14 その名は……
私たちが急いで博物館に戻ると、館内の避難誘導も一段落したところですぐに手空きの職員さんを捕まえる事ができた。
「山瀬さん、貴方もヤマガタさんと一緒に避難を!」
「いえ、私もライセンス持ちですから。それよりもこちらにある機体を貸してください!!」
「はいぃ!?」
「こちらの傭兵さん、ちょっとした手違いで機体が無くて、それでこちらにある機体をお貸しして頂きたくて!!」
これが防衛部隊やら作業用の機体が余っていたのならば気前良く貸してもらえたのかもしれない。
だが物は博物館に展示している機体である。
さすがに職員さんも即決はできずに難色を示す。
「敵はハイエナとはいえ、目的は物資ではなくトクシカ会長の命なんです」
「か、会長が……!?」
私の言葉を受けて山瀬さんが折り畳み式のホログラフ・タブレットで職員さんに戦況画面を見せる。
「……山瀬さんもそう思いますか?」
「さすがに断言はできませんが、敵は第3休憩所を包囲する構えを見せていますが、休憩所の物資を狙うだけならこの敵の数はおかし過ぎます。ここはライオネスさんの言うとおりだと思います」
見ず知らずの私が言うだけならばともかく、日頃から近くで働いて好感度を稼いでいる山瀬さんの言葉の方が説得力が強いだろうと思って彼女を連れてきたのが上手くいったという事か。
タブレットの画面を見ながら逡巡を続けていた職員さんだったが、不意に決心がついたのかその瞳に力が宿りこちらに向かって大きく頷いてみせた。
「……分かりました。責任は私が取ります。次世代機コーナーに『クーガー』があります。そちらを……」
「いや、そんな良く分からないものはちょっと。『王虎』を貸して頂戴」
「え、いや、アレも動態保存の状態ですけど……」
「なら話は決まりね!! 急ぐわよ!!」
職員さんの了解が取れたところで私たちは駆け出していた。
私に少し遅れながら山瀬さんは通話モードにしたタブレットでどこかに連絡を取り何かを話している。
正直、職員さんが言う「クーガー」というのに興味が無いわけでもなかったが、今は一刻が惜しい状況。
多分、名前から察するにサムソン系の機体なのだろうが、今から長々と説明なんかしてもらっている暇などないし、山瀬さんから試乗会用のトヨトミ系装備を借りる事はできてもサムソン系の装備の伝手などないのだ。
そのまま私たちがつい先ほどまでいた部屋に駆けこんだタイミングで博物館の壁にブルドーザーが突っ込んできて大穴を開け、重機が引っ込んだかと思うと次はそこから電源車やらタンクローリーやらが入ってきて整備員たちが王虎に取り付いて作業を始める。
「山瀬さん、これを依頼していたの!?」
「ふふ、ま、こんな時くらいしか使えない手ですけどね。それよりもライオネスさんはコックピットへ!!」
「ありがとう!!」
電源車から供給される電力により王虎のジェネレーターは息を吹き返し、周囲には50t級の巨人があげる息遣いのような振動に包まれていた。
「メインジェネレーター起動良し! 続けて各バッテリーへ急速充電開始!!」
「各推進剤タンクへ供給開始!! 冷却剤はッ!!」
「各タンク、チェックOK! オールグリーンです!!」
「OSのデータ更新は……」
「私がパイロットとともにやります!」
まるで嵐のようなせわしなさの中、王虎へ向こう途中でチラリと壁の大穴から外を見るとそこにはライフルやら装備品を積んだクレーン付きのトラックが並んでいた。
幾人かの整備員たちには「頑張れよ!!」と朗らかな声をかけられ、また幾人とはハイタッチを交わしながら機体の元へと辿り着いてコックピットへと飛び込むと私の後ろを付いてきた山瀬さんがサブディスプレーの下からケーブルを引っ張り出して自分のタブレットへと接続する。
「OSの更新はすぐに終わりますので……」
「それにしても意外ね」
「何がです?」
「トヨトミの連中ってトクシカさんの命を狙っている黒幕だと思っていたのだけれど……」
ここまでの整備員たちの表情でそれが偏見に過ぎなかった事はすでに理解していた。
