63 ジャッカルの黄昏 後
戦いは終わった。
エクスカリバーの撃破後、すぐに要塞内部に潜入していた虎Dも格納庫に戻ってきて一同は外部を目指して移動を開始する。
「虎さん、いったい何してたんだ? こっちは大変だったんだぞ?」
「ごみ~ん!!」
「まっ、無事で何よりだよ! それにしても虎さんの竜波、だいぶ弄ってんのか? 総理さんのよりもだいぶ動けるみたいだけど……」
「いやいや、それはパイロット次第っスよ! 私にはとてもとても」
「ふん……」
随分と白々しい事を言うものだと総理は鼻で笑うが、激闘の後の気怠さで何も言う気もしなかった。
それはカトーも同様であったのか、ヨーコと虎D以外の者たちは口数も少なくただ淡々とエレベーターシャフトを降りていく。
「おおっ……」
思わずヨーコの口から洩れた感嘆の声。
すでに脱出のための出口を守るために外で戦っていたマサムネやクロムネから通信で聞いてはいたものの、彼女の目に飛び込んでいたのは想像を遥かに超えたものであったのだ。
『はいはい!! 投降する奴ぁ、武器捨てて並べ!!』
『武器を捨てられない機体はとりあえず空にでも向けとけよ!!』
『畜生! 誰だよ核兵器なんて使いやがったのは!! クッッッソ面倒クセぇぇぇ!!!!』
要塞内部と外部とを繋ぐカタパルトデッキへと出てきたヨーコたちの目に飛び込んできたのは眼下で蟻のように列を作るHuMoとそれを取り囲むようにしている雑多な機体群であった。
列を作っているHuMoはアイゼンブルクのABSOLUTE部隊。
そしてそれを取り囲んで武装解除を進めているのが中立都市の傭兵たち。
一部では耐放射線機能を有したパイロットスーツを着込んでいる者もいて、そういう者はHuMoから降りて投降し、また銃を突きつけながら列に並ばせている。
火盗改が核兵器を使ったせいで、ABSOLUTEのパイロットスーツを着ていない者たちは投降しようにも機体から降りる事もできないでいるのだ。
武器を捨て、武器腕や排除機能の無いミサイルポッドなどは傭兵たちがビーム・ソードやナイフで斬り落として武装解除は整然と進められているようである。
もはや少し前までの激戦が嘘のようであった。
それを見て脚部を失っていたのを無理矢理にスラスターで飛んできていたミラージュ・シンも甲板上にへたり込むようにして座る。
胸部装甲を開放し、コックピット・ブロックのハッチを開けてヨーコは外へと出てきた。
カメラ越しではなく自身の目で目の前の光景が幻ではないと確かめたかったのだ。
しばし眼下の光景を眺めながら放射能混じりの風に頬を撫でさせていたヨーコであったが、やがてゆっくりと膝から崩れ落ちていく。
「ヨーコさん……? どこか怪我でも……?」
「なんでもない。なんでもないんだ」
その様子を不思議に思ったアグが後席から這い出してきても、ヨーコは後ろを振り返る事もない。
その声はくぐもった、しゃっくり混じり。
ヨーコはいつの間にか泣いていた。
「もう終わったんだなって……。アグを助ける事ができたんだなって……」
アグは泣きじゃくる幼な子をあやすように冷たいハッチの上に膝を付いて後ろからヨーコを抱きしめていた。
「ええ。終わりました。ありがとうございます。ヨーコさんたちのおかげです」
「私は……、助けられたんだな? お前を救えたんだな?」
「はい!」
「畜生ッ! やってやったぞ!! 今度こそ……、私は……!!」
ヨーコの髪を撫で、己が身を焼くかのように刻まれた炎柄のタトゥーを撫でると激戦で熱を持った細い身体はまるで炎で焼かれているかのように熱くなっていた。
「また駄目だったらって……、でも今度こそはって……。私は……!」
9年前、炎で全てを焼かれた子供を抱きしめてやれる者はいなかった。
人が過去に戻れるわけもなし、今、友を抱きしめるアグも過去のヨーコを抱いて慰めてやることはできない。
その代わりにアグは腕の中の親友を強く抱きしめていた。
強がりで悪ぶっている癖にその実は9年前と変わりない1人の弱々しい少女を。
それでヨーコの心の中に巣食う炎を消す事などできはしないのだろうと分かっていながら、それでも流した涙が落ちていく。
「私は……! 私は……!!」
「ええ、ええ。貴女はやりました。ほら、向こうに手を振っているHuMoがいますよ。器用なものですね」
「これがジャッカルの黄昏というものでしょうかね?」
「なんじゃ? 詩人にでも転職するつもりか?」
