1 イベント終盤戦
月明りも差し込まない厚い雲の下。
はらりはらりと天から雪が舞い降りる夜空に閃光と轟音が走る。
爆音と砲口炎とともに放たれた84mm砲弾は矢のように奔って敵へと向かっていくがいとも容易く回避されてしまい遠くへと飛び去ってしまう。
「私の射撃の癖を読まれてるとでもッ!?」
敵は4機のニムロッドU2型。
それぞれ2機ずつがバディを組むようなフォーメーションで回避運動を取りながら私のニムロッドカスタムへと射撃を加えてくる。
私も動き回る敵の1機に狙いを定めようとレティクル内に収めようとするものの、やっとレティクルに入ったと思うや、それが幻であったかのようにするりと抜け出ていた。
先ほどからそんな事の繰り返し。
代わりに敵の放った砲弾が私のニムロッドの頭部を掠めて僅かにHPが減少。
「チィっ!!」
既に中山さんとクリスさんは撃破されてガレージに戻っている。
ヒロミチさんも初手で陽動をかけようと単独行動を取ったところで返り討ちにされスラスターが損傷してマトモに動けないと通信が入ってから未だに合流できていない。
つまり私はヒロミチさんが合流するまでたった1人で4機の敵機を相手にしなければならないというわけだ。
いや、大量の増加スラスターを装備して重量増加と引き換えに爆発的な推力を得たヒロミチさんの烈風が肝心要のスラスターをやられたというならば、たとえ合流できたとしてもどこまで戦力になるかは分かったものではない。
それが分かっているから敵は反撃を受けて後退するヒロミチさんを放っておいて残る私たちへ向かってきたのだろう。
対する敵機は4機揃って被弾してHPをすり減らしてはいるものの、見ようによってはダメージを分散しているという事にもなる。
「見ようによっては、か……」
コックピットの中で私は独りごちる。
私はあっという間に中山さんの紫電改とクリスさんのカリーニンが撃破されてしまってから機体の大半を隠せる小さな丘陵から胸から上だけを出すような形で敵を迎え撃つ事を決めていた。
私だけ被弾面積を抑えて、敵には身を隠す場所が無い。
それだけでだいぶ有利に戦えるハズなのだが、結果は芳しくないのだ。
理由は明白。
今回の敵チームの4機のパイロットは揃いも揃って凄腕ばかり。
おまけに卓越した操縦技能を持つ4人が阿吽の呼吸の連携技までやってのけるのだから私たちとしては取り付く島もないといったところ。
無論、個人技だけならβ版時代からこのゲームをやりこんでいるヒロミチさんだって負けてはいないだろうし、別のゲームでならしたクリスさんもこのバトルアリーナイベント期間中にめきめきと腕を上げて持ち前のセンスを活かせるようになってきている。
中山さんだって2人には劣るものの「好きこそ物の上手なれ」の諺のごとく目に見えて上達を見せていたし、私だってそんなチームメンバーに必死に食らいついていったし私が試合の勝敗を決めるフィニッシャーになる事だって多かった。
だがチームとしての連携技術としてはどうだろう?
ハッキリ言って敵は私たちチームの数段上を行っていると言わざるをえない。
今回のイベント期間中、何度もβ版経験者のような腕の立つプレイヤーたちと戦う事もあったが、今回の敵はそんな強敵たちと比べても別格といってもいい。
そんな敵を前にして遮蔽物を活かして戦うというのは、見ようによっては私がこの場所に拘束されているという事もできるのではないだろうか?
