18 諦める事には慣れていた
≪本緊急ミッションにおける医療経過観察処置時間、ならびに使用していた機体の修理補給のための時間はありません。また補給に関わる費用も免除されています≫
一瞬でガレージに移動した私の目の前に、青い半透明のガラス板のようなメッセージボードが浮かび上がりデスペナルティが免除されている事を通告していた。
これが無かったら私は自分が死亡した事に気付かなかったかもしれない。
何かバグのせいで深刻なエラーが発生してガレージまで戻されてしまったとでも思っていただろう。
「…………私はやられたの……?」
「そうですね。僕も痛覚を刺激される前にガレージバックしてきたので実感がありませんが……」
ふと気付くと私の後ろにはマモル君が立っていた。
ガレージの硬いコンクリートを歩いて近づいてくる足音が聞こえなかったという事は彼もそこでリスポーンしたという事なのだろう。
「……そういえば私も痛みは感じなかったわね?」
「つまりノーブルのビームライフルで一瞬で蒸発させられたという事では? それこそ痛みを感じる間もなく……」
このゲームではリミッターこそかけられていているものの、プレイヤーには痛みを現実のように感じるシステムが存在する。
現に私はこれまでに敵の攻撃を回避する時など機体を前後左右に振った時なんかはシートベルトが体に食い込んでくる痛みを感じていた。
だがガレージバックしてくるまでにノーブルの攻撃による痛みを感じなかったという事はマモル君が言った事が正しいのだろう。
「情けをかけられるだなんて、舐められたものね」
「いや、さすがにそれは曲解しすぎでは?」
恐らくはまたしてもマモル君が正しいのだ。
でも、私にはどうしてもそうとは考えられなかった。
ノーブルのライフルから青い閃光が放たれる前まで見ていたあの表情。
ホワイトナイト・ノーブルの無表情な顔は屠畜場の作業員が今まさに殺されそうになっている豚へ向けるような無慈悲さそのものであると同時に、菩薩像が浮かべる慈悲深い顔であるかのように思えるからであろう。
それが私を苛立たせるのだ。
「クソッッッ!!!! なんちゅ~馬火力だよッッッ!?」
「ひぃッ!?」
思わず私はすぐ近くにあった構造用の鉄骨を殴りつけていた。
そんなつもりは無かったのだけどマモル君が悲鳴を上げ、そして私の拳に伝わる痛みが痛覚システムが正常に作動している事を示す。
「お、落ち着いてください!? そもそもノーブルのビームライフルはプレイヤーに向けるような物ではないのです! アレはレイドボスみたいな超大型タイプの敵が制御を外れて中立都市に近づいた時にノーブルが対処するために用意された物なのです!! あんなの勝てなくたってしょうがないでしょう!?」
「いやいや、おどかした事は謝るけど、そんなメタな話をしなくても……、まあいいわ、事務所に行きましょう」
体を小さくして震えながら、まだ公式に発表されていないレイドイベントに超大型の敵が用意されている事を口走るマモル君を見ているとなんだか罪悪感に苛まれる。
そのおかげか少しだけ冷静になった私は新品同様になったニムロッドを見てから事務所へと向かった。
「ノーブルは今どうなってる?」
「僕たちがやられた事で戦闘状態から脱し、再び速度を上げて逃走を続けています。HPも相変わらず……」
「そっか……、とりあえずアサルトカービンを売却して頂戴」
私は待機状態になっていた事務所のパソコンを起動して通販サイトへとアクセスしていた。
私の指示によりマモル君もタブレットを開いて購入したばかりの銃の売却手続きを進め、ほどなくして私のウォレットにアサルトカービンの半額が振り込まれる。
「……まだ足りないわね。ミサイルポッドも売って頂戴、2つともよ」
「一体、何を……?」
「少しでも軽量化したいのよ。かといって射撃武装が何もないのはどうかと思うし、代わりの物を買うのに少しお金が足りないのよ」
1発でも受けてしまえばそれでおしまいのビームライフルがある以上、ノーブルの攻撃は完全に回避しなければならないのだ。
ならば少しでも機体重量を軽くしなければならないのは当然と言えるだろう。
ただ互いの距離が数kmはある段階から交戦が始まるHuMo戦でビームソードだけを持った状態で突っ込んでいくというのはそれはそれでどうかと思う。
ならばどうするか?
