5 イベントの結果は……?
≪最終順位 597位≫
≪ランキング1000位以内達成:GT-works製改修キット×1入手≫
≪ランキング5000位以内達成:500万クレジット入手≫
何度見ても既に集計が完了し順位が確定してしまっている以上、順位に変化があるわけもなく、私は何度目かも分からない溜め息を付いていた。
「災難でごぜぇましたわね」
「いやいや、それよりも皆には途中で抜ける事になって申し訳ないくらいよ」
イベント終了後の月曜日。私は放課後に待ち合わせをしてゲーム内のハンバーガーショップへと来ていた。
「それよりも本当にもう具合は良いのかい?」
「心配でした……」
「2人とも心配かけさせてゴメンね。でも本当にもう大丈夫!」
「そうですよ。ウチの馬鹿は殺したって死ぬタマじゃないですって」
「馬鹿って誰の事なのかしら~!」
「わっ、ちょ、子供扱いしないでください!!」
昨日、イベント途中にヘルスチェック・モニターの安全装置が作動してゲームからログアウトした時には酷い頭痛にずいぶんとしんどい思いをしたものだが、クリスさんの言葉通りに一晩寝て起きたら綺麗さっぱり元気そのものである。
それでもトミー君とジーナちゃんは心配そうな目を向けてきてくれてなんだかこそばゆいくらいなのだが、その一方でウチのマモル君はログインした時にちょっとその話をしたくらいで後はいつも通り。
まあ、いつまでも病人扱いされるくらいならその方がよっぽどありがたいくらいで私は相変わらずの軽口を叩くマモル君の口の端に付いたケチャップをハンカチでゴシゴシと拭いてやった。
「それよりもサンタモニカさんたちがちゃんと入賞できて良かったわ。どうだった? サブリナちゃんに紹介してもらった人」
「はぁ、それなんですが……」
「あ、一応、リプレイ動画を残してますよ!」
「お! でかした!!」
中山さんにヒロミチさん、サンタモニカさんたちはずっと同チームで戦い続けていた事もあってイベントの最終結果は揃って91位。
マモル君から手渡されたタブレットでリプレイ動画を再生しながら話を聞くに、皆は私が抜けてからも快勝を続けて敗北は1度だけ。私が抜ける直前のあの“薔薇と百合”のエンブレムのチームとの一戦だけであったようだ。
「結果は上々、ヒロミチさんの計算通りといったところか……。これ以上の順位を目指すなら睡眠時間やら食事休憩やら削らないと駄目ってところかしらね?」
「それはそれでリスキーらしいですわね。ヒロミチさんの話ではそんなに入れ込んでも現実世界の肉体に疲労が溜まってヘルスチェック・モニターの安全装置が作動してしまいかねないらしいでごぜぇますわ」
「……なるほどね。ちゃんと休んでても体調崩しちゃった私からすれば何も言えないわ」
話半分にリプレイ動画を観ながら手持ち無沙汰になった私は皿の上のハンバーガーを手の平で押し潰してからかぶりつく。
それを見て中山さんとジーナちゃんも「そうすればいいのか!」とばかりに2人揃ってハンバーガーを押し潰していた。
この店のハンバーガーはちょっとお高い本格的なヤツで高さがあるものなので女の子にはそのままかぶりつくのには抵抗があるのだろう。
一方、マモル君にトミー君は気にせずにかぶりついて口の周りを汚していたが、その様が女性陣の抵抗を強めていたのだ。
「うめぇですわ!! これがジャンクフードというヤツなのですね!!」
「いや、ジャンクというか、アメリカン・スタイルというか……。でもやっぱりジャンクフードでいいのかしら? ……うん?」
胡麻の風味がしっかりと感じられるバンズに厚くて肉々しいパティ、シャッキリとしたレタスと瑞々しいトマト、濃厚なチーズに燻製香漂うベーコン、そしてそれらを1つにまとめ上げるソース。
咀嚼しながら考えるにやはり本格派のこのハンバーガーはファストフードのジャンクフードとは別物のように思える。
だが、かといってそもそもハンバーガーという料理自体がジャンクフードなのではないかという思いは拭いきれず、そんなもやもやとした気分をコーラで流し込んでいるとふと再生中のリプレイ動画に目を引かれた。
少しだけ時間を巻き戻したタブレットの画面の中では背中合わせとなった中山さんの紫電改とクリスさんのカリーニンがライフルを乱射している。
その2機を包囲するようにグルグルと回りながら敵の4機が徐々に包囲網をせばめつつあったが、不意にその内の1機が動きを止めた。
その敵機のバックパックには深々と銃剣が突き立てられている。
遮蔽物に身を隠しながら近づいてきていたのか、いつの間にか濃緑色のニムロッドU2型がライフルの先端に取り付けた銃剣を突き込んでいたのだ。
鮮やかな手練手管ではあるが、私の目を引いたのはそこではない。
「ああ、確かその時の対戦相手もヒロミチさんの話ではβ上がりじゃないかって話でごぜぇましたわね」
「なるほどね……」
という事は敵チームはヒロミチさんにそう言わせるだけの腕前はあったという事か。
私たちのチームの戦術はヒロミチさんの烈風が先行してちょっかい出して敵を誘い出して本体が有利ポジを取るというものであったが、中山さんとクリスさんが4機に包囲されていたという事は敵チームはヒロミチさんの陽動に乗らずに来たというわけで信憑性はあると思う。
あの濃緑のニムロッドはそんな敵チームに気取られぬように接近してきたというわけだ。
さらに仲間の仇を取るべく高速で接近してくる敵機にニムロッドU2型は腰に取り付けていた小型の斧を投擲して敵の頭部を潰し、また別の1機へと突っ込んでいく。
「ここ! ここよ!!」
「ああ、お姉さんと同じような無茶をする人が他にもいたんですね」
「それどういう事よ! って、そうじゃなくて! これ、聖心会館式の空手じゃない!?」
敵に向かって突っ込んでいった濃緑のニムロッドU2型はライフルを放り投げていた。
そりゃ私のニムロッドも同型のバトルライフルを装備しているから分かるが確かに単発はデカいが連射レートは低い84mmバトルライフルは接近戦に向いているわけではない。
だが、その弱点を補うためにライフルに銃剣を取り付けているのではないか?
