2 一流のチーム
私の正面、0時の方角に敵チーム。それぞれ2機ずつで相互連携を取りつつ私が身を隠している丘陵へと迫ってきている。
おっとり刀で駆けつけてきたヒロミチさんの烈風は私からみて2時の方角、私からも敵チームからもほぼ等しい距離の場所。
「この場を放棄して私もそちらへ行きます! 牽制できそうですか?」
「ああ。だが、こっちもHP残量が心元無い。動きながらでもいいからそちらからも牽制してくれ」
「了解!」
幸いにも私が身を隠している丘陵はヒロミチさんがいる方向へと続いている。
途中から徐々になだらかになっていってヒロミチさんまで残り3分の1までの辺りで完全に平坦になって身を隠す事をできなくなるが、それまでは十分に遮蔽物としての機能を果たしてくれるだろう。
ヒロミチさんも私と同じように雪山の斜面に下半身を隠した形で敵チームにガンポッドを向けて牽制射撃を開始。
私もフットペダルを踏み込んでニムロッドを加速させて合流を目指す。
「……読まれてた?」
舌打ちすべきか、それとも舌を巻くべきか考えてしまうほどにそれは鮮やかな動きだった。
私が動き始めたのとほぼ同じタイミングで敵チームも動いていたのだ。
ホバー走行で一気に加速してしまったせいでニムロッドは浮き上がり、遮蔽物としていた丘から頭部が出てしまい、そこへ敵チームからの連射が飛んできて私は慌てて機体を屈ませる。
頭上を駆け抜けていく砲弾が宙を切り裂いてあげる甲高い音が肝を冷やさせてくれるが、しかし、その一瞬のタイミングで見えた丘の向こうの光景の方がよっぽど驚愕するべきであっただろう。
敵チームの4機は一斉にヒロミチさんのいる方角めがけて移動をはじめていたのだ。
私が弾倉交換のために機体を完全に遮蔽物に隠して、それからヒロミチさんと数言だけ交わしてすぐに移動を開始したというのに、それを分かっていたのか敵も移動を開始していたというわけか。
まさかと思ってサブディスプレーに目を移して確認してみるもののヒロミチさんとの通信チャンネルは小隊用のスクランブル通信。
敵のようにオープンチャンネルというわけではない。
つまり敵チームが移動を開始したのは私たちの通信を聞いてというわけではないようだ。
普通、ヒロミチさんを先に仕留めようとか思っても私の警戒のために1機か2機は残しておくもんじゃないのか?
神通力じみた判断力。
ここまでくるとトリックか何かを疑いたくなるくらいだ。
ヒロミチさんの烈風もガンポッドを連射しまくって敵を牽制するが命中弾は少ない。
ヒロミチさんの機体が装備するガンポッドはランク6の飛燕から取り外した物、元が戦闘機タイプの固定武装という事もあり連射レートは高いが単発火力は低い。
敵チームはそんな事などお見通しだとばかりに数発の被弾など気にせずにヒロミチさん目掛けて前進を続けていた。
私も少しでも敵の前進を遅らせようとニムロッドを小さくジャンプさせて斜面から出てライフルを乱射し牽制を試みるものの、そんな時、再びヒロミチさんから通信が入る。
「合流は中止だ。ライオネスはこっから離れろ!」
「何を言ってんですか!? まだ……」
「いや……」
ヒロミチさんの声はまるで苦虫を噛み潰したようなものでありながら、それでいてハッキリと諦めの色がありありと滲んでいた。
だが私は合流して2人で連携を取る道が捨てきれない。
敵チームは揃いも揃ってニムロッドU2型。
この機体はいわゆる強機体として扱われているのか、このバトルアリーナイベント期間中に幾度となく戦ってきたのだ。
その中でなんとなくではあるが実感していたのだがU2型よりも私のニムロッド・カスタムⅢの方が速度性能は優れているハズなのだ。
おまけに敵は私たちの射撃を回避するためにスキーアルペンの大回転のように左右に機体を振りながら前進している。
つまり敵が辿り着くよりも早く私の方がヒロミチさんと合流できるハズなのだ。
一体、勝負はこれからだというのに何を諦める必要があるというのだろうか?
