9 苦悩の夜
深夜22時。
「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」を運営するVVVRテック社の本社ビルは今も煌々と灯りが灯って大勢の社員たちが働いていた。
「ええと、面子は揃ってるか? ……それじゃ時間も時間だし、サクっといこう」
第3会議室内に集まった一同はまるで昼間と見紛うほどに明るく照らされた室内の電灯でも隠し切れないほどの気怠さに包まれていた。
会議の司会を務めるのはシニアディレクターの大貫。
急遽として明日からの彼の出張が決まったためにこのような時間に会議を行う事になったのだが、そうでなくともオンラインゲームの運営は不具合だらけ。
会議室内に集っている10名ほどのメンバーの中には本社近くのカプセルホテルに泊まって1週間近くも自宅へ戻れていない者もいるほどである。
大貫も部下の覇気の無さには気付いていたが、甘んじて受け入れるだけの優しさがあった。
「まずは先週末の『バトルアリーナイベント』とそれに引き続いての新規実装イベントは概ねのところ成功裏に終わったものと認識している。お疲れさん」
土日の2日間に渡って実施されたバトルアリーナイベント、そしてそのイベント上位入賞者とそのフレンドを対象として実装されたトクシカ商会襲撃イベントが上手くいった事に対して大貫が部下を労う言葉を述べると数人のスタッフがホッとした表情を見せた。
もっともバトルアリーナイベントの際には極めて短時間なれどイベント未参加のプレイヤーとNPCたちが干渉してくるという事態が発生し、トクシカ商会襲撃イベントには参加プレイヤーの救援に駆けつけたプレイヤーが大型戦闘艦を持ち込むという想定外の事態も発生していたのだが、その程度の事は些事と言ってもいいのだろう。
少なくとも「鉄騎戦線ジャッカルONLINE」において象徴的な意味合いを持つ機体が強奪されるだとか、あるいは官民合同の医療プログラムで官側から離反者が出るだとか、そういうものに比べたら笑って済ませられる程度のものである。
その後、大貫は担当者にイベントの統計資料の用意について幾つか確認を取った後で、隣に座る長身の女性へと話を振った。
「虎ちゃん、そっちはどうなのよ?」
「うっス! ホワイトナイト・ノーブルの奪還に向けた『黒騎士計画』の進捗は順調。計画の根底である特殊コード『CODE:SUNRISE』のテストもほぼ完了してるっス!」
獅子吼ディレクターが配った紙の資料の表紙を一同が捲るとどこからともかく歓声が上がる。
「これが“黒騎士”……?」
「こりゃまた虎代ちゃんの趣味全開……、とてもHuMoには見えねぇな」
「まあ、ホワイトナイトシリーズの新技術実証機という設定ですからこうもなりましょう」
「だが、これ騎士っていうよりも武士っぽいな」
資料に掲載されていたCGイラストを見て社員一同は疲れ切って淀んでいた目を輝かせてやいのやいの言いはじめた。
いくら職責があろうともこんな時間まで会社に残って仕事をしている者たちだ。
皆、戦闘ロボットが大好きなのである。
少年に戻ったかのように周囲の者と“黒騎士”と呼ばれる新機体について感想を言い合う者たちを見て獅子吼ディレクターも誇らしげな表情を浮かべていた。
「計画の実施は来週を予定……」
「来週? 虎さん的にはすぐにでも“王様”を取り返したいんじゃないの?」
「いやぁ……。そうしたいのは山々なんスけどね。……次の週末イベント的にちょっと……」
とあるプレイヤーによって奪われたホワイトナイト・ノーブルに対して獅子吼Dが強い思い入れを持つのは会議室内の面々にとっては周知の事実である。
プロデューサーの判断によってプレイヤーの手に渡る事になってしまったノーブルを取り返すための策を後伸ばしにするなど不自然だと突っ込まれるも獅子吼Dは言葉を濁す。
「カーチャ隊長に『CODE:SUNRISE』を搭載した“黒騎士”を渡してホワイトナイト・ノーブルと戦わせる。で、散々にボコった後で特殊コードの存在を明かして“黒騎士”と“白騎士王”の交換を持ちかける。これが『黒騎士計画』よね? 何か問題でもあるのかしら?」
「それが……」
「カーチャ隊長には『CODE:SUNRISE』が使えないとか?」
「いや、それはないハズっス! テストサーバーで社員がテストを行った他、本ゲーム内においても一般NPCにテスト機を渡して問題無く使える事を確認済みっス!」
それからも室内の面々から様々な角度から問いが飛んでくるも、獅子吼Dはそれら全て想定済みであると言わんばかりに淀みなく計画に支障は無いと答えていく。
