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15 マモルとコアリツィア

「ア゛ア゛あア゛ア゛ア゛あ゛あ゛あ゛ア……。ア゛イ゛ム゛獅子吼!! ガッチ゛ャメ゛ラ゛エ゛~!!!!」


 展示場内の群衆たちが出す雑多な騒音も場内に鳴り続ける陽気なBGMも押しのけて野太い咆哮が響き渡る。


 その声を聞いた瞬間、マモルは走り出していた。


 野獣のような咆哮の主が彼の担当プレイヤーである少女が上げたものであったとしても関係無い。

 いや、むしろ自分の関係者だからこそ周囲の者の奇異の目を一緒くたに向けられる事が絶えられなかったのだ。


 それは「マモル」というキャラクターに刷り込まれ(インプリンティング)た性格によるものである。


 彼の担当である少女がどこまで知っているかは分からないがマモルという少年はプレイヤーと出会うまで中立都市サンセットでストリートチルドレンとして暮らしてきた設定である。

 幼少期にサーカス団に拾われてそこで数年間暮らしてきたという経歴もあるが、設定上はプレイヤーと出会う数か月前にサーカス団は倒産。

 再びマモルは寄る辺ない天涯孤独の身となっていたのだ。


 そのような設定のキャラクターであるためにマモル型のAIの思考パターンは慎重で臆病。

 さらにプレイヤーには縁遠い中立都市の闇によって人格が歪められたのだろうか。臆病さの中に過去の鬱屈とした半生の意趣返しを目論むような残酷さもある。


 もちろんマモルは各プレイヤーのアシスタント業務を行うユーザー補助AIであるので自身が現実世界の人間によって作られた人工知能であるという事は十分承知しているし、この世界自体も作り物の娯楽のための仮想現実であると理解していた。


 さりとて彼の性格パターンは他者の冷笑に耐えられるようにはなっていない。

 特に自身のパートナーであるプレイヤーが必要もないのにアメフトの防具を着て奇声を発し周囲の視線を集めるような状況などもっての他である。


 故にマモルは走って逃げた。


 全力で走った事よりも見ず知らずの者たちの冷ややかな視線を想像してしまっただけで彼の心臓はバクバクと高鳴り、存在しなかったハズの記憶が感情を昂らせる。


 もし、この場にウサギか何か、一切の危険を追わずに虐げられるモノがあったのなら、マモルは迷わず蹴り飛ばしていたであろう。


「あら? マモル君、ライオネスさんはどうしたでごぜぇますか?」


 会場内を人波を掻い潜りながらがむしゃらに走り、息が切れた所で立ち止まって大きく肩を上下させているとマモルに声をかける者がいた。


「あ……、ども。ここはコアリツィアの展示ブースですか?」

「はいです。何かあったんですか?」

「いえ、ウチのがいつものトンパチしだしたんで、知り合いだと思われるのが嫌でちょっと……」


 白いパイロットスーツを着た2人組みの女性が心配そうな顔をしてマモルを見ていた。


 正直、冷静になってみるとどんな者が混じっているか分かったものではない群衆の中に独りというのは少なからず恐怖を感じるものであったのでここで知り合いで会えたのはありがたいとマモルはサンタモニカたちと合流する事にする。


「まあ、それなら良いのですが……」

「あれ? トミー君は?」

「知りません!!」


 マモルの担当であるライオネスのフレンド、サンタモニカの補助AIはトミー&ジーナの2人であったが何故かここにいるのはジーナだけ。

 それについて聞いてみると何故かジーナは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。


「まあまあ。俺だって仕事さえ無けれゃ一日中だってエレンちゃんのケツ眺めて酒を飲んでいたいくらいよ!!」

「ああ、そういやナイトホークのとこのバニーガールのお姉さんに鼻の下を伸ばしてましたっけ。あの人、エレンさんって言うんですか?」

「不潔ですッ!!」


 そっぽを向いた状態からさらに首を曲げようとするジーナを見て笑いながら2人の後ろにいたウライコフ人が酒瓶を煽る。


「坊主も傭兵のコーディネーターなんだろ? 姉ちゃんたちのついでにウチのを見てけや!!」


 人種的には中央アジア系と白人の混血だろうか?