『ん? あれは飛燕の……、という事はまさか「ヒロミチお兄さん」か!?』
『ハッハ~!! ここであったが百年目! 今回は私たちの勝ちだ!!』
『あ、どうも! 昨年出した「ヒロミチお兄さん×擬人化飛燕♂」の薄い本がDL販売の方で1万部売れましたよ!!』
オープンチャンネルから聞こえてくる敵チームの声は既に自分たちの勝利を確信したものとなっている。
……ていうか、よく分かんないけど、もしかして知り合い?
てか「薄い本」って何だ?
そんな事を考えながらもヒロミチさんのいる場所まで残り3分の1。
ここからは身を隠す遮蔽物が無い。
気を引き締めて丘から飛び出ると、そこへ数条の火線が飛んできて大地に着弾して土砂やら雪やらを巻き上げる。
「いつの間に!?」
この試合が始まってから何度目かも分からない驚愕が私の脳内を支配していた。
ちょっと前にニムロッドをジャンプさせて牽制射撃を行なった時には敵は4機全てがヒロミチさん目掛けて前進していたハズ。
2機ずつのバディに分かれ、バディ内の2機が、それからそれぞれのバディ同士が相互連携を取れる形で。
それがちょっと目を離した隙に敵チームは3機と1機に分かれて、3機はヒロミチさんの方へ、そして1機が私への抑えとして動いていた。
オマケに私に向かってきている1機は速度を緩めて振動を抑えて命中精度を高めてくる構え。
遮二無二ヒロミチさんの所まで突っ込もうにもそれまでにだいぶHPを持っていかれてしまうだろう。
「戻れ、ライオネス!! 勝とうと思うな、少しでも長く戦ってババアどもの技を見て盗め!!」
「何を勝ちを諦めたような事を言ってんスか!?」
ヒロミチさんを叱咤しつつも私はすでに後退を始めていた。
飛び出したばかりの丘陵へ逃げ込んで敵からの被弾面積を抑えつつライフルを撃ちながら赤く染まった遠くを見て舌打ちする。
ヒロミチさんの烈風が炎上していたのだ。
「チィっ……、飛燕さえ使えれ──」
その最後の言葉を聞き届ける前にスピーカーからは爆発音と続いてノイズが流れてシグナルロスト。
これで私は独りになったわけだ。
対して敵はそれぞれ大なり小なりHPは減っているものの4機全てが揃っている。
牽制射撃で敵も後退したかと思ったのも束の間、ヒロミチさんを撃破した3機と合流して再び敵チームは2機ずつのバディを組んでいた。
4機のニムロッドU2型の赤いアイカメラが、左右で大きさの異なる特徴的なツインアイカメラが私を見据えていた。
「……上等だ」
雪降る雪原のただ中で私は自身の内からふつふつと湧いて出る熱を感じていた。
中山さんも、クリスさんも、そして今、ヒロミチさんもやられた。
この試合、私たちチームは良いとこ無し。
個人技も連携技能もチームとしての戦術も敵が完全に上回っていた。
私たちのチームは負けているといっていいのかもしれない。
だが、かといって私が負けたわけではないのだ。
「勝とうと思うな、少しでも長く戦ってババアどもの技を見て盗め」
なるほど、それは間違いではないのかもしれない。
私たちの最終目標はホワイトナイト・ノーブルとかの機体を奪ったプレイヤーへの雪辱なのだから今回の敵チームのような格上のプレイヤーの技を見て盗るのが近道なのだろう。
でも、かといって「授業料代わりに勝ち星を進呈します」とはならないだろう?
「残り4機か、やってやんよ!!」
あくまで私は勝利を目指して眼前の敵機に意識を集中する。