軽量なアサルトカービンよりもさらに小型で軽量な射撃兵装を持っていけばいいだけ。
そして、そのお目当ての武装を購入するためには銃もミサイルポッドも売らなくては所持金が足りないのだ。
「良し! これで……」
「え? ちょっと!?」
マモル君が驚いた声を上げるも私はそのまま購入ボタンをクリックした。
「分かっているんですか!? これは射撃武装ですけど、扱いとしてはナイフとかビームソードと同じカテゴリーの物なんですよ!?」
「ま、無いよかマシでしょ?」
私が購入したのは「M-991 120mm半自動拳銃」。
人間が使用するセミオートマティックピストルをちょっとSF風味の味付けにしてそのままHuMoサイズに巨大化したような拳銃だ。
売却したアサルトカービンと比べ3分の1程度の重量ながらも貫通力さえ考慮しなければ高い単発火力を持つが、同じくランク3の武装であるのに大幅に安価なのにはそれなりにワケがある。
まず小型であるが故に射撃の反動を殺す機構が最低限である事。
そして銃身が短い事で遠距離での命中精度に難を抱えている事、そして弾倉に7発の砲弾しか装填できない事。
もっとも出撃時に薬室に最初から砲弾を装填しておく事で弾倉7発に+1で8発の射撃回数が確保されるが、それでも基本的には敵に距離を詰められた時に使う補助兵装に過ぎないのだろう。
マモル君が声を上げるのもそのような特性からだろうが、私にとっては何よりも軽さが重要だった。
この拳銃とビームソードで一気に距離を詰めて、せめて一泡吹かせてやる。
頭の中で笑う姉の幻影を振り払うように私は唇を嚙みしめていた。
「行くよ! ノーブルが他の連中に食い散らかされる前に借りを返しに行こう!!」
「……は? ……はあ!?」
ニムロッドのメインディスプレイに映されているのは波1つ立たない凪いだ湖面。
大海と見間違えてしまいそうになるほどの巨大な湖の周囲には剣呑な重火器で武装した数多のHuMoたちが手持無沙汰な様子でただ立ち尽くしている。
私のニムロッドも足を止めて、ただ湖面と向き合っていた。
「ノーブルが湖に潜ったって、どういう事さ!?」
「お、大声出さないでくださいよ。……そのままズバリ、この湖に潜ったまましばらくそのままなんです……」
上空から逃走していたノーブルを監視していた双月からもたらされた情報によると、もう1時間近くも前にノーブルは湖に潜航し、そのまま姿を現していないのだという。
「え? ま、まさかこのまま上がってこないつもり?」
「さあ……? でも出てくる理由も無いでしょう」
まだ緊急ミッションの制限時間は2時間近くもある。
ノーブルの残りHPだってまだ9万以上はあるのだ。
だが肝心のノーブルに戦うつもりがないのではどうしようもないではないか!?
「……ニムロッドって潜れるのかしら?」
「止めといた方がいいでしょう。 この湖は水深が400m以上、ノーブルのところに辿り着く前に水圧にやられてガレージバックするのが関の山です。大体、水中でマトモに目標を探し出せるようなセンサーなんて積んでないですよ」
ニムロッドだけではない。
湖面の周囲で立ち尽くしている多数のHuMoたちのいずれもが水中戦に対応している機体ではないのだ。
そもそもマモル君の話だと、現時点で水中戦に対応している機体などは存在しないのだという。
その話を証明するかのように無理矢理に湖の中に入っていった機体が水圧で圧壊して爆発したのか、湖面に大きな水柱が立ち上がった。
その他にも圧壊せずとも水圧で冷却器が作動不全を起こしてジェネレーターの熱を放出できずに蒸し焼き状態になった機体のコックピットから救援を求める声がいくつも聞こえてくるので私は通信チャンネルをオフにしている。
「……なんちゅ~糞イベだよ、虎姉ぇ……」
「その事なんですけど……」
いつもの毒舌はどこへやら、先ほどまで大声を出していた私を警戒してかマモル君がおずおずとした口調で切り出す。
「もしかしてなんですけど、お姉さんって虎代さんの妹だったりします?」
「あれ、ウチの姉さんを知ってるの?」
「ああ、やっぱり。いや、獅子吼って珍しい苗字で気付くべきでしたね……。それはひとまずおいといて、虎さんがホワイトナイト・ノーブルにご執心だってのは知ってます?」
「ええ、それはもう……」
一体、マモル君は何を言わんとしているのだろうか?