私はこの場に留まるべきか、それとも動くべきかの自問自答の答えが出ないままずるずると被弾を重ねていた。
すでに精密射撃は諦め、少しでもヒロミチさんが合流するまでの時間を稼ごうとライフルを乱射するものの既に敵はだいぶ近くまできてしまっている。
私のニムロッドが半身を隠しているのと、向こうも回避のために動き回りながら射撃をおこなっているために敵の命中精度は高くはない。
それでも距離が詰まった事で至近弾も増えて、ちょうど今も私が身を隠している斜面に数発の砲弾が着弾して降り積もった雪をその下の土砂ごと撥ね飛ばしてきた。
「カ、カメラがッ!?」
雪と土砂は私の機体の顔面に直撃して視界が汚される。
すぐに自動的にワイパーなどの清掃機能が働くがその僅かな隙すら命取りになると私の本能が心臓を高鳴らせた。
『仕掛けるよ!!』
『なんで改修機が、それも3段階改修を済ませた機体があるのかと思ったけど、パイロットは大した事なかったみたいだね!!』
『それじゃ私からッ!!』
『任せる!!』
通信機がオープンチャンネルの音声を拾ってスピーカーから中年と思わしき女性たちの勇んだ声が聞こえてくる。
なんと敵チームはよほど自分たちの腕に自信があるのか、それとも示威的な意味合いがあるのか分からないが平気でオープンチャンネルの通信回線を使っているのだ。
これまでにもオープンチャンネルの回線を使っているチームはあったが、それはどちらかというとHuMoの操縦に慣れていないのが見るからにバレバレのそんな初心者たちばかり。
今回の敵チームのような腕利きがそんな事をするのだから何か意味があると思うのが普通だろう。
視界を塞がれながらもレーダーに映る敵機へ向けてライフルを連射しているとやっと視界が完全ではないにしても元に戻る。
レーダーが示していたようにそこには雪原よりも白く輝く塗装のニムロッドU2型が3機。
……3機?
3機だけ!?
慌ててチラリとサブディスプレーに目をやるもそこには敵を示す赤い光点が4つ表示されている。
「上かッ!!」
すぐにカラクリに気付いて上を見上げるとやはり残る1機の敵は上空にいた。
だが、スラスターの青白い噴炎を引いた白いニムロッドU2型はすでに私に向けてライフルを向けている。
やられる……!?
そう思ったその瞬間に耳をつんざく砲声が響き渡って敵機はバランスを崩しながら大地へと落下していく。
私にはただ1発の被弾も無い。
「悪い! 遅くなった!!」
「いいえ、ナイスタイミングです。ヒロミチさん!!」
待ちに待った味方の到着に私は水を得た魚のように落下していく敵機へとライフルを向ける。
装甲防御よりも機動力を重視したニムロッドといえどバランスを崩して錐揉み状態で落下している時にはロクに回避行動も取れないだろう。
いわゆる「着地狩り」というヤツだ。
地表に残った敵機もこちらに牽制射撃を加えてくるものの、私が遮蔽物に身を半ば隠したままなのがここで活きる。
結局、私は1発の被弾と引き換えに5発の命中弾を与える事ができた。
あと一息。
あともう一押しであのニムロッドU2型は落とせる。
そう思いながらもちょうど弾切れとなったライフルの弾倉を交換するために丘陵に身を隠したところで再びヒロミチさんから通信が入った。
「ライオネス! 後退しろ!!」
「嘘でしょ!? ここで落としておかないと……」
「馬鹿言え! 百合と薔薇のババアどもは手強いんだぞ!!」
一流のプレイヤーと言っていいであろうヒロミチさんが敵を「手強い」と評する。
それが嘘でないと証明するかのように私が機体の頭部だけを遮蔽物から出して敵を見てみると既に敵は体勢を立て直しつつあった。
被弾を重ねて機体機能にも損傷をきたした敵機は後方に下がって僚機を支援する形に、しかも敵チームは2機ずつのバディに分かれて私とヒロミチさんそれぞれに対応する形を取ろうとしている。
「なるほどねぇ……」
敵チームの対応の速さには舌を巻くしかない。
この対応の速さで中山さんとクリスさんはあっという間に撃破されてしまったのだ。
正面装甲の厚いクリスさんのカリーニンはグルグルと回りこまれながらの連射で側面やら背面を撃たれ、小回りは効くが耐久力の低い中山さんの紫電改は集中砲火を浴びて。
「バトルアリーナ4on4」イベント残り3時間の今まで全勝で突き進んできた私たちのチームがあっという間に半壊に追いやられただけの事はあるという事か。
私は敵機の右肩に描かれている“交差する薔薇と百合”のエンブレムを忌々しく睨みつけながら後退を決意する。




