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10 ミュージアム

 山瀬さんに誘われて博物館(ミュージアム)とやらに向かう途中、私たちはそれぞれの事を話しながら歩いていた。


「へぇ~。山瀬さんの補助AIもトミー君とジーナちゃんなんだ」

「というと?」

「ええ、私を今日ここに誘ってくれたフレンドも2人を補助AIにしているの」


 とはいえマモル君に逃げられてしまった私と同様、彼女の回りに補助AIの姿は無い。


 話を聞くに山瀬さんとこのトミー君とジーナちゃんは2人だけでミッションに出てクレジットを稼いでいるそうな。


「そういう事もできるんですね」

「ほら、私、トヨトミの中立都市支店に整備士として就職したじゃないですか?」


 攻略WIKIにも書かれていた事だが2人で1組のトミー&ジーナは2人ともHuMoのライセンスを持っているのだが、その両方を戦力化するとなるとプレイヤー自身の乗機を含めて3機を都合しなければならないのだ。


 つまり他のプレイヤーと同じだけクレジットを稼いだとしても1機当たりにかけられる金額が低くなってしまい高難易度のミッションに挑めなくなるのだという。


 だが山瀬さんは自分はよそで働いて、その間にトミー君とジーナちゃんに低難易度のミッションを回してもらっているのだとか。


「整備士の資格を取るのにも実習とかけっこうお金かかるんでいわば私は2人のヒモですね」

「はあ、そういうのもあるんですね。……もしかして山瀬さんもβ版の経験者ですか?」

「まあ、そりゃそうですよね。そうでもなけりゃこんな短期間でトヨトミの2級整備士の資格なんて取れませんよ」


 私から言わせてもらえればロボットで撃ち合ったりドツき合ったりのゲームになんでそこまでの作り込みを? と思わざるをえないがこのゲームでは3陣営それぞれの整備資格にも個性というか差異があるようで、中でもトヨトミの資格は覚える事が多いせいかもっとも難易度が高いらしい。


「ロボットっていうか、現実世界の重機とかもそうですけど大きな機械に浪漫を感じちゃうんですよね~」

「だからってゲームの世界で整備士になろうって人がいるとは想像外でした」

「ほら、コックピットの中じゃ機械の匂いがしないじゃないですか?」

「ああ、なんか分かります」


 実は私も意外とガソリンスタンドなんかで臭ってくるガソリンの匂いなんかは嫌いではない。


 さすがに自動車の排気の匂いなんかは嫌いだが、ウチの父さんはそういうのも好きらしいのだ。


 他にも山瀬さんが語るには金属粉が混ざったグリスが熱せられた時に出す臭いだとか、塗料のシンナー、鼻を突くオゾンの匂いですら彼女を紅潮させるというのだから筋金入りだ。


「特にこのゲームに出てくるHuMoは世代ごとで性能が異なってくるのはもちろん内部構造までしっかりと設定されているので中を開いて見てみないともったいないですよ!!」

「そ、そうかしら……?」


 正直、装甲の内に隠れてる機体構造なぞ見てみたいと思った事すらないのだけど、食い気味で力説する山瀬さんの様子を見るにその手の好事家にはたまらないヒキがあるのだろう。


「まあまあ、そんな引かないでくださいよ! これから行くHuMo博物館にはライオネスさんにも見てほしいものがあるんですから」

「え……?」

「まあ、それは実物を見てからのお楽しみという事で~!」


 展示場に隣接する試乗会用の特設ガレージのさらにその隣には随分とお高そうなホテルがあり、そのホテルの道路を挟んだ向かいにその場所はあった。


「トクシカHuMo博物館(ミュージアム)


 博物館という施設にはピッタリで趣きがあるともいえるのだろうが、しかしHuMoというSF兵器を展示しているにしては古めかしい赤レンガ作りのその建築物は地方都市の駅ビルを思わせるほどに大きなものである。


 β版でも同じ施設があったのか山瀬さんは慣れた様子で私を誘いつかつかとお目当ての場所へと進んでいく。


「ちょ、ちょっと!? もう少しゆっくりと見せてもらえないかしら?」

「まあまあ、そういうのは後からでも大丈夫ですから」


 入場口で私たちを出迎えてくれたのは「雷電」「マートレット」「キロ」の初期配布機体御三家であった。


 それからその3機種よりも古い旧式機の実機やホログラフのCGが展示されているが山瀬さんはそれらに目もくれないで進んでいく。


 博物館の展示は年代ごとにHuMoの進化の歴史を追っていくという趣向のようでそれから次々と私たちの目の前に見慣れた機体やら見た事もないような機体が飛び込んでくるが山瀬さんは素通り。