まるで積み木を積み上げていくかのように前提条件から理屈を組み上げていくその話し方に、私はまだ結論を予想する事ができないでいた。
「それじゃノーブルの本来のパイロットである防衛隊のカーチャ隊長の性格はどのようなものか知ってます?」
「それはノーブルのパイロットが嫌われて、ひいてはノーブル自体がプレイヤーたちから嫌われる事がないように男女問わずに好感が持てるようなキャラクターに設定されているんじゃなかったっけ?」
「そうですね。そういうように虎さんは随分と自分の理想のロボットの環境を苦心して用意していたようなんですけどね……」
確か、ゲームの正式サービス開始前から児童誌で連載されているマンガでもカーチャ隊長は登場していて、そこでも人気キャラクターになっていたハズだ。
その話を姉から聞いた時は「大型タイトルのゲームを作るってのは大変なんだな……」としか思わなかったが、今になって考えてみれば、それものノーブルのための環境整備の一環であったといえよう。
でも、それがこの緊急ミッションの話にどう繋がるというのだろう?
「で、緊急ミッションが出た時にファミレスの外で見たバザール地区の大火災。アレってどう考えてもプレイヤーたちも巻き込まれたと思いませんか?」
「それはそうだけど、それが一体何だっていうの?」
焦れた私は結論を急かしていた。
「虎さんがホワイトナイト・ノーブルを例えイベントだとしても悪役にすると思いますか?」
「うん? どういう事? 現にノーブルは奪われて緊急ミッションが……」
「緊急ミッション自体は運営が出したもので間違いないでしょう。問題はノーブルを奪った者は誰かという事です」
マモル君の考えをそこまで聞くと、私の中にもそれまで思いもしなかった理屈がうっすらとながら組み上がってくる。
姉だったら絶対に悪役にするわけがないノーブルがプレイヤーたちでごった返す街を焼く。
ゲーム開始初日、プレイヤーたちにマトモな戦力があるわけがないと分かっていように弱体化も無しにノーブルを敵に回す緊急イベント。
さらにプレイヤーに対して使用するための物ではないビームライフルをポンポンと使用。
果てはミッションの制限時間を無視するかのように誰も行く事ができない水中へ身を隠して追跡を躱す。
「つまり、ノーブルを奪ったのはNPCの犯罪者ではなく、プレイヤーの誰かって事……?」
「そうじゃなきゃおかしいとは思いませんか? 大体、制限時間が過ぎて水中に姿を消すなら恰好もつくでしょうけど、制限時間の4分の1が過ぎた時点で誰も手を出す事ができない水中に逃げ込むだなんてどうしろって言うのでしょう?」
「…………」
思わず私はシートのアームレストに両手を叩きつけていた。
マモル君と私が導きだした答えはあくまで推論に過ぎない。
だが、これ以上無いほどの正解であるかのように思える。
「……やられたわ」
この後に及んでは、ホワイトナイト・ノーブルが姉の理想のロボットだとか、そのために姉やスタッフたちがどれほどの労力を注いできたのかという事はもはやどうでもいい。
私はただノーブルを奪ったプレイヤーにしてやられたという思いだけが胸中に渦巻いていた。
私が初期機体を売却したり課金する事で初手からランク3のニムロッドを手に入れて良い気になっていたのを、そいつはノーブルを奪取する事で一気に飛び越えていったのだ。
おまけに折角、手に入れた新武装を売り払ってまでリベンジのための用意をしてきたというのに、そいつは相手にすらしてくれないのだ。
私の中で渦巻く思いは炎となって身を焼いて、しかも熱く火照る体と震える拳を向ける相手はいない。
「次にアイツが、どこの誰だかは分からないけど、アイツが再びホワイトナイト・ノーブルで敵に回った時、その時は必ず私が倒してみせるわ。……絶対に!」
私は諦める事には慣れてしまっていた。
でも生憎と私は負けるという事には慣れていない。
慣れようとも思わない。
今日だけは甘んじて敗北を受け入れよう。
でも、この胸を焼く思いは忘れずにいつの日か必ず雪辱を果たす。
この仮想現実の世界で少なくとも自分の胸の中の炎だけは本物だと私は信じていた。
これにて第1章は終了となります。
はたして獅子吼ちゃんはリベンジを果たす事ができるのでしょうか?
お気に召しましたらブクマ&評価をお願いします。
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