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5 特殊コード

 丘の斜面から飛び出してきたHuMoの左腕。

 そして足跡が消えていった方角からは左腕の無いHuMoが飛び出してきて、こちらに遮二無二突っ込んできている。


「単機で挟み撃ちとか!!」

「腕は僕に任せてッ!」

「お願い!」


 さすがに建御名方はランク10の機体だけあって速度が速い。

 スラスターでもうもうと土煙を巻き上げながらすでにだいぶ距離を詰められている。


 あの足跡の主はだいじんさん。


 彼は先ほど私がそうしたように丘から頭だけを出して向こう側を覗いて私たちが向かってきているのを把握。

 ナイフで斜面の表層を剥ぎ取り、ビームソードで土砂を蒸発させてそこに建御名方の左腕を隠してから、剥ぎ取った表層を被せて蓋をしていたのだろう。


 建御名方がトリッキータイプに分類される所以、それが機体本体から分離させて操作できる両腕である。


 もっともHuMoの腕は手持ち式の武装を扱うためのマニピュレーターでもあるし、人間の腕部がそうであるようにHuMoの腕もまた運動中のバランスを取るためのスタビライザーの役割があるものであるから、分離中の本体は攻撃力も運動性も低下せざるをえない。


 オマケにだいじんさんの建御名方が装備しているライフルは機体サイズに比して大型の物。アサルトライフルではなくバトルライフルである。


 つまり片腕の状態ではライフルを両手で保持する事ができないわけで当然ながら命中率はさして高くはないだろう。


 それを証明するように先ほどはケーニヒスもニムロッドも数発の被弾をしてしまったが、だいじんさんが突撃を開始してからは1発の命中弾もない。


 全速前進中の機体の振動に合わせて、連射するライフルの跳ね上がる砲口を抑える腕が1本だけではやはり足りないのだ。


「所詮は虚仮脅しよ!!」

「そう言われたらそういう気がしてきましたよ!!」


 マモル君、というよりニムロッドのCIWSに宙を飛び回る左腕を任せて、私自身は自機をマモル君とだいじんさんの間に入れてからライフルを建御名方へと向けた。


 トリガーを引くと高レートで連射される57mm砲弾はまるで1本のレーザー光線のように敵機へと向かっていく。


 やはり1発1発の反動は小さい57mmライフルと重く堅牢なケーニヒスのフレームは相性バツグン。


 非常に高い集弾性を発揮するライフルの火線が真っ直ぐに建御名方へと迫っていくが、命中の直前にそれまで1本のレールの上を走っていたが如く真っ直ぐに突っ込んできていた建御名方が急に横方向へスライドして砲弾は的を失って、だいぶ離れた大地を耕す結果となっていた。


「チィっ……!」


 さすがにだいじんさんはβ版のプレイヤーだけあって読み合いが上手い。

 読み合いとはいっても、それは戦術だとかメタの張り合いだとかそういうものではなく、もっと単純で原始的なもの。


 意識を向けてから、攻撃を決意して、銃を向けて、トリガーを引いて、そういうタイミングがだいじんさんは上手いのだ。


 だから躱された。

 そして、そういう読みで負ける事こそ私の心に針を刺すものである。


 仮に戦術で負けて私たちが不利な位置で戦う事になっても、仮に私たちの装備ではマトモに戦う事ができないような武器を持ってこられても、私はむしろ燃えるだろう。


 だが純粋な戦いの駆け引きで遅れを取る事は私をイラ立たせる。

 もちろんそういう状況でだって挽回を目指して燃えないという事はないのだが、それでもしてやられた自分に対してイラついてしまうのだ。


 さらにステップを踏むかのような足捌きとともにスラスターを吹かして建御名方は横方向への移動を続け、私もライフルを振って敵機を追うが、もうすぐに近距離に持ち込めるくらいの中距離であってもケーニヒスのオートエイム機能では捕捉しきれないのだ。


 ならばマニュアル照準でとエイムアシストをOFFにして感覚を頼りに操縦桿を動かすも、建御名方はただスラスターを吹かしているばかりではなく大地を蹴るステップに強弱を付けているために加速減速は読み切れなくてただイタズラに砲弾を浪費するばかり。


 さらに頭上から降りしきる陽光に陰りがあったかと思うと少年の悲鳴が私の耳に飛び込んできて、反射的に私は後方の映像を映し出しているメインディスプレー内のウィンドーを見た。


「月光! このタイミングで!?」

「た、助けろください!!」


 一体、どこに隠れていたというのだろうか?