それでも難民キャンプを襲った陽炎と月光の件が別の勢力による偽装工作とも思えず私は作業をする山瀬さんに思ったままの事を伝える。
ゲームのプレイヤーである山瀬さんは別として、他の連中はどうなのか半ば疑っていたのだが、今になって思えばヤマガタさんも腹に一物抱えた様子もない顧客やその候補に対して親密なビジネスマンであったように思える。
「そら私たちはここで仕事しているんですからね。自分とこの職場が無くなればいいなんて考える人なんていないでしょう」
「つまり仮にトヨトミにトクシカさんの命を狙っている奴がいるとして、貴女方は別派閥だと?」
「派閥……。ああ、良い言い方ですね。私たちは現状維持派って事になるんでしょうよ」
「なるほどね」
コックピットの外から聞こえてくる怒号はいち早くこの機体を前線に届けようという熱意のこもったもの。
透けて見える山瀬さんのタブレットに移るステータスバーが100%を示し、OSの更新が完了すると彼女は私に続きを促した。
基本的にサムソン製だろうとトヨトミ製だろうとHuMoの操縦は基本的に同一のもの。
私はいつもとは違うシートでいつもと同じ作業をする。
コックピットの機体操縦システムの起動。
だが、そこで問題が浮上した。
「ちょ、山瀬さん、これ何ッ!?」
初めてみるエラーメッセージに私は山瀬さんに助けを求めると彼女はコックピット内に身を乗り出してきてサブディスプレーを覗き込んだ。
≪エラー:機体名称を登録してください≫
予想外のトラブルに彼女も首を傾げてみせるものの、すぐに何かに気付いて私のサイドスティック脇に収納されてあるキーボードを引っ張りだした。
「恐らくですが、正式サービス版では『キング・タイガー』という名前は使われていないようです。そのために機体名称が未登録になっているんでしょう」
「なんでまた!?」
「虎Dの専用機候補だったのが使われなかったからだとか色々とあるんでしょうが、多分、サムソンのタイガーとの兼ね合いでしょうね……」
それから山瀬さんが語るところによればサムソンのランク7に「タイガー」という機体があるんだとか。
「ランク1のマートレットだとか、あとここのジャギュアとかつい先ほども聞いたクーガーなんてのもそうですけど、まあ俗にいうサムソンの動物シリーズですね」
「はあ、それが……?」
「ランク7に『タイガー』ってのがあるのに、ランク6の機体に『キングタイガー』はおかしいって話じゃないですか?」
本来ならそんなもん実装以前に考えろって話だが、そもそもが王虎という名称自体、ナーフ前の竜波を姉さんの専用機にしようかという時に適当に付けたものだからだろうか?
もしかしたらトヨトミとサムソンで開発した勢力が違うからという理由はその時は許可が降りたものが、その後に誰かしら偉い人の鶴の一声でひっくり返されたのかもしれない。
そういうわけで博物館送りになっていたこの機体はNPC含めて王虎という名で認識されておきながら、いざ起動してみると機体名称が登録されていなかった名無しの権兵衛となっていたわけだ。
「そんなわけなんで適当に機体名称を登録しちゃってください!!」
「ええ!? 私がッ!?」
パチパチとキーボードを叩いて入力画面を呼び出すと山瀬さんはキーボードを私に押し付けてきた。
どうしたものかと思っているとコックピット内に鈍い振動が連続して伝わってきた。
外では装備品の取り付けが始まっているようだ。
「そのまま『キングタイガー』って入力するのもダサいわねぇ。……マッチョドラゴン?」
「一応、言っておきますけど、この入力は本来は運営チームが機体の実装時に行うもの、借り物だからってそんなクソダサネームを入力したら、この子はずっとマッチョドラゴンなんですからね?」
「わ、分かったわよ……」
そんなにダサいだろうか? 少なくともキングタイガーよりはカッコ良いと思うのだけれど……。
いつも朗らかで人当たりの良さそうな顔をしている山瀬さんに冷たい視線を浴びせられた私は第一候補を捨てて、別の名を与える事にした。
「それならこれで……」
≪機体名称を入力「Königs tiger」≫
「ケーニヒス・ティーガー。これがコイツの名よ!」