しばらくして質問が一段落したところで一同に「それならばなぜ?」と計画の実行を来週まで遅らせる事に疑問が高まってきたところで獅子吼Dが言い辛そうに切り出した。
「とりあえず大前提として、“黒騎士”とノーブルはほぼ同等の性能って事は理解して欲しいっス」
「まあ、そんなほいほいテッペン替えるわけにもいかないでしょうしね」
「そんで、“黒騎士”に搭載される『CODE:SUNRISE』は今後、βテストには無かった新機軸として他のプレイヤーにも配布されるかもって話っスよね?」
獅子吼Dは前提を積み上げるように説明していく。
その1つ1つは一同にも納得できるもので、それが一層、彼らの疑問を強めていく。
事実、“黒騎士計画”の根幹に位置する新機体に搭載される特殊コードは今後、微調整を実施した後にイベントの上位入賞者に対する報酬機体などに搭載される事が半ば既定路線となっていた。
ならば黒騎士には来る新機軸の広告塔としての役割を果たしてもらう事が重要なのではないかと考えるのも自然な流れであっただろう。
「ところがどっこい。次の週末イベントは“黒騎士”にとってちょっと相性が悪いというか……」
「次の週末イベ……? あっ……!!」
首を横に降る者、眉間に皺を寄せる者、大きな溜め息を吐く者。
獅子吼Dが何を言わんとしているか理解した者たちは疑問が氷解して一転、彼女に同情を示していた。
「次のイベントのステージは宇宙かぁ……」
「ちょっと舞台が特殊すぎるわよねぇ……」
「そうなんスよねぇ……。“黒騎士”の機体重量バランスが宇宙戦ではノーブルより不利な上に、宇宙という特殊なステージで『CODE:SUNRISE』が使えたからといって何だっていう……。ノーブルを奪ったプレイヤーが黒騎士に乗って悪評をネットでバラ撒いたらって思うと、ちょっと……」
獅子吼Dの説明を聞いて大貫は改めて資料のCGイラストを見る。
ヒロイック・ファンタジー物に出てくる英雄のような西洋風の甲冑を思わせるホワイトナイト・ノーブルに対して、CGイラストの黒い機体は鎧武者を思わせた。
大袖や直垂のような装甲が盛られた黒騎士が宇宙で飛び回った際、その装甲が無重力化での慣性制御にどのような影響をもたらすか。
大貫にはちょっと分かりかねる所であったが、獅子吼Dがそういうからには既に上級AIに問い合わせ済みなのであろう。
さらに大太刀のような実体剣はノーブルの高出力ビームソードとも打ち合える特殊素材で作られているらしいが、それも重量増を招いてしまっている。
「というわけで、“黒騎士計画”の実施については来週が適していると思われるっス!」
「了解、了解! その線で行こう。で、次に酒匂さんも報告があるんだって?」
どの道“黒騎士計画”については獅子吼Dに一任されている案件である。
会議に参加している全員が納得できる説明をもらった以上は話はそれで終わり。大貫は次の議題へと移る。
「はい。虎ちゃんの今の話と関係あるかもしれませんけど、『CODE:BOMーBA-YE』を発動させた3人目が確認されました」
「なんだと……?」
特殊コード「CODE:BOMーBA-YE」。
種々の脳内物質の過剰分泌によりゲーム内のHuMoを自身の肉体のように操作できるようになるという現象。
これまでβ版で1人、正式サービス版になってからは新たに1人が発動させている事が確認されてはいたが、ここでさらにもう1人の使用者が確認されたというのだ。
「β版での使用者も正式サービス版をプレイしているんだったな。……ん~、3人かぁ……」
「それは間違いではないのか?」
「こちら、暫定的ながら資料にまとめてきました。対象プレイヤーはバトルアリーナイベントでもごく短時間ながら特殊コードを発動させ、その際は誤検知の可能性もあったため要監視措置となっていましたが、本日のトクシカ商会襲撃イベントで再び特殊コードを発動。上級AIにより報告がなされました」
さすがにこれは想定外。
大貫はコメカミの辺りを揉みながら頭部への血流を促進させようとするも、そのような事で妙案が出てくるわけもない。
“黒騎士計画”の新機体に搭載される「CODE:SUNRISE」は「CODE:BOM-BA-YE」をプログラム上で再現したもの。
当然、ゲームバランスの調整のために本格的にゲーム内に実装するためには機体ランクと機体性能の調整を施した上で時間制限を加えるつもりである。
だが「CODE:BOM-BA-YE」を使用するプレイヤーが増えたという事はそれらの制限を無視して無制限に使える者が増えたという事を意味する。
そして、恐らくはこれが最後ではないのだろう。
答えの出ない問題に頭を悩ませながら大貫の夜は更けていく。




