19 砲戦距離40,000
第3休憩所にいたプレイヤーたちが移動を開始した時、ある者は後退してくる味方の援護に向かい、またある者は休憩所の職員たちが車両で退避するのを護衛しながら移動を始めていた。
サンタモニカたちの3機小隊はジーナが砲戦タイプのコアリツィアに搭乗していたという事もあってか、タンタルたちのコアリツィアを中心とした部隊と同行する。
「友軍より支援射撃の要請!」
「コアリツィア全機、射撃体勢に入れ! それ以外の機体は周辺の警戒を頼む!」
タンタルたちの部隊にはジーナ機も入れてコアリツィアが4機。
他にはサンタモニカの紫電改にマモルのニムロッド・カスタムⅢ、先ほどマモルに声をかけてきた中年女性のニムロッドU2型。
「ジーナちゃん!」
「はいです!」
タンタルの号令の元、コアリツィア各機は大地に大きく脚部を伸ばして姿勢を低くして、各脚部から補助ダンパーを設置させる。
「敵電波妨害攻撃の兆候無し!」
「味方機のドローンからの情報に欺瞞情報が含まれている可能性、極めて低し!」
「これよりドローンの観測データを元に突出してきた敵部隊へ砲撃を行う! 各機、榴弾装填、バースト射撃用意!!」
タンタルがマップ内に表示されている敵部隊にピンを打って味方機へと目標を周知した。
中隊規模の敵集団は包囲網から飛び出してきて、それが敵と交戦しながら後退してくる味方たちの側面を突く形となっているために早急に排除しなければならないと判断したのだろう。
「しょ、少年も周囲の警戒を……!」
「え、あ、はい」
「私たちのニムロッドは紫電改よりも索敵能力が高いのだから、コアリツィア隊を中心としてマモル君は私の反対にいるような形で回って頂戴」
後ろの席からトクシカ氏がマモルへ周辺警戒を促すものの、具体的に何をすればいいか分からずにまごついていた所にU2型の中年女性から助け船が入る。
「アナタたちの機体は推進剤の残量は?」
「ほとんど残っています。演習場に来たばかりだったので」
「そりゃ上々。紫電改のお嬢さんはコアリツィアたちのすぐ傍で守ってあげて」
マモルのコックピットのマップを表示しているサブディスプレーに円が現れた。
U2型のパイロットがコアリツィア隊を中心とした円を表示させ、自身とマモルでその円を回って敵部隊の接近を警戒しようというのだろう。
「あ、ありがとうございます。貴女は……?」
「私は『ゴロツキ乙女』、ゴロさんって呼んでね!」
「はぁ……」
ゴロツキ乙女が駆るニムロッドU2型は全身が白く塗装され、肩には交差する薔薇と百合のエンブレム。
ヘビーバレルに換装したバトルライフルに銃剣を取り付け、バックパックには複合センサーポッドとミサイルランチャーが取り付けられていた。
マモルに警戒行動の指示を出し、自身も機体をホバー状態にしてコアリツィア隊の周辺を回るように動きだしながらも次はジーナに通信で指示を出す。
「貴女、コアリツィアは初めてよね?」
「は、はい!」
「元気なお返事ね。敵が来たら逃げようとせずにとにかく敵に正面を向けなさい」
「え?」
その指示に思わずジーナも困惑する。
それは言われずとも当たり前の事のようで、ジーナもわざわざライフルに防盾を取り付けてきたくらいで、敵が来たらやられる前にやるつもりであったのだ。
正直、何故わざわざそんな事を言われるのか理解できないくらいである。
「気を悪くしないでね。アナタだって敵が来たら戦おうと思うじゃない? でもちょっと対処できないような数の敵がきたら?」
「そういう場合だと逃げるんじゃないでしょうか」
「そうね。そういう時も前を向いたまま逃げろって話なのよね」
いよいよジーナにはゴロツキ乙女が何を言っているのか分からなくなってきた。
前を向いたまま逃げろ?
そんな事をしていたら速度が上げられずに逃げられるものも逃げられなくなるのではないか?