なのに何故、敵を目の前にして武器を捨てる?
オマケに手斧はまだ1本残っているというのにそれを手に取るつもりもないのだ。
その直後、ニムロッドU2型はステップのような軽やかな足捌きを見せたかと思うと右拳を敵の胸部へと叩き込んでいた。
縦拳での飛び前突き。
人体の急所である心臓を守るために身を捻って体側を向ける動作がそのまま拳を加速させる動作となる技。
この特徴的な動き。以前に空手家ギミックのJKプロレスラーと試合した事もあるから知っている。
間違いなく空手の技。
それも一気呵成の攻め手を得意とする聖心会館の技だ。
動画の中のニムロッドは前突きで敵の胸部装甲をカチ割った後、敵の眼前に着地して大きく両手を後ろに振り抜いて作った反動を乗せた前蹴りを剥き出しとなったコックピットへと叩き込んでいた。
確認するまでもない。これも空手の技である。
「どうなってんの……? なんでニムロッドタイプがこんな綺麗な空手を……?」
「それ、お姉さんが言いますか? 今さら言うのも何ですけど、HuMoでプロレス技とかアレどうやってんですか?」
「うん……? それもそっか!」
私自身、土壇場に追い込まれた時には自分でもビックリの集中力を発揮して、後から思い出してもどうやったよく分からない操縦をする事がある。
またケチャップで口周りを汚したマモル君がポテトを咥えたまま怪訝な顔を向けてくるのに苦笑しながら私は独り納得していた。
きっと助っ人に来てくれたあの濃緑のニムロッドのパイロットも私と同じようにしているのだろう。
「あ、そうだ。サンタモニカさん、このU2型のプレイヤーさんとフレンド登録してない?」
「え、……そ、それはどういう意味でごぜぇましょうか?」
「してたら私にも紹介してほしいなって。お礼を言いたいのもあるけど、多分このプレイヤーさんって私と同じタイプのプレイヤーなんだと思う。だからコツとか聞いてみたいな~って」
何故か分からないが件の助っ人の話となると中山さんはカラクリ人形の油が切れたかのようにぎこちなくなり、顔には能面のような笑顔が張り付いていた。
「そ、それよりもほら! イベント上位入賞者に対してこないだのトクシカさんの所で試乗会が行われるそうでございますわよ!!」
「え、いや、私には関係ないし……」
「いえいえ! ほれ、ここ見てくださいませ! 試乗機で模擬戦とかできるみたいですから他にも人を連れてってもいいみたいなんですの!!」
「あ、ホントだ……」
慌てた様子でタブレットを取り出した中山さんが見せてきた体験試乗会の告知には確かにそのように書かれている。
なんだか上手く話をはぐらかされたような気もするがこうなると俄然興味を惹かれてきた。
「なるほどねぇ。試乗会ってのはアレかしらね? 今回のイベントで配布されたチケットで交換できるHuMoって癖のある機体ばかりみたいだし、後悔しないようにって事かしら?」
「そういう事だと思いますけど、試乗会に他に人を連れてきていいっていうのは訴求力を考えての事ではないかと……」
なるほど。
確かに今回のバトルアリーナイベントでHuMo交換チケットが配布されたのは上位入賞の100名だけ。
運営がそれでは効果が薄いと判断して試乗会に他のプレイヤーも来れるようにしたってわけか。
それでプレイヤーの中にイベント景品への渇望が高まれば次回以降のイベントに繋がるというわけだ。
私自身、竜波に未練が無いわけではないしと試乗会への参加を決めていた。