穴だらけ、煤まみれになった建御名方の相棒が近寄ってきて声をかけてくる。
総理は「手酷くやられたものだな?」と皮肉を言ってやろうかとも思ったが止めておいた。
だいたい自身の竜波ですらボロボロなのは同じなのだ。
自分で勝手に考えた事で気恥ずかしくなった総理は相棒が口に出した事に踏み込んでみる事にした。
「それよりも何じゃ? そのジャッカルの黄昏ってのは?」
「いえね。ふと思ったんですけど、β版から正式サービス版に引き継げるのって自分の経験と記憶だけですよね? このゲームって」
「そうじゃの」
「緊急ミッションだか何だか知りませんけど、βテスト最終日にクレジットやらポイントやら稼いでも何の得にもならないじゃないですか」
要塞の甲板上から見下ろす光景は絶景とも言えるかもしれない。
敵味方合わせて数千機のHuMoが列を作り動き回っている。
その周囲には戦いの犠牲となった残骸や火柱が今も残っている中で全高14メートル以上の巨人が数千も動いている様などこのゲームの中でしか見る事のできない光景であっただろう。
「武器を捨てさせて集めた所を撃てば手っ取り早いのに」
「お前のぅ……。そんな後味の悪い事なんぞ誰もしたくはないじゃろ?」
「自己満足の世界ですね」
「それじゃ、お前さんがやるかい?」
「私が? 馬鹿言わないでください。そんな汚れ仕事、ゴメンですよ」
「ほんと、良い性格しとるわい」
建御名方が竜波にライフルを向ける。
だが引き金は引かれない。
マサムネ風に言うなら「ツッコミ入れる気にもなりゃしない」というぐらいだろうか。
「まっ、自己満足か。確かにそれがジャッカルの黄昏とも言えるかもしれんの」
マサムネは報酬をもらってもβテスト最終日じゃ何の意味もないと言う。
だが総理やマサムネ、カトーたち火盗改の面々などは緊急ミッションすら受けていない。
ほぼ無価値の報酬すら彼らには無いのだ。
報酬、無し。
別のイベントのフラグ成立、無し。
称号、特殊機体、特殊武装の解放要素、無し。
それでも総理の胸には満ち足りた充足感があった。
アグと、そしてヨーコを助けられて良かったと心からそう思う。
すぐ近くにはミラージュ・シンのコックピット・ハッチの上で泣きじゃくるヨーコとそれを優しく抱きしめるアグの姿があった。
かつて助けられなかった少女の心の傷を癒す手助けができたのならば総理にとってはそれこそがこれ以上無いほどの報酬である。
このゲームのβテスト終了という世界の終わり、黄昏時に何を思うか?
人間以下の肉食獣と呼ばれる者たちが最期に何を得るのか?
マサムネはきっとそれを「ジャッカルの黄昏」と言ったのだろう。
それからしばらく総理とマサムネは言葉を交わす事もなくただヨーコたちを見守っていた。
だが、ふと思いついたようにマサムネが口を開く。
「あ、そうだ。良い性格ついでに友人として1つ頼まれ事を聞いてはくれませんか?」
「なんじゃい? まあ、聞かなくとも分かるが……」
相棒が珍しく改まった雰囲気を作るが総理の視線はヨーコから離れない。
ヨーコの件についてだと分かっているのだから当然と言えるだろう。
「それじゃ単刀直入に言いますけど、正式サービス版でヨーコちゃんをどうか救ってあげてください。どうせ暇してんでしょ?」
「うむ……。って、一言多くない?」
マサムネの頼みは総理の予想通り。
「ゲーム内のNPCがこう言うのもどうかと思うんですけど、年金でも家族のへそくりでもブチ込んで課金してでも、今度こそ必ず……!」
「いや、おま……、えっ?」
「あ、弟さんのお孫さんもゲーム機を持っているんですよね? アカウント擬装して課金する方法がないか探してみましょうか?」
「止めろ!! ちゃんと自分の年金使うから!!」
手段を問わない点はともかく、総理としてはもとよりそのつもり。
それでもすぐに今生の別れを迎えるであろう友人にあえて総理は断言してみせた。
「今度こそは救ってみせるさ。あの子の心を二度も炎で汚させはせん。たとえ年金ブッ込もうとも、たとえ悪魔に魂を売ろうとも……」
相棒の最後の頼みを総理は深く己の魂に刻み込む。
もっとも、この時の総理はまだ年金をいくらつぎ込もうとも無理なものは無理で、どちらかというと後者の「悪魔に魂を売ろうとも」に近い形で約束を守る事になる事はまだ知らなかったし、その時に今生の別れだと思っていた友と再会する事になろうとは思いもしなかったのだが。