戦うなら戦う。
逃げるなら逃げる。
どっちつかずほど危険なものはないだろうとジーナは幼いながらもそう考えていた。
「言いたい事は分かるわよ? コアリツィアはウライコフ製とはいえ装甲なんてあってないようなものなのだから敵に正面向けたまま逃げるメリットなんて無いと思うでしょ?」
「ええ。まあ、はい……」
「でもね。敵に正面を向けて逃げるメリットなんて無いけれど、敵に後ろを向けた時のデメリットがデカ過ぎるって話なのよね。アナタの機体の背中のタンクに入っている物って何だと思う」
陽気なようでいて気怠さを感じさせる中年女性の話が結論に至る前にその時が来た。
「砲戦距離40,000。各機3斉射、弾着の観測後、修正はオートで続けて3斉射! 射撃開始ッ!!」
タンタルから号令が下り、周囲の大気を音の暴力が支配した。
音というよりも暴力的な大気の振動。
青空すら赤く染めるような赤い閃光とともに高く仰角を上げたコアリツィアの砲から砲弾が飛び出していき、ゴロツキ乙女と会話していたためにワンテンポ遅れたもののジーナ機からも同様に砲撃が開始される。
「……おお~~~!!」
機外にいたのならば大気を震わす砲声に耳を抑えてうずくまっていたのだろうが、コックピットの中は内部スピーカーによって調整された音しか入ってこないためにマモルはのんびりと歓声を上げていた。
ホワイトナイト・ノーブルや陽炎の大出力ビーム砲とはまた違う炸薬によって撃ち出される大口径砲の獣の咆哮にも似た砲声は少年の胸を昂らせるものがあったのだ。
4機のコアリツィアはタンタルの指示通りに3発の砲撃を行ない、僅かな小休止の後に再び3連射。
「……意外と装填時間が早いでごぜぇますわね?」
「口径の割にはそうねぇ……。180mm砲だけど分離装薬式だからねぇ……」
「ぶんりそ~やくしき?」
「ほら、マモル君も足を止めない。分離装薬式ってのは薬莢を取り付けられた砲弾を一緒に装填するんじゃなくて、砲弾と装薬を別々に装填するってこと」
砲戦用HuMo、コアリツィアの一番のウリが分離装薬方式を採用した長砲身180mm砲である。
大質量の180mm砲弾と装薬を別々に装填する事でリロード時間を大幅に短縮する事に成功しているのだが、本機のもっとも致命的な弱点もこの分離装薬式の装填方法に起因するものであった。
「もう一息だ! さらに3斉射ッ!!」
ドローンからの画像では先の4機6発ずつの砲撃で敵中隊は半壊状態になった事が確認され、それを確認したタンタルは間髪入れずに再攻撃を命じる。
「ほれ、たった4機のコアリツィアの間接射撃で10機以上の敵機がもう全滅寸前。ま、世の中そんな上手い事だけじゃ終わらないんだけどね!」
「さっき、ジーナちゃんに言いかけていた事でごぜぇますか?」
敵に姿を晒さずに味方機やドローンからの観測を元に間接射撃を行なう事ができるのが砲戦用HuMoの利点である。
大口径砲に用いる砲弾はミサイルよりも命中性には劣るものの、ECM攻撃に強く携行弾数も多く、また1発あたりのコストも安価だ。
これに加えてコアリツィアの場合はリロード時間も早いとなるとさぞかしデメリットも大きいのだろうとサンタモニカは眉間に皺を寄せる。
「コアリツィアの背中に大きなタンクが付いてるじゃない? アレって主砲用の液体装薬なのよね」
「あ、って事は……」
「おっもい砲弾を40キロも飛ばすような火薬が詰まってるタンクが撃たれたらどうなるか、分かるでしょ? 1発でドカンね」
「うわあ……」
逃げる時も敵に正面を向けろという言葉の意味は単純至極。
これにはマモルもドン引きで思わず後ろのトクシカ氏へ「お前、よくこんなモン売ってんな」と非難の目を向ける。
「いやいや、アレってそういう事を分かってる人が乗るもんぞな? ていうか、だからこそ戦技会の上位入賞者しか入手できないようになっとるんぞな!?」
自分が乗っているわけでもないというのに向けられる少年の恨みがましい視線にトクシカ氏もたじたじになってああだこうだと言い訳じみた事を言うものの、千の言葉よりも雄弁にコアリツィアの有用性を証明してみせたのはかの機体が挙げた戦果であった。
「……よし、移動を開始する。ゴロさん、先導を頼めるか?」
「りょ~解ッ!! とりま南でいいわよね?」
ドローンから送られてきた映像によると敵中隊はほぼ全滅。
大口径砲弾の雨霰は直撃せずとも周囲へ撒き散らす爆風を破片によって周辺に甚大な被害を及ぼしていた。
完全に撃破できた機体は半分ほどだが、残りもほとんどが身動きができない状態に追い込まれ、まともに自立できている敵機は1機のみ。
タンタルはもはや敵中隊を脅威とはみなさずに移動を優先させ、一行にそれに意を唱える者はいなかった。
だが、ドローンのカメラの画角外から猛スピードで1機のナイトホークが現れたかと思うと残っていた敵機をあっという間に仕留め、それから地に臥してはいたが撃破されてはいない敵機を虱を潰すように次から次へと撃破していく。
「……馬鹿が」
先ほどの空間そのものを震わすかのような砲声から一転、砲撃体勢を解除して補助ダンパーから「ぱすっ、ぱすっ」という気の抜けた音を立ててからコアリツィア隊は移動を開始。
吐き捨てるようにタンタルは呟くとその直後にドローンからの映像の中のナイトホークはどこから飛んできたミサイルの連打によって爆散していた。
今回の砲撃戦には勝った。
だが戦いはまだ続く。
誰も言葉には出さないものの、爆発して散ったナイトホークの姿に自分たちのこれからの前途を予感して胸の内は重くなっていた。
ちなみにゴロさんの補助AIとか友達はとっとと包囲を突破して離脱しました。