 私のすぐ後ろにいたマモル君の月光へ、青紫色の細身の機体が飛び掛かるように襲いかかっていたのだ。


「スイッチよ!! 交代!!」


 私は迷わずケーニヒスを旋回させて建御名方へと背を向けていた。


 テンプレートでプログラムされている頭部の前で両腕を交差させた防御姿勢を作りながら機体を前進させ、ナイフを振り下ろす月光へと飛び込んでいく。


 月光のナイフは高周波振動ナイフだったか、それともHuMoの複合装甲すら溶断する超高温のものであったか、それは覚えていなかったが、それでも結果は同じである。


 ケーニヒスの前腕はざっくりと切り裂かれていた。

 幸いにも堅牢なフレームのおかげで機体機能には損傷無し。


 だが、敵の攻撃がそれで終わるわけもない。


 ケーニヒスの前腕からナイフが引き抜かれたか否か、そのタイミングで月光の脚部が跳ね上がる。


 やはりシズさんの月光にも脚の爪先に仕込みナイフがあったか。

 だが、隠し武器というものはその存在が知られていては効果が半減するもの。


 私は慌てる事なく逆の腕を振り降ろして月光の仕込みナイフを受け止めさせた。


「ふんッ!!!!」


 今度はシズさんに刃を引き抜く暇を与えない。

 そのままケーニヒスに腕をいきおいよく振り回させると月光の右脚のナイフはボッキリと折れて使用不能の状態に。


 そのまま殴りかかって頭部を破壊してやろうとするも、月光はバックステップで下がっていく。


「さすがに奇襲1本だけじゃ()れんか!?」

「このくらいはやってもらえないと困ります」

「そうじゃのう」


 先ほどから後ろで聞こえていたライフルの連射音が止む。


 そのタイミングで通信機がオープンチャンネルの電波を拾ってだいじんさんとシズさんの声が聞こえてきた。


「マモル君、弾切れ?」

「いえ……。ですが、今の弾倉は残り5発です」


 2対2と数の上では互角の状況。

 だが、いつの間のは私とマモル君は背中合わせのような形となっていて、私の前にはシズさんの月光が、マモル君の前には先ほどからさらに距離を詰めてきていただいじんさんがいるという形。


 暗号化されている部隊間通信でマモル君に問うてみると、どうやら弾切れを恐れて射撃を控えたところに付け込まれて距離を詰められたようだ。


 敵もその辺を理解してか余裕ぶってオープンチャンネルを使っている様子。


「マモル君、私の合図で弾倉交換しちゃいなさい」

「はい……」


 私と同じ圧迫感を感じているのかマモル君も随分と緊迫した様子。

 唾を飲み込む喉の音まで聞こえてきそうなくらいだ。


 数の上では同数でも挟み撃ちのような形になってしまったプレッシャーはもちろん私にもあるが、それでも一応は次の展開は考えてある。


 1対1と1対1では私たちが不利。

 先にマモル君が潰されて、その後は1対2だ。


 ならばどうするか?

 単純な話だ。


 私が2人と戦えばいい。

 1対1と1対1がいずれ1対2になってしまうのであれば、最初から1対2で戦ってマモル君から援護をもらえるような形にすればいい。


 では、その状況を作るには……。


 その考えがまとまるよりも先に向こうに動きがあった。


「さて、あまり長々と時間をかけても弱い者いじめじゃとサンタモニカちゃんに正座させられてしまうわい。シズさんや、決めるぞ?」

「了解です」

「こーど……」

「CODE……」


 コード……?

 私にはそれが何かは分からなかった。


 話から察するにここで勝負を決めるつもりらしいが、2人揃って何をするつもりなのか?


「ぼんばいえ……」

「SUNRISE」

「「 発動!! 」」


 その瞬間、私は明確に殺気を感じ取っていた。

 棺桶のようにブ厚い装甲に覆われたコックピット・ブロックの中にいるというのに。


 刺すような殺気はガレージでも感じただいじんさんのもの。

 だとするならば、絡みついてくるような粘っこい殺気はシズさんのものか!?


 だが、その粘っこい殺気が私へ向かっているものではないと察した私は思わず叫んでいた。


「マズい!? マモル君、下がって!! 退きなさいッ!!」

「えっ……?」


 だがマモル君は動かない。動けないのだ。


 流暢に説明している場合ではないと言葉足らずの私も悪いが、それでも彼は私の言葉から何かしら切迫した状況であるというのは察したのだろう。


 だから動けない。

 危険が差し迫った緊迫した状況だからこそ、彼生来の慎重さが出てきて地雷原の中にいると気付いてしまった時のように動く事ができなかったのだ。


「っっっ!! アンカアアアァァァァァッ!!!!」


 説明している時間は無い。


 私はすぐ後ろのニムロッドの足首付近へマグネットアンカーを射出。

 接触後、すぐに電気信号によって硬化したワイヤーをおもいきり操縦桿を押し込んで引っ張るとニムロッドは転倒。


 その瞬間、たった今までニムロッドの上半身があった場所を青紫の影が通り過ぎていった。

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