 それどころか通路をショートカットしてどんどんと先に進んでいった。


 やがて旧世代機を通り過ぎて、現行世代の機体がズラリと並んだスペースへと出てその先に山瀬さんのお目当ての機体があったようだ。


 彼女が立ち止まった先にあった機体、それはつい先ほどまで展示場で見上げていた機種と同一のもののように思われたが、妙な違和感が頭によぎる。


「これは……、竜波……?」

「そう思いますか?」

「いや違うわね……」


 思わず口から「違う」という言葉が漏れてきたものの、その機体はどこからどう見ても竜波にしか見えない。


 大きな拳にゴツいガタイ。

 ツインアイカメラを守るゴーグル状のカバーにロールバー風のチンガード。

 どこからどう見ても竜波でしかない。


 だが何故か見慣れたハズの竜波がスラリとした印象を受けるのはどういう事なのだ?


「あ…………」


 その答えが出ないまま私はモヤモヤとした気持ちを抱えて2歩、3歩と後退っていると胸の内に渦巻く違和感に正体の尻尾をやっと掴む事ができた。


 この竜波、隣に展示されている「テンペスト」とかいうサムソン製のHuMoと同じくらいの背丈をしているのだ。


「この竜波、脚が長いの!?」

「脚だけじゃないですけどね。腕もちょっと長くなってますよ。ホント微妙にですけど」


 答えに気付いてしまえばこれ以上ないほどに単純な事である。


 竜波の横幅が相変わらずにゴツいというのにスラっとして見えるというのは単純に脚が長くなっていたのだ。


 だが、何で?


 茫然とした顔をする私に対してイタズラっぽく笑みを浮かべた山瀬さんはタネ明かしをしたくてたまらないといった表情。


 無論、それを断るわけもなく私は説明を促す。


「これは竜波の試作機(プロトタイプ)、という設定の機体です」

「どういう事?」

「格闘戦特化の機体で小型機では不利は免れ得ないとの判断でトヨトミ機にも関わらず他勢力の機体と同等のサイズで作られたものの、やはり他の機体と違うサイズでは整備上の問題があって再設計されたという設定なんです」


 山瀬さんの口ぶりは随分と思わせぶりなものであった。

 鼻に付くというほどではないが、それでも何か含みを持たせているのには間違いない。


「設定、設定って何か含みのある言い方をするじゃない?」

「ええ。実はβ版で当初実装予定だった竜波はこちらの脚の長い機体の方だったんです」

「え?」

「それが聞いてくださいよ! 実装前に運営がYouPipeでやってた生放送で虎Dがこの竜波で辻斬りでホワイトナイトを倒しちゃって、それで急遽実装された竜波には弱体化(ナーフ)が行われたってわけなんですよ!!」


 そこまで言うと山瀬さんは堪えきれなくなったのか自分の腕を叩きながら笑いだしてしまった。


 一方の私としては急に身内の名前が出てきてビックリというか何というか……。


「Oh……!」

「うん? どうしました……?」

「うん、ゴメン。急にウチの姉さんの話題が出てきたから……」

「ええ!? ご、ゴメンナサイ。ば、馬鹿にするつもりはなかったっていうか……」

「うん。いいの、ウチの姉さんがそういう扱いだってのは分かってるから……」


 そりゃ山瀬さんだって私が姉さんの妹だって分かってそんな話を始めたわけじゃない事は分かっている。


「で、ですね! こっちの脚の長い方の竜波が実装されていたらライオネスさんが言うように蹴り技とかもできるんじゃなかったかな~って!!」

「ああ~!! そういう事ね!」


 変になってしまった空気を替えようとわざとらしく声の調子を上げる山瀬さんに私も乗っかる事にする。


 事実、ナーフされて脚の短くなった竜波では蹴り技は難しいだろうと伝えようとする彼女の意図はしっかりと伝わってきた。


「そ、それで話は戻りますけど、そういうわけで設定変更がなされてこの脚の長い竜波は初期案という事で今では別の名前もあるんですよ!!」

「うん、別の名前……?」

「そう。『龍虎相撃つ』なんて言葉がある通りに竜と並びたつとされる猛獣の名を取ってこの機体のコードネームは『王虎(キングタイガー)』!!」


 ……言ってしまっていいのだろうか?


 ダサくね?


「キング」とかスーパーだのミラクルだの言い出す小学生並みのセンスじゃない?


 いや、それよりも、だ……。


「ゴメン。龍虎がどうとか後付けで、ウチの姉さんが自分の名前からタイガーとか言い出しただけだと思うんだけど……」

「うん……。この話を知ってる人はみんなそうだと思ってるよ……」

「だよねぇ……」

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