11 考えるだけ無駄
アドレナリン。
副腎から分泌されるホルモン。
血圧や心拍数を上昇させる事によって身体的なパフォーマンスを向上させる。
また交感神経を興奮させるとともに強い覚醒作用を持つ。
ノルエピネフリン。
ノルアドレナリンの名でも知られるようにこちらも集中力を高めるとともに闘争に対する決意にも作用する。
β-エンドルフィン。
脳内麻薬とも称されるようにモルヒネと同じように多幸感をもたらし鎮痛、鎮静作用をもたらす。
その他なんやかんや。
だいじんさんやマサムネさんが言うには「CODE:BOM-BA-YE」を発動させるには諸々の神経伝達物質を大量に出さなければならないらしい。
だが、そもそも自発的に脳内物質を垂れ流しにするとはどういう事なのか?
二の腕に力を込めて力コブを作るのとはまるでわけが違う。
だいたい興奮作用のあるアドレナリンやらノルアドレナリンと鎮静作用のあるβ-エンドルフィンを同時にじゃぶじゃぶ垂れ流しにしろってどういうこっちゃ?
興奮しながらリラックスしろとか意味が分からない。
そんな事を考えながらも白いHuMoにレティクルを向けながらトリガーを引くも命中弾は得られず、精神面もどこかノリきれない状況が続く。
そして衝撃。
シートベルトが全身に食い込む苦痛に耐えながらも目を閉じずにいると、視界が真っ黒に染まっていた。
「……とりあえず休憩でもいれましょうか?」
「ま、まだまだ!」
重力の向きから私が乗るケーニヒスがうつ伏せの状態で倒れているのが分かり、後方カメラの画像を正面のサブウィンドウに出すとそこにはホワイトナイトが倒れたケーニヒスへビームソードを突きつけている所が映し出されている。
「今のまま続けても無駄ですよ。貴方含めて皆、パフォーマンスが低下しています」
「くっ……!!」
マサムネさんは一方的に告げるとビームソードのプラズマの刃を消して待機状態にして、私に背を向ける。
幸いにしてまだケーニヒスの損傷は未だ軽微なもの。
このままスラスターも使って一気に起き上がって白騎士に殴りかかってやろうかと思ったものの止めておいた。
私の目標は「CODE:BOM-BA-YE」を自発的に発動できるようになる事。
特殊コードを使いこなせるようになればホワイトナイト・ノーブルとかの機体を奪ったプレイヤーとの再戦に大きな武器になるだろうという思惑からである。
仮に今ここでマサムネさんに後ろから襲いかかって、それで倒せたとしての何の意味もないのだ。
「はいは~い! 皆さんも休憩ですよ、休憩!」
「ふぅ~~~! マサムネさん、強すぎさ~!」
「これ以上やったら、このゲームが嫌いになりそうってくらいよね」
「ってか、ホワイトナイト使ってズルくない?」
「ハハ、パス太君、貴方はホワイトナイトを乗りこなせるとでも?」
「HAHAHA! 違ぇねぇ!!」
「ちょっと、お兄ちゃん。失礼よ!!」
特殊コード発動のコツを掴むまで時間がかかるだろうとわざわざキャタ君たちやマモル君たち補助AIたちにも手を貸してもらったのに、マサムネさんのホワイトナイト1機相手に幾度も敗北を重ねること数十セット。
弾薬補給のための小休止ではなく、大休止となって皆の緊張も一気に霧散して療養所のガレージへと戻っていく。
そんな中、私は機体を起き上がらせる事もなくただ仰向けの状態になって天を見上げていた。
「どういう事よ? HuMoが自分の体のように動くって……」
操縦桿を操作してケーニヒスの右手を挙げさせてみる。
それに合わせて私も操縦桿から手を離してモニター越しに見える太陽に手を伸ばしてみるも当然ながら掴める気なんてしない。
反対の左手も出してモニターに映る太陽を両手で挟もうとしてみるも、ケーニヒスの左手が上がる事はない。
「……お姉さん?」
ドスン、ドスンと足音が徐々に大きくなってきて私の視界の端にスカイグレーに塗られた脚が入ってきて珍しく心配するような声色のマモル君から通信が入ってきた。
「武士は食わねど高楊枝」なんて諺もあるくらいだし、心配してくれるマモル君に明るい声で返してやるべきなのかもしれないけれど、私にはどうしてもそれができなくてついつい弱音を吐いてしまう。
「駄目ねぇ……。まったくもってできる気がしないわ……」
特殊コードは発動できず、かといって普通にやってもマサムネさんのホワイトナイトには傷1つできないという現実が私を打ちのめしていた。
「とっかかりすら見えないわ。マモル君、もう一度、上級AIに問い合わせてみてくれないかしら? 『私は「DODE:BOM-BA-YE」を発動させた事があるのか?』って……」
「昨日、何度も同じ事を問い合わせたじゃないですか? まあ、その時は分からなかったですけど、僕も言われてみればお姉さんの操縦技能が異様に上手くなったなって時はありましたよ?」
マモル君が言うには例えば難民キャンプでの戦闘、月光と1対1で戦った時。
他にも姉さんとこのマサムネさんと戦った時や昨日の震電中隊との戦闘中。
マモル君から見ても私が「CODE:BOM-BA-YE」を発動させた事は何度もあったのだろうという話だ。
「それを自分で意図して発動させるって話でしょ? ねぇ、マモル君はどう思う?」
「はあ……。言っちゃあなんですけど……」
「構わないわ」
「いえね。だいじんさん? あの爺さんは意図的に特殊コードを発動させる事ができて、それでもノーブルには勝てなかったって話ですよね? 負け犬の真似して何になるのかなって、馬鹿なんじゃないかなって……」
いつもどうり、いや、いつも以上の毒舌に私は思わず苦笑し、なんだか思い悩んでいるのも馬鹿らしくなってケーニヒスを起き上がらせた。
「それ、だいじんさん本人には言っちゃ駄目よ?」
「言いませんよ。あんな前頭葉の小さくなった老人でもお姉さんと互角なんですよ。逆上して殴られたら僕、死んじゃいますよ!?」
「あら? あんなお爺さんと互角だなんて随分と私を低く見てくれるじゃない?」
「ひぇっ!?」
笑い飛ばして聞いてはいたものの、ふと思い直してみるとだいじんさんが意図的に「CODE:BOM-BA-YE」を発動できるのは、彼が老人だからという可能性はないだろうか?
マモル君は婉曲的に「前頭葉が小さくなった老人」だなんて言い方をしたけれど、それが的を得た言葉である可能性は無いだろうか?
加齢によって前頭葉が小さくなって情動を抑える事ができなくなっているという可能性。
それが正しければだいじんさんにはできても私にはできないという可能性だって出てくる。
「……まっ、考えるだけ無駄ね。ほら、私たちも行きましょう! キャタ君の話だとここのフードコートには子供が好きそうなお店が色々とあるみたいよ!」
私の脳裏に浮かんできた疑問を解決できるのは脳科学者だとか脳味噌関係のお医者さんくらいなものだろう。
私は療養所のガレージに向けてフットペダルを踏み込んだ。




