戦うのかね?」
だいぶ重力が弱くなり、シートベルトが無ければ体が浮いてしまうようになった頃にはゾフィーさんと名乗る仮面の女性と私たちはすっかり打ち解けていた。
謎の仮面の不審さはどうしても拭いきれないものの、人当たりの良い性格と仮面に隠されていない口元に浮かぶ人懐っこい笑みは彼女が放つ消しきれないうさん臭さを帳消しにしている。
通路を挟んで向かいの席に座る中山さんやヒロミチさんたちも私がゾフィーさんと話をしている内に警戒心を解いたのか、いつしか会話に加わるようになっていたほどでだ。
「ええ、僕はニムロッド・カスタムⅢを」
「私はコアリツィアに乗せてもらってます」
「そうか、そうか。ニムロッドは旧式だが悪くない機体だし、改修キットを使って強化してある機体に乗せてもらっているか。ジーナちゃんはコアリツィアとなると後方支援なのかな?」
まだ幼いマモル君やジーナちゃんまでHuMoを駆って戦闘に加わるという話題になった時もゾフィーさんは口には出して言わないものの口角を曲げていた。
それは2人を舐めているからというよりは、2人のような子供が戦場に出なくてはならない世間の不条理を嘆いているようで、仮面を付けていても隠し切れない彼女の善性の発露であったのだろうと皆が好意的に見ていた。
そして乗機から2人が雑に扱われてはいないと察してくれた時にはゾフィーさんに幻滅されなくて良かったとホッと胸を撫で下ろしていたほどである。
「おっと、そろそろ到着の時間が近づいてきたな。皆さんは宇宙が初めてならそろそろ酔い止めの薬を飲んでおいた方が良いのではないか? 最近の薬はあまり眠くならないそうだぞ」
さらにゾフィーさんはそう言って近くを歩いていたキャビン・アテンダントを呼び止めて人数分の酔い止め薬と水を用意してもらったところなどは大人の女性を感じさせるスマートさで、お株を奪われたとばかりにヒロミチさんが照れ笑いを浮かべるのも仕方ないだろう。
そもそもヒロミチさんも参加していたこのゲームのβテスト版では宇宙ステージが存在しなかった事もあり、頼めば酔い止め薬を貰えるサービスがあるだなんて事も知らなかったのも当然。
「はあ……。中枢神経の作用を抑制するから酔い止めの効果があるんだろうに、眠くならないってどうなってんやら……?」
私や中山さん、それにヒロミチさんは白い錠剤と共に渡されたSF映画で見るようなボトルとストローが一体となった飲料水のボトルの方に興味津々だったのだが、クリスさんだけは市販薬とさほど変わらない錠剤をまじまじと眺めてから口にしている。
他の乗客たちも、恐らくはプレイヤーたちなのだろうが私たちの様子を見て自分たちもCAのお姉さんに次々と酔い止め薬を注文して車内は慌ただしくなり、喧騒の中では会話もし辛くなった事もあり、マモル君から借りたタブレット端末へと視線を移すとメールの新着通知が入っていた。
「あ……、キャタ君たちはもう母艦とやらに乗り込んでるって」
「そういや、あの3人だけ別行動って何でなんですかね?」
「さあ……?」
ふと呟いた私の声は我先にと薬を求めるプレイヤーたちの声に紛れて隣に座るマモル君にしか聞こえなかっただろう。
キャタ君たち3人は拠点が中立都市ではないせいか私たちと別行動だというが、そもそも何でそんな事になっているのやら?
そうこうしている内に特急列車の減速が始まり、窓の外は夜のような宇宙と宝石のような惑星の境目が見えるようになっていた。
やがて完全に列車が停止してシートベルトを外す許可が降りたあたりは列車というよりかは飛行機を思わせるが、シートベルトを外した途端に体が宙に浮きだしたのは他の何物にも例え難い感覚で、さすがは宇宙といったところか。
それから私たちはウライコフ側の軍人さんの引率の元、宇宙ステーションで観光をする事もなく今回のイベントでの拠点となる宇宙空母「ポチョムキン」へと引き連れられていく。
どうやらNPCであるゾフィーさんも同じ艦へ乗り込むようで、私はどうにか彼女を仲間に引き入れる事ができないか考えていた。
「おっと、危ないぞ?」
「あ、すいません……」
ステーション内の無重力を楽しみながらふわりふわりと床を蹴り、壁面のバーを掴んで移動しながらふと壁面のガラス張りの窓を見ると、そこは青と茶に輝く惑星と大気のフィルターがかかっていない満天の星空。
ここがゲームの世界であるという事すら忘れて見惚れていると天井に頭をぶつけそうになっていたのかゾフィーさんが私の肩を掴んで引き戻してくれた。
「これから乗り込むポチョムキンくらいの規模の艦なら人工重力区画と無重力区画の両方があるだろうから戦闘開始までの間に慣らしておくといい」
「ありがとうございます」
視線の向きを変えるとそちらには私たちが乗り込む巨大な宇宙軍艦の姿があった。
白いが、あちらこちら黒ずんでいたり黄ばんでいたり、そんな鏃状の巨大な宇宙船が私たちが乗り込むポチョムキンであるようだ。
「全長1.5km、搭載機は補用機含めて420機。最新鋭艦とは言えんがウライコフらしいタフな艦だよ」
「……詳しいですね」
「……まあな」
我を忘れて窓の外を見ていた私を不安からかと思ったのかゾフィーさんは励ますようにこれから乗り込む艦の威容を教えてくれたが、どこかその口ぶりは忌々しい物を語るかのようであり、私にそれを悟らせまいとか私の肩をポンと叩いて離れて無重力に四苦八苦しているマモル君を助けに行ってしまった。
事実、現実の水上艦艇ではありえないほどの巨艦はいかにも頼もしく、そんな巨大な軍艦がヨットハーバーのように大量にステーションへ接舷している光景は息を飲むほどに勇壮ではあった。
だが、それは逆にウライコフにこれほどの宇宙艦隊があるというのに三勢力が力を合わせなければならないほどの強敵が迫ってきているという事実を認識させられて思わず苦笑してしまう。
………………
…………
……
私たちが搭乗口からポチョムキンへと乗り込んでいくと、先に搭乗していたキャタ君たち3人が合流のために待っていてくれていた。
だが3人は私たちの姿を見ると目を皿のように見開いて口をポカンと開けて固まってしまう。
そういえば彼らにゾフィーさんの事を伝えておくのを失念していたと後悔しきりであったが、どうも3人の視線の先は仮面の人物ではないようだ。
「あ゛……」
「え゛……」
「ん゛……」
「えぇ……」
キャタ君たちの視線の先にいたのはクリスさん。
不審者極まりないゾフィーさんなんかよりもクリスさんから目が離せないようで、3人は揃って拳を固く握りしめてぷるぷると震えだしてすらいた。
「うん? どうかした? もしかしてクリスさんと3人って知り合いだったりする?」
「クリスって……、そんな安直なハンドルネーム……」
「あ、もしかしてリアルの知り合い?」
知り合いならば自己紹介の手間はいらないかと安易に考えていた能天気な私とは裏腹、いつの間にか3人の驚きで見開かれていた目は明確な敵意の籠った鋭い視線となってクリスさんへと突き付けられていたのであった。