 筋骨隆々の肉体を作業服の下に隠し、意思の強そうな濃い眉に彫りの深い顔立ちは質実剛健を旨とする軍人そのもののイメージであった。


 だがそれも彼が手にする酒瓶が無ければの話だ。


 すでにできあがって顔の筋肉は弛緩して手や顔の皮膚は真っ赤。ブーツの紐すら適当に結んでいるような男を見て、彼が売り込もうとするHuMoを欲しいと思う者がいるかはなはだ疑問である。


「へぇ……、竜波はブースに3機並べて装備のバリエーションを顧客にイメージさせる作戦みたいでしたけど、こっちは武装のラインナップですか……?」

「おう! 他にも色々とあるぜ!!」


 知り合いと合流した事で一息付いたマモルが気を取り直してブースに展示されている機体を見上げると、六脚型のHuMoの周囲には所狭しと様々な装備品やそれらに用いる砲弾やミサイルやらが並べられていた。


 六本脚のHuMo、コアリツィアの右肩からも長砲身の砲が伸び、バックパックの左側には大きな円柱状のタンクが取り付けられている。


「そういえばサンタモニカさんとこはジーナちゃん用にコアリツィアが気になってたんでしたっけ?」

「そうなんですけど、ちょっと二の足を踏んじゃって……」

「装甲も無いのに逃げる足も無いというのはちょっと割り切りすぎじゃないかと」


 なるほど。目の前の機体はウライコフ製の物だというのに装甲は最低限、ここまでくると機体骨格(フレーム)が剥き出しといっても過言ではないように思えるくらいだ。


「そう言えば増加スラスターとかは?」

「無いわけじゃないけど、焼石に水だぜ?」


 ふとマモルがトヨトミの竜波のブースに展示されていた機体にはいずれも増加スラスターが装備されていた事を思い出してそれを口にしてみるもウライコフ人はすぐに鼻で笑って返す。


 設計思想の違いとでもいうのだろうか?


 サムソン系が機体本体にしっかりと基本性能を持たされているのに対し、トヨトミ系は小型機ゆえに機体性能は最低限、必要なだけの性能を持たせたいならオプション買ってください(はーと)といった具合。


 ウライコフの場合は装甲防御と火器の火力に振り切った機体設計であるのだが、後方からの火力支援が目的であるコアリツィアの場合は装甲すらも捨てられたわけだ。


 軍用機ならばそれで良いのかもしれないが、個人経営の傭兵用の機体としてそれはどうなのだろうか? という思いがマモルとしては拭えず、恐らくはサンタモニカたちもそれ故に即決しきれなかったのだろう。


「そんなに問題かね? コイツのスラスターなんて障害物を跳び越えるためのものでしかないんだぜ? 増加スラスター付けたところでお察しくださいってもんだ!」

「それに乗る側の身にもなってくださいよ……」

「ん? そうか? ほれ!」

「うわあ……」


 確かに巨大な砲の反動に耐えるために骨太のフレームに6本の脚を持つコアリツィアの重量は凄まじいものとなるのだろう。

 6本の脚も太いがそれでも高速移動には適しているとは思えずマモルの口からは「ものには言い様ってものがあるでしょうよ」と非難の言葉が出ていた。


 その言葉に対して赤ら顔の男がマモルに渡してきたのはウォッカの小瓶。


「子供にこんな高アルコール度数のお酒を渡しますか!?」

「なあに、そいつをキメるとちょっとやそっとの事なんか気にならなくなるぞ?」

「えぇ……」

「真面目な話、敵に距離を詰められるような戦い方が間違ってんだし、仮にそうなったら酒キメてやられる前に倒せばいいだろうが!!」


 貧相な体付きを恥ずかしがらずに水着姿を晒している女やらメガネ出っ歯のトヨトミの連中がいかに親身になって顧客候補の相手をしてくれていたか心底実感してマモルがもう良いとばかりにウライコフ人から視線を外すと展示されている装備品の1つに目が留まる。


「あれ? これって……」

「うん、バズーカがどうした?」

「これに付いてる盾って……」

「ああ、噴射ガスから頭部のカメラを守るための防盾だが、ちゃんと増加装甲の役割を果たせるように複合装甲になってるぜ?」

「それ、こっちのライフルに付けられませんか?」

「どういう事でごぜぇますか?」


 そこでマモルは3人の前で何度かバズーカとライフルの構えをしてみせて自分の考えを説明する。


「バズーカは肩に担ぐ形で使うわけじゃないですか? つまり防盾は頭部を守る形になりますよね?」

「そうですわね」

「で、この防盾をライフルに取り付けた場合、ライフルは小脇に抱える形になるんで……」

「そうなると防盾の位置は胴体を守る形に……、あ、コックピットを守れますね」


 本来、HuMoの胸部装甲は機体でもっとも重要なバイタルパートであるコックピットやジェネレーターを守るために強力なものが取り付けられている。


 だが、もっとも増加装甲を装備しにくいのも胸部であるのだ。


 下手に増加装甲を取り付けてしまうとパイロットの乗り降りに不具合を来してしまう。戦闘で損傷があって本来の可動範囲が狭められてしまった場合にはなおさらだ。


 故に腕部に装備した盾を胸の前に出して増加装甲の代わりとする事もあるのだが、ライフルに防盾を取り付ける事で同様の事ができる。


 これは自らは安全な位置にいて、一方的に相手を嬲りたいというマモルの精神性故に気付けた事であったのかもしれない。


